「うーん……。カタリーナさんが言ってた、雨雲の石をつくった人って、どんな人なのかなあ……。」

「な〜にぶつぶつ言ってんだ?」

「あ、お兄ちゃん。」

台所でにんじんをかじりながらつぶやいていたヴィオに、バルテルがあきれながら声をかけてきた。

「おまえ、独り言好きだなあ。」

「う……。べ、べつにいいじゃない!!」

「ま、いいけどよ。」

言いながら、バルテルは、ため息をついた。

それに、ちょっとムッとしたものの、ヴィオは何も言わず、再び店のカウンターに戻っていくバルテルの背中をボーっと見ていた。

「……ねえ、お兄ちゃん?」

「何だ?」

「カタリーナさん……。ものすごく効力の高い『雨雲の石』を見たことがあるらしいの。で、どうしたら、そんなのできるのかなあ……。」

「ふーん。それで、この間から、そればっかりあーでもない、こーでもないって、そればっか作ってたわけか……。おれが知るわけないだろ。」

バルテルの興味なさそうな声に、ヴィオはまた苛立ちを覚えた。

「ちょっと!! お兄ちゃん!?」

「うるせーな。おれにそんなこと解るわけないだろ? アイゼルさんに聞け。アイゼルさんに。」

うっとうしいとばかりに、バルテルは、ヴィオにあっちいけとばかりに、手をひらひらさせた。

「そっか、アイゼルさんに聞けばいいんだ! ありがとう、お兄ちゃん!!」

気が付かなかったとばかりに、ヴィオは歓喜の声をあげ、そのまま外へと飛び出していった。

「…………。いつまでたっても変わんねえなあ……。」

飛び出していった妹に、バルテルはポツリとつぶやいた。





8.錬金術師





「アイゼルさん! アイゼルさ〜ん!!」

ヴィオラートは、家を飛び出すと、一目散に酒場へと向かった。

アイゼルは、彼女が借りている宿屋にいるか、情報収集などのために酒場に来ているのが大半だった。

そして、このときも、酒場に来ていたらしく、ヴィオは、ちょうど酒場の前にいたアイゼルを捕まえる事ができた。

「あら、ヴィオラート。何か用かしら?」

ニコリと笑いながら、アイゼルはヴィオラートが走りよってくるのを立ち止まって待った。

「はい! ちょっと、お尋ねしたい事がありまして……。」

トコトコと嬉しそうに近づいてくるヴィオラートに、今は遠く離れている親友の姿が重なり、アイゼルは苦笑した。

「?」

なぜ笑われたのかわからず、ヴィオは首をかしげたが、深くは考えず、持っていた『雨雲の石』をアイゼルに見せた。

「これなんですけど――。」

「あら、『雨雲の石』がどうかしたの?」

私、依頼してなかったわよね? と、アイゼルは不思議そうに首を傾けた。

「あ、違うんです。カタリーナさんにちょっと聞いたんですけど……。」

「カタリーナ……? ああ、あなたが今雇っている冒険者のことね。」

「はい、そうです。そのカタリーナさんが、この『雨雲の石』を雨乞いの儀式に使ってる踊子さんを、見たことがあるらしいんですけど、踊り始めてすぐに雨を降らせることができたそうなんです。」

「ふーん……。なるほどね。その話から、そこで使用された『雨雲の石』の効力がかなり高いと判断したのね?」

「はい。それでなんですけど……。どうやったら、そんな効力の強いものができるんでしょう?」

じっと、アイゼルの顔を見つめて、期待に満ちた表情をしているヴィオラートに、アイゼルは苦笑した。

「あなた、自分では考えてみなかったの?」

「……えーと……、その……。一応、色々使う材料を変えてみたりはしたんですけど……。」

言いながら、持ってきていた『雨雲の石』をアイゼルの目の前に並べる。

効果的には、色々なパターンのものができたものの、どうしても、すぐに発動するというものができなかったのだ。

そのひとつひとつを確認しながら、アイゼルはひそかに感心していた。

その全てが最高級の出来栄えだったから――。

よほど、新鮮な、もしくは、効果の高いアイテムを組み合わせて作ったのだということが、とてもよくわかった。

「あなたにとっては、これでもまだ、納得できる出来栄えではないというわけね?」

特に、気分を害したわけではなく、ヴィオの向学心をとても好ましいものと捕らえて、アイゼルは微笑んだ。

「あはは……。いえその……、自分ではそれなりに納得してるんですけど……。その、『雨雲の石』を作ったという錬金術師さんに、どちらかというと興味が……。」

ゴニョゴニョ……と、言い訳のように、うつむきながら、ヴィオはそう言った。

「そうなの? まあ、別にかまわないと思うわよ? 優秀な先人に興味を持つことも大切なことですからね。」

ニコニコとそう言うアイゼルを見て、ヴィオはホッとしたように笑った。

「……でもねえ……、雨乞いの儀式に……。もしかして……。」

次いでつぶやかれた言葉に、ヴィオは、ピョコンと反応して、アイゼルの顔を覗き込んだ。

「何か、心当たりが?」

「……まあ、そのような話を、聞いたことがあるというだけなのだけれど……。」

「それでもいいです!」

教えてくださいと、期待に満ちた顔でお願いされて、アイゼルはまた苦笑した。

「私の友達の一人が、冒険者、兼、踊子の女性の依頼で、それを用意したと、言ってたような気が……。」

「ええ!? アイゼルさんのお友達なんですか!?」

「はっきり、そうとは言えないけれどね。」

「どんな方なんですか?」

さらに期待に輝かせた顔で問い掛けてくるヴィオラートに、アイゼルはクスクスと笑った。

「どんな人だと、あなたは思う?」

「えーと……、女の人ですよね?」

「そうよ。」

「うーん、そうですね。きっと、生まれつき器用で、本当に優秀な人なんでしょうね!」

「あら、どうして?」

「え? だって、器用でなきゃ、そんなに繊細な調合できないと思うんですよね。……私、あんまり器用じゃないから、しょっちゅう失敗しちゃうし……。それに、そんなにすごい効力をもつアイテムを作れるってだけで、すごいじゃないですか!!」

「そう?」

「そうですよ!! それに、アイゼルさんのお友達なら、大人っぽくて、素敵な方なんじゃないんですか?」

アイゼルは、一瞬、ちょっと驚いたような顔をしたけれど、すぐに笑った。

「あら、私のことを、そんなふうに、思ってくれてたの?」

「はい!!」

臆面もなく、そう元気よく返事したヴィオラートに、嬉しい反面、少しだけ複雑な気持ちになった。

「ありがとう。でもね、私はそんなに大人じゃないわよ。」

アイゼルにとっては、嘘偽りない言葉のつもりだったけれど、ヴィオには、謙遜ととられたらしい。

「そんなことありませんよ!!」

ムキになって、否定してくる素直なヴィオラートが、とても好ましかった。

「……どうかしらね。案外、不器用で、泣き虫で、子供っぽい人かもしれないわよ?」

「え?」

「探究心は人一倍で、怖いもの知らず。何にでも一生懸命で、集中するともう何にも見えなくて、周囲の人間を、よく冷や冷やさせたりもしてたわね。おまけに、ほうっておくと、寝食忘れて、調合に没頭して、気が付いたら倒れてたりとか……。」

ヴィオの顔を見て、ニッコリと笑うアイゼルに、ヴィオは、アハハ……と、乾いた笑いを浮かべた。

アイゼルは、自分のことを言っているのではないということが、よーくわかったが……。

「……あの、それって……。アイゼルさんの、お友達のこと……ですよね……?」

「そうよ。それに……、誰かさんに、似ている気がしない? ……彼女は、私がうらやましくなるくらいに、素直で、可愛らしい人だったわ。……あなたもだけど。」

そう言われて、ヴィオラートは、照れてたように笑うしかできなかった。

これでも、誉められているのだというのは、解ったのだが、どう反応していいのか、わからなかったのだ。

「それと……。これは、錬金術師に限ったことではないと思うけれど、素直だというのは、美徳だとおもうわ。何を目標にするにせよ、外からの情報、人の好意、まあ、その反対もしかりかしら? を受け入れるためには、何より大切なことだと思う。」

そこで、言葉を区切り、アイゼルはヴィオラートに向き直った。

先ほどの、どこかいたずらめいた笑顔を消し、真剣な瞳でヴィオラートを見ていた。

ヴィオラートも顔を、自然と引き締め、アイゼルが何を言う気なのか、真剣に耳を傾けた。



「あなたは、どんな人間になりたいのかしら?」



どんな人間に――……。



「……………。」



「まあ、そうね。いきなり聞かれて答えられる質問ではなかったかもしれないわね。」

うつむき、黙りこんでしまったヴィオに、アイゼルはやさしく声をかけた。

その瞬間。

「いいえ! 私は、まずこの村を建て直したいんです。」

きっと顔を上げて、迷いの無い瞳をアイゼルにむけるとヴィオはそう答えた。

「ええ。それは知っているわ。」

「それからのことは、まだ考えていなかったんですけど、私、もっと、錬金術の勉強したいと思います。」

「あら、どうして? あなたは、すでに、十分な知識と実力を持っているわよ?」

そう、誉められても、ヴィオラートは、それでよしと納得するには、何か足りない気がしていた。

「いいえ、アイゼルさん。私は、まだまだだと思います。実際、このカナーラント王国だけでも、自分の知らないものがたくさんありました。……じゃあ、この国を出たら? きっと、今まで、見たことも聞いたことも無いものを知ることが――、学ぶことができると思うんです。……アイゼルさんが教えてくださった、『錬金術』自体が、その最たるものじゃありませんか。」

アイゼルに向き合うヴィオラートの瞳には、確固とした決意が現れていた。

「アイゼルさん。」

「……なにかしら?」

「私も、アイゼルさんと一緒に、旅に出てみたいと思います。……かまいませんか?」

その真剣な眼差しに、アイゼルは、『彼女』が重なったような気がした。

「旅に出て、どうするの?」

「たくさんの国や人、そこにある自然を見て、もっとたくさん知識を吸収して、……それから、ここへ戻ってきて、たくさんの人に、夢を売りたいと思います。」

「『夢』……?」

「はい。夢です。夢は、それがどんな些細なことでも、実現すれば、皆、とても幸せそうに笑ってくれます。……その、笑顔の元を売りたいんです。」

それこそ、夢のような話だと、そう言われても仕方がないかもしれないと、ヴィオラートは考えたけれど、この気持ちは本当だった。

今、思いついたことではない。

はっきりと自覚し、言葉にしたのは初めてのことだったけど、それでも、単なる、一過性の思いではないと、言い切ることができた。

「錬金術を極めようとする人間は……旅立つ運命にあるのかもしれないわね……。」

「え? アイゼルさん?」

ポツリとつぶやいたアイゼルに、ヴィオは不思議そうに首をかしげた。

アイゼルの脳裏には、自分より先に、ザールブルグを、もう一人の錬金術師と共に旅立った、オレンジの法衣の少女が浮かんでいた。

「……………………。」

アイゼルは、しばらく考え込んでいたようだったが、おもむろに顔を上げると、ヴィオラートが、今まで見たこともないくらい、きれいな笑顔を浮かべた。

「わかったわ。……ヴィオラート・プラターネ。私と一緒に、世界を見に行きましょう。」

「はい!」

アイゼルの言葉に、ヴィオラートは元気よく返事をした。



【END】

ヴィオラートのエンディング「赤い服の人と…」のちょっと前。
脈略ないなあ…。最初はこんな展開の予定ではなかったのですが…。



(05.04.01)


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