よみがえる刻、その想い





本当に、偶然だった。

あまりにも懐かしい人物を視界に捉え、時間が一気に逆流してしまったかのような錯覚に陥った。

思わず、辺りをキョロキョロと見回し、そこが、あの懐かしい木造の巨大船の中ではなく、また、海に囲まれた島でもないことを理解して、苦笑した。

ここは、赤月帝国の帝都――グレッグミンスター。

あの、エレノア・シルバーバーグの出身国であり、自らが軍を率いて戦った、敵国クールークの宿敵とも言える、巨大な強国。

数年前まで、皇帝の座を狙って、前皇帝の弟と、息子が争っていたようだが、現在はその息子の方が戦争に勝利し、黄金皇帝と呼ばれ、善政をしいているはずだった。

そう、そのはずだったのだ。

『皇帝バルバロッサは、もう駄目だ。国政なんか見ちゃいねえ…』

いつ終わるかわからない旅の途中に、たまたま立ち寄ったある村の酒場で、帝都から田舎へ帰る途中だという男たちの集団が、嘆くようにもらした言葉。

気になったのだ。

仮にも黄金皇帝とまで呼ばれた人物が、たった数年で、一般市民にすらわかる程の落ちぶれ方をしているということに。

一体、皇帝に何がおこったのか…。

旅人の気安さというか、自分に降りかからない禍に、単なる興味を抱いてしまった。

そのため、はるばる、この帝都まで足を伸ばしてみたのだ。

まさか、そこで、『彼』に再会するとは――。

一瞬、『彼』が誰だかわからなかった。

満面の笑顔で、同年代に見える少年を追いかけていく、見かけの歳相応の顔をする『少年』。

顔が記憶の中の『彼』と大きく違っているわけでは、けっしてない。

自分がそうであるように、『彼』もまた、あの当時の顔、背格好のままだった。

では、何が、『彼』を見違えて見えさせたのか――。


「あいつ……、あんな顔、出来たんだ……」


呆然と立ち尽くし、ただ『少年』の姿を追うしかできない自分の口から、自然とこぼれた言葉……。

表情が、違った。

『彼』を取り巻く、空気が違った。

何より、『彼』が、『彼』自身が、かもし出す、雰囲気が違った――。

(テッド――!!)

その名は、声にならなかった。

その『少年』は、友達らしい黒髪の少年と肩を組むように寄り添いながら、時に笑い、時に怒鳴り、跳ねるような足取りで、自分の視線になど全く気づくことなく、人が多く行き交う街道に消えていった。


――――


とうに、あきらめたつもりだった。

共に歩み、育ってきた騎士団の友人達も、そして、あの戦争の最中に出会った大勢の仲間達も、年月を追うごとに歳をとり、そして皆、自分をおいて、海に還っていった。

そして、その後、出会った人たちも……。

かの海に囲まれた、小さくとも豊かで暖かい国の王は、海に還る前に会いに行った自分に、こう告げた。

『人と関ることをあきらめるな。あきらめたら、そこで仕舞いだ。お前は強い。大丈夫だ。たとえ短い間でも、大事だと思える人間の側にいられるのは、幸せな事だ。自分から、その機会を失うような真似はするな』

死の床についている人間のものとは、到底思えないほど、はっきりとした言葉だった。

彼の言っていることが、解らないでもなかった。

でも、あの時すでに、自分は人と別れることに疲れていたような気がする。

彼は、そのことに気づいて、最後の最後に自分をいさめてくれようとしたのだ。

『お前は、俺の息子だ。誰がなんと言おうと、お前が否定しようとな。俺がそう思うんだからそれで十分だ。お前に会えて、俺は間違いなく幸せだった。……だから、お前にも、幸せになってほしいんだ』

かの王の、海の色を鮮やかに再現したような深い深い瞳に見つめられ、胸に暖かいものが込み上げた。

長らく、感じた事のない感情だった。

彼は、自分に大切なものを教えてくれ、そして、与えてくれた。

『父』と呼びたいと思った唯一の人だった。

彼の言ったことを疑ったわけではなかった。

けれど、どこかで、信じきれない自分がいた。

大切な人が出来るたび、別れることを、自分は怖がっている。

一緒にいられる喜びよりも、その別れのつらさの方が、自分にとっては大きいのだと……。

だが――。

先ほど目の前を通り過ぎていった『少年』が、かの王の言ったことが正しいのだと証明してくれたような気がした。

自分より、長い長い年月をさまよい、人と関ることを今の自分以上に怖がっていた『少年』。

その『彼』が、本当に幸せそうな顔で、友人を見つめていた。

あの『彼』が、いつか別れが来ることを忘れているはずがなく、まして、知らないはずがなかった。

それなのに、『彼』は笑っていた。


いま、ここに、こいつといられるのが、しあわせなのだ――と。


その瞳が、気づかずに通り過ぎたはずの自分に、そう告げているかのようだった。

しばらくそのまま立っていたが、突然思いついたかのように、羽織っていたマントを翻し、その場から歩き始めた。

(お前は、出会ったんだな。例え短い間でも、一緒にいることが幸せと思えるような相手に――)

軽い嫉妬を感じなかったと言ったら嘘になる。

でも、嬉しかった。

『彼』が幸せであるということが。

(俺にも、いつか、そんなやつが現れるといいな)

自然と緩む頬を、周囲から隠そうと、マントの襟を寄せながら、何時の間にか太陽が西に傾き、夕闇がさしかかってきた街道に、自分もまた姿を溶け込ませていった。

いつかまた、再び会う事があったなら、友人の話を聞かせてもらおう。

きっと、『彼』はもう、自分を拒絶したりなど、しないだろうから――。

そのときが、楽しみだった。



【END】





久しぶりの更新〜。
4さま、テッドとのつかの間の再会。テッド気づいてませんが・・・。

なぜかリノまでちょっと登場。リノファンの方すみません。死の床って・・・。
でも、私もリノさん好きです。やっぱり、リノと4主は親子ってことで。

この辺りの時代背景で、何パターンか、テッドとの再会シーン書けたらいいなあ・・・。


(04.12.16)



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