お金が足りなくて、ルーウェンだけを雇ってヴィラント山に行ったら、案の定、ガーゴイルにこてんぱんにやられてしまったのだ。
「いったあ〜!」
「あててて……。」
「ちょっと、ルーウェン! しっかりしてよ!!」
「仕方ないだろ! マリーこそ、何やってんだよ!! いつもの馬鹿力はどうしたんだ!?」
「な・ん・だ・と――!! かよわい乙女に向かって――!」
「誰が、『かよわい乙女』だ。気色悪い!」
10.キス
「……って、言いやがったのよ! あいつ!!」
そのあと、こてんぱんにルーウェンを殴り倒してもまだ気が治まらないマリーは、エンデルクを相手にわめき散らしていた。
「……確かに、おまえは『かよわい』とは、言えんだろう。」
対するエンデルクもまた、容赦がなかった。
「あんたまで何よ!! だいたいあんたの雇用費が高すぎるから、こんな目にあうんじゃないの!!」
ビシッと、マリーはエンデルクの顔の前に指を突きつけた。
20センチ以上も高くにある男の顔は、いつもと全く変わらず涼しげだ。
「悪いが、自分の腕を安売りする気はない。」
「なによ――!! ちょっとくらい、融通きかしなさいよ!! この私が、こんなに頼んでんのに!!」
ちなみに、二人が今いる場所は、ザールブルグで最も人通りが多いとされる、職人どおり。
武器屋へ行く用事があり、城を出てきたエンデルクが、ちょうど採取から帰ってきたマリーと偶然ばったり会ったのだ。
今現在も二人とすれ違う人の数は少なくなかったのだが、剣聖エンデルクに言いたい放題にわめき散らすマリーに、皆おびえて遠巻きに、できるだけ視線を合わさないように、早足で歩いていた。
「……頼まれた記憶はないが……。」
「は? こんなに頭さげてんじゃん!?」
「……おまえは、根本的に、言葉を学びなおしたほうがいいのではないか?」
「……バカにしてるわね。」
「仕方がないだろう。」
きっぱり、はっきり言われて、マリーは逆に気がそれてしまったのを感じた。
「……はっきり言ってくれるわ。」
そうして、しばらく、何かを考え込んでいたかと思うと、ぱっと顔を上げて、エンデルクの顔を覗き込んだ。
「じゃあさ、もし、私が、シアみたいだったら、雇用費安くしてくれた?」
何を言い出すかと思えば……、と、エンデルクはため息をついた。
「彼女が自分から、街の外へ出ようとするとは思わんが。」
「だからさあ、『もし』の話よ。」
「……まあ、仕方がないだろうな。」
「ふむふむ。じゃあ、これから、シアみたいに振舞うように、気をつけてみようかな……。」
真剣に考え込んでしまったような、マリーを横目に、今更ムダだろうがなと思いながらも、エンデルクはシアのようなマリーを想像してみた。
……………。
想像が、つかない。
だが――。
「……おまえは、そのままでいい。」
「え? 何て言ったの?」
「聞こえなかったなら、それでいい。」
マリーは、マリーだからこそ、こんなにも――。
「ちょっと! 気になるじゃない!!」
感情が即座に表れる綺麗な顔。
思ったことをすぐさま言葉に、行動に移すことができる、素直で強い心。
大人になると、大抵の者が、自分を隠すすべを覚え、そして良い意味でも、悪い意味でも狡猾に、そして臆病になり、自分の思ったとおりには行動できなくなる。
そんな人間の中で、彼女は異質とも言えるくらい、綺麗なままだった。
子供っぽいと言ってしまえばそうなのかも知れないが、彼女はけして子供ではない。
どんな状況に陥ったとしても、一人で生き抜く強さを、彼女は持ち合わせている。
しかも、彼女はそこにいるだけで、周囲の人間にさえ、その強さを分け与えることができるのだ――。
エンデルクの脳裏には、彼女をとりまく人々の顔が浮かんできた。
誰も彼も、彼女の側にいるだけで、いつも幸せそうに笑っている。
彼らが、それを物語っている。
――他ならぬ、自分も、マリーと共にいる時間が、何より幸福な時間に思えるのだから……。
「ちょっと! エンデルク、聞いてる!?」
「ああ、聞いている。」
エンデルクは、マリーのその形の良い、よく動く唇を見た。
本当によく動き、元気な声で、次から次へと言葉をつむぎだしている。
「聞いてるならちゃんと――……。」
答えなさいよ――という言葉は、エンデルクによって、遮られた……。
いきなり物陰にマリーを引っ張りこんだかと思うと、唇に、触れたのだ。
……エンデルクの、『それ』が――。
「……は……。」
「は?」
「……はぐらかしたでしょ――!!!」
マリーは真っ赤な顔で叫んだ。
「さあな。」
一方のエンデルクは、普段と全く変わりなく、再び同じ調子で歩き始めた。
「信じらんない! なんて奴!!」
その後を追いながら、マリーはその広い背中を叩く。
「クッ……。」
「あ! あんた今、笑ったわね――!!」
くやしー! とザールブルグ中に響き渡るような声で叫ぶ、真っ赤な顔のマリーは、何が起こったのかわかっていない、周囲の目を必要以上に集めていたが、それ以上に――。
「……おい、見たか?」
「……ああ。……見た。」
「……あの人、あんなふうに笑えたんだな……。」
偶然その通りを歩いていた人々の目は、一点にくぎ付けになっていた。
「笑うなって、言ってるでしょ!!」
「知らんな。」
あの、エンデルクが、笑っている――。
通りを行く人々は、例外なく、その光景が信じられずに立ち止まり、呆然とした表情で固まった。
その様子に気付くことなく、エンデルクはマリーに向かって、微笑みかける。
本当に、愛しそうに――。
その黒い瞳は、普段の隙のない鋭い光をどこかへ潜め、優しい光を湛えていた――。
【END】
…甘い小説が、書きたい…。
真田には、ムリ…?(泣)
(05.03.01)
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