「ビッキー! テレポート頼むよ!!」
「あ、はい。ヒューゴくん。どこまで?」
ヒューゴの後ろには、メルヴィル、アラニス、ロディ、メル、ベルがいた。
「うん、大空洞まで。レベル上げに行くんだ。」
「うん、わかった。えい! ……あっ!」
それを偶然通りかかり、見ていたフッチが、あまりのお約束に頭を抑えた。
変わるものと変わらぬもの
「……変わらないね、ビッキー。」
苦笑しながら、ブライトの背中でフッチはビッキーに話し掛けた。
「うーん……、そう……かな?」
あの後、しばらく鏡の前で待ってみて、ヒューゴが瞬きの手鏡でもどってこないことに、フッチはため息をついた。
次に、自力で戻ってくるのを待つことをあきらめ、6人を捜すのを、小ビッキーに頼もうかと思ったのだか、残念なことに、彼女はクリスとともに、今城を出ているらしかった。
そのため、ビッキーの感覚を頼りに(かなり信用は薄かったが)彼らが飛ばされたであろう場所を検討つけ、ブライトで迎えにいくことにしたのだった。
どうやら、6人は、カレリアへ行く途中の山道の中腹あたりに飛ばされてしまったらしく、あのメンバーでは身動きがとれなくなっていることが、簡単に予測できた。
「ねえ、フッチくん。」
「なに?」
「どうして、そんなに大きくなったの?」
「…………。」
背中にしがみついたまま、問い掛けてきたビッキーの問いに、フッチは言葉を詰まらせた。
年齢的に、初めて出会ったときを基本とすると、フッチとビッキーでは5才ほどビッキーが年上のはずだった。
けれど、2度目に会ったデュナン統一戦争時には、2つの年齢差になっており、現在に至っては、フッチの方が13も年上になっていた。
「……こっちが、聞きたいよ。」
ため息交じりにつぶやいたフッチの言葉は、風に邪魔され、ビッキーの耳には届かなかったらしかった。
「……みんな、どうしてるかな?」
ギュッとしがみつく手に力を入れて、ビッキーが額をフッチの背中に押し付けてきた。
「……ビッキー?」
「ティルさんとか、リオウさんは、元気?」
フッチはクスッと笑った。
「たぶんね。おれも、ここ数年会ってないから、確かなことはいえないけど、5年くらい前にあったときは元気だったよ。」
「そっか、よかった。」
ホッとしたように言うビッキーに、彼女なりに、彼女だけ、時の流れがおかしいことは、理解しているのだな〜と、ある意味失礼なことを考えて、今度は苦笑した。
「…………――は?」
「え?」
ビッキーにばれないように、笑いをこらえていたフッチは、ほんの少しだけトーンを下げたビッキーの言葉が聞き取れなくて、聞き返した。
ビッキーは、何故かフッチの聞き返しに、少しばかり躊躇して、それから思いきったように、口を開いた。
「……ルックくん、は?」
「……………。」
ギュッと、フッチは唇を噛み締めた。
ビッキーは、自分が座っているブライトの背中を優しくなでた。
その手を感じたブライトが、嬉しそうに鳴き声をあげる。
「……こんなとき、ルックくんがいれば、……よかったのにね。」
答えないフッチに、その気持ちを理解しているのかしていないのか、ビッキーはただ、言葉を続ける。
「……いつも、ルックくん、わたしが失敗したら、ため息つきながらも、みんなを迎えに言ってくれたよね。」
「……ああ。」
そうだった。
ビッキーがテレポートの失敗をするたびに、テレポートができるルックが、行方不明になった人たちを捜しに行ってくれていた。
『何をやってるのさ。』
『いいかげんにしてよね。』
ルックの不機嫌そうな無表情と一緒に、ルックの声が頭の中によみがえる。
その過去の姿に、胸が痛む。
「……ルックくんを、迎えに行ってくれる人が、いればよかったのにね……。」
「……そう、だね。」
ビッキーも、現在のルックの状況を解っている。
その上で、本拠地では口に出したくても出せないことを、フッチにだけ言っている。
そのことが、わかった。
フッチにとっては、前に、ルックにあってから数年、以前の戦争からだと15年もの月日が経っている。
だが、ビッキーにとっては、まだ数ヶ月しか経っていないのだ。
だから、よけいに、今度の敵がルックだと告げられたところで、信じられないのだろう。
「……フッチくん、……迎えに行かない? ……わたしが……、迎えに行っちゃダメ……かな?」
「………………。」
ビッキーの言葉に、フッチは答えることができなかった。
フッチも、できれば、ルックを迎えに行って、……もう一度、ともに語り合いたい。
例え、意見の行き違いで喧嘩になっても、お互いを不愉快に思ったとしても、それでも、最後には笑いあえる。
そんな関係でいられる、そんな時が、あった。
戻りたい、あのときに。
デュナン湖のほとりで、みなで笑いあった、あの時間に――。
だが、そんなことはできないことなど、フッチが一番よく理解していた。
ルックが、一度こうと決めたなら、誰が何を言ってもムダなのだ。
レックナート様でさえ説得できなかった、今回のことこそ、それを裏付けている。
「…………。」
言うべき言葉を見つけられず、黙りこむフッチの背中に感じるビッキーの気配が変わった。
「……ごめん。」
嗚咽をこらえるような、かすれた声。
フッチの服をつかむビッキーの手が、小刻みに揺れていた。
「……何を謝るんだ?」
「……ごめんなさい。」
「……………。」
ただ、フッチの背中にごめんを繰りかえすビッキーに、フッチは胸が詰まる。
「……ビッキーが、謝る事なんて、ないだろ?」
「……だって、フッチくん。……悲しそうだもん。」
「……え?」
フッチは思わず、右手で顔を抑えた。
「……そんな顔、してた……?」
「ううん。なんとなく……背中が、すごく寂しそう……。」
「………………。」
ぎゅっと、ブライトの手綱を握る手に力がこもる。
「……私だけが、寂しいのかと思ってた。……フッチくん、顔に全然、出さないんだもん。……でも、そんなわけ、なかったんだよね。」
ビッキーの触れる背中に、熱く、濡れる感じがした。
それの正体が何かわかって、フッチは気づかないふりをしたまま、前を見つめた。
「……ックくんと、……すごく、仲、……よかったもんね……。」
もう、完全に泣き声で、嗚咽もこらえられない様子のビッキーの言葉を、ただ、フッチは黙って聞いていた。
ルックと、確かに、仲がいいと、自分では思っていた。
口数が少なく、しかも辛辣だったため、誤解され易い人物ではあったけれど、彼の言うことはいつも正しく、みんなのことを常に考えてくれていた。
とても強く、そして、同時に優しかった。
彼は、自分自身のことはほとんど話さなかったけれど、フッチの話にはいつも耳を傾け、そして、誰も言いにくいようなことを、ズバッと言ってくれたりした。
その言葉に反感を覚えて、ムッとしたことは数知れない。
サスケなどは、正面きって殴りかかっていったり、口論になったりするのが当然だった。
それでも、彼は、間違ったことは言わなかったし、言った言葉には、きちんと責任を持って行動していた。
――そんなヤツ、だった。
「……本当の、友達には……なれなかったみたいだけどね……。」
ポツリと本音が漏れた。
本当に友人だったなら、一言くらい、相談してくれてもよかったはずだ。
なのに、彼は、全てを自分で決めて、黙って行動を開始してしまった。
――後戻りなどできない、最悪の方向へ……。
「そんなことないよ!!」
自嘲するようにそう言い、目を閉じたフッチに、ビッキーが後ろから怒鳴りつけた。
「フッチくん、本気でそんなこと言ってるの!?」
「……ビッキー?」
未だかつて、ビッキーが怒ったところなど見たことのなかったフッチは、怒鳴られたこと自体に驚いて、振り返った。
顔を真っ赤にして、キッとフッチの顔を見上げてにらみつけているビッキーの顔がそこにあった。
「ルックくん、本当に、フッチくんのこと好きだったよ! 私、見たもん!! フッチくん、たまに、すごく悲しそうな顔で、湖とか眺めてることあったよね!?」
「!!!!」
いきなり言われた言葉に、思わず顔が赤面する。
解放戦争の時、また、ブライトとであった後の統一戦争の時も、ときどきブラックを思いだし、1人になりたくて静かな場所へ行き、ただそこで時間を過ごす事が多々あった。
だが、それをビッキーが知っているとは思っていなかった。
「……ルックくん、その時のフッチくんに気づかれないように、静かに側についてた。……フッチくんに近寄ろうとする人、皆を遠ざけるみたいに、辺りをずっと見張りながら……。」
「……………。」
気づかなかった。
ルックがそんな風に、自分を気遣ってくれてたなんて……。
「声、かければいいのに。って私が言ったら、本気でバカにしたみたいに見下ろされた。……からかったビクトールさんなんか、思いっきり魔法で吹っ飛ばされてたよ。」
「……ルックが……。」
「うん。……ルックくん、誰より、フッチくんに優しかった。……フッチくんが自分の方向いてないとき、すごく、優しい目で見てたよ。」
「……………。」
ビッキーの言ってることが、どこまで本当かはわからない。
けれど、思ったことを素直に口にする彼女が、そんな嘘をつくはずがなく、少なくとも、彼女には、そう感じられるような行動を、ルックがとっていたのだということは、理解できた。
年甲斐もなく、目頭が熱くなり、目の前のビッキーの顔がにじむ。
見られたくなくて、くるっと前を向いた。
胸が熱い。
息が苦しい。
なおも背中でビッキーは言葉を続ける。
「ティルさんにも、リオウさんにも、ルックくん、それなりに優しかったけど、それでも、ルックくんが一番気にしてたのは、フッチくんだったと、私は思う。」
何か、理由があったのかもしれない。
それとも単に、ビッキーの思い違いだったのかもしれない。
真実は解らない。
それでも、ビッキーは『ルックくんって、フッチくんのことが好きなんだな〜』と、いつも漠然と思ってた。
「……ルックくんを止められるのは、フッチくんだと思ってた。」
「……ビッキー。」
「……でも、ダメ、なんだね。……ルックくん、止まらないんだね……。」
ルックはすでに、敵軍にフッチがいることを知っているだろう。
それでも、ルックの攻撃は止まらなかった。
「……ああ。」
それくらいのことで、止められる決意なら、ルックは決して実行には移さなかったはずだ。
「……ビッキー。」
「うん?」
「……彼の望むことは、俺たちと相容れない。……けれど、俺たちは、彼を知っている。……決して、否定だけはしたくないんだ。」
「……うん。……わかる、よ。」
しばらく、沈黙の時間が過ぎた。
ブライトも、背中に乗るフッチとビッキーの雰囲気をなんとなく感じているのか、ただ、飛ぶことに集中しているかのように、静かだった。
「……これ以上彼を、悪者にしたくないんだ。」
「……うん。」
「……だから、俺たちで終わらせたい。……この、戦いを。」
「うん。」
ビッキーが、フッチの言葉に同意したのを、安心したのと同時に、とてもやるせない思いを感じた。
彼を止められない自分が、情けない。
悔しい。
……寂しいのだ。
「ああ、山道が見えてきた。」
フッチは、前方に見えてきた赤茶けた土で剥き出しの山を指差した。
ビッキーもフッチの肩越しにそちらに目をむける。
今の言葉で、過去への会話が終了したのだと、2人ともが暗黙の内に了解していた。
「うん。よかった。ブライトのおかげで日が暮れる前に見つけられそうだね。」
「ビッキーも、いいかげん、テレポート失敗しないようになってくれよ。」
「ひどーい! これでも、頑張ってるんだから!!」
先程までの雰囲気とは打って変わって、お互いに陽気に振舞う。
その心中は、決して穏やかなものではなかったけれど――。
それでも、何も知らない今の仲間たちの前では、明るく過ごしたい。
彼のことは、自分たちの中に収めるべきことで、……ヒューゴたちを煩わすべきことではないのだから。
山の頂上付近に、人影が見える。
あちらも、ブライトに気づいたらしく、大きく手を振っていた。
ヒューゴ以外のメンバーたちは、どうもすでに力つきていて、動くに動けない様子だった。
静かに、出来るだけ砂埃を上げないよう近くに降り立つブライトに、ヒューゴたちは本当にホッとしたような嬉しそうな顔を向けていた。
「すいません、フッチさん。ありがとうございます!」
ヒューゴのまっすぐで、フッチに無条件の信頼を称えている瞳に見つめられ、フッチは少しだけ罰が悪そうに微笑んだ。
「いや、皆無事でよかったよ。」
今は、彼らが自分の仲間なのだ。
彼らの望むことが、自分の望むこと。
例えその心情に、天と地ほどの差があったとしても、それでも望む結果が同じなのだ。
そう言い聞かせて、ヒューゴに微笑みかけた。
ルックと同じ、五行の真の紋章のひとつをその身に宿した少年。
願わくば、ヒューゴのこの笑顔は、彼の生涯が終わるその時まで消えることがないように。
それが、何十年、何百年先のことかはわからない。
せめて、今の彼のこの笑顔を知っている者たちが、今のフッチやビッキーが味わっているような気持ちにならないように。
ルックとヒューゴは全く違う。
同じ道を辿ることはないだろう。
けれど、一抹の不安が頭をよぎる。
「……ヒューゴ、君は……。」
「はい、なんですか?」
何かを言いかけたフッチに、ヒューゴが無邪気に笑いかける。
そのくったくない笑顔に、フッチもまた、笑顔を向ける。
「いや、なんでもない。」
「? そうですか?」
(いつまでも、今の君のままで――。)
不思議そうに首をかしげながらも、フッチの後ろに乗っていたビッキーの顔を見ると、そちらへヒューゴは駆け出し、メンバー全員で口々に文句を言い始めた。
ビッキーはおろおろしながら、一生懸命謝っている。
その様子を見ながらも、フッチはただ、今は遠く離れてしまった友人を思い浮かべ、静かに息を吐いた――。
【END】
(05.07.24)
BACK