「じゃあ、ごめんだけど、アニス。行って来るね。」
「はい。気をつけて行ってきて下さい。」
「うん、ありがとう!!」
そう言って、年上とは思えないほど可愛らしい笑顔でエリー先輩は、聖騎士のダグラスさんとふたりで、ストルデル川へ採取に出かけていった。
4.調合中
アニスは、工房に一人残され、ため息をついた。
実を言うと、この工房で一人お留守番をするのは、初めてだった。
「まあ、何とかなるでしょう。さて、私がやる事は……。」
一人つぶやきながら、アニスは、壁のコルクボードに貼り付けてある、依頼状況を見た。
「えーと……、『時の石版×2』は……。」
くるりと工房の中を見渡すと、緑妖精のピックルがコメートを熱心に磨いている。
その近くには、2つばかりキラキラ光る真新しいコメートが転がっていて、どうやら、あとは3つ目も、仕上に入るばかりのようだ。
ロウは、数日前、アニス自身が5つ調合して、使わずに棚に置いてあるし、塩も十分すぎるくらいストックがあった。
「……材料は、大丈夫そうだけど、私にはまだ『時の石版』は調合できないし……。次は……、……『解毒剤×5』か……。うん、これなら、できそう。」
自分のレベルに合ったものを、ムリせずに行う方が、ずっと効率がいい。
(ちょっと残念だけど、難しい調合は、エリー先輩に任せて――。)
アニスは、材料があるかどうか、材料棚を確認に行った。
「えーと、『解毒剤』のストックは……3個、あるから……。『お酒の木の樹液』が4個と、『ヘーベル湖の水』が2個。それから、『中和剤(緑)』が2、っと。……うん、大丈夫。」
そして、乳鉢とガラス器具準備すると、調合台にむかう。
いっきに調合してしまえば、2日でできる。
「よーし、やりましょうか!」
一声、気合をいれて、アニスは調合にとりかかった。
2日目――。
――トントン。
「はーい! アニスお姉さん、お客さんだよ〜!!」
ピックルが、集中しているせいで、全くノックの音に気付いていないアニスに声をかける。
「――ええ!? ちょ、ちょっと、手が離せないんだけど……。」
「じゃあ、ごめんなさいって、言わないと。」
「今、調合中で……。」
「シャリオ油が欲しいのだけど。」
言いかけるアニスの言葉を聞く前に、一人のおばさんが工房の扉を開けて入ってきた。
「ううう……。」
アニスは、仕方なく、手を止め、シャリオ油を棚から取り出し、渡した。
「ありがとう。」
おばさんは、それを受け取ると、代金を払ってそのまま出て行った。
「……大丈夫……かな……。」
アニスは、自信なさ気に調合台に向かいなおし、調合の続きを始めた。
しばらくすると――。
「お邪魔します。」
ひとりの駆け出しの冒険者風の少年が、ノックもなしで、工房の扉を開けた。
「え……。」
「アルテナの水、下さい。」
「……はい……。」
アニスは、また手を止めて、アルテナの少年に渡す。
「ありがとうございました!」
元気に礼を言うと、少年は扉から出て行った。
「……だいじょうぶ……だよね……?」
ポツリとつぶやくとまた、再び、調合に取り掛かる。
しかし――。
「すいません、研磨剤を――。」
「栄養剤を――。」
「シャリオチーズを――。」
「アルテナの傷薬を――。」
………………………。
ひっきりなしに来る客が、エリーの依頼品の品質のよさを証明しているのは解るのだけれど――。
「……きゃあ!!」
ボンッ!!
「……アニスおねーさん、大丈夫?」
はでな音を立てて、解毒剤となるはずだった材料は……。
「………。……産業廃棄物ができちゃった……。」
つぶやき、ふーっとため息をついて、アニスは、心配そうに自分を見ているピックルに目を向ける。
「ねえ、ピックル。」
「なあに、アニスおねーさん?」
「……いつも、こんなにお客さんって来てたっけ?」
この工房に来てから、すでに3ヶ月近くが過ぎていたが、調合中に接客をしたのは初めてだった。
「うん、だいたい来てるよ。そーいえば、いつもエリーおねーさんが出てたね?」
あっさり肯定されて、アニスは力なく笑った。
アニスがいつも、自分の調合に精一杯で、他に目が向けられないとき、エリーは、アニスより数倍高度な調合を行いながらも、接客をし、しかも、アニスより失敗せずに、高品質のものを作り出していたのだ。
「すごいなあ……。」
ほんとうに、些細なことかもしれなかったけれど、アニスは何故か、エリーに対する尊敬の念が強くなった気がした。
そうして、力なく、ぼんやりといすに座り込んでいる自分に気付き、気合いをいれた。
「よし! これくらいの失敗で落ち込んでちゃだめだよね!!」
もう一度、調合をやりなおすために、材料を取り出す。
幸い、解毒剤の材料ストックは、大量にある。
期限もまだ、一週間以上あるし――。
「1つずつ、頑張りますか。」
エリーに少しでも追いつけるように、とりあえず、この調合をしつつ、接客もできるようになりたい。
自分の夢は、教師になることではあるけれど、それでも――。
エリーや、マリーが自分の代わりに教師ができるみたいに、ひとつずつでも、自分にできることを増やしていきたい。
「……調合中に接客ができるように、っていうのは、少し変かもしれないけどね……。」
クスリと、自分の決心にアニスは笑った。
そうして、調合台に再び向かうと、アニスは調合に取り掛かった。
その様子を見ながら、ピックルも、ニコリと笑うと、自分に与えられた仕事を続ける。
アカデミーの机の上ではできなことが、ここではできる。
それが、アニス自身を成長させてくれる。
そう感じて、アニスは、この状況を与えてくれた、マリーとエリーに、いつも以上に感謝の気持ちを感じていた――。
【END】
……アニスのアトリエって、調合中に客来ましたっけ?
(ちょっと、忘れた……)
ちょっと、無理やりな話になった気も……(汗)
(05.03.20)
back