おれの時間は、あの時から止まっている。






004.錆びた時計






あの時――古龍の砦でヤマネコと対峙したとき、途中、セルジュの様子がおかしかったことに、気づかなかった。



「なぜ、気づかなかった!?」



『ヤマネコ』は、途中、唖然とした表情で自分たちを見ていた。

そして、その自分の手を見て、体、武器を見て、おれに向かって叫んだ。

おれたちに向かって、何かを言おうと口を開きかけた。



そして――。



「それを、遮るかのように、『セルジュ』がしゃべり始めたんだ……。」



違和感が、あったはずだった。

なのに、気がつかなかった。



「最悪……だ。」



セルジュが一番頼みにしていたのは、自分だと、気づいていた。

それが嬉しくて、弟が出来たみたいで楽しくて……。



「バカだ……。おれ。」



ギリッと噛み締めた口から、血の味がした。

ドンと壁に打ちつけた右手は、ジンジンと鈍い痛みを訴える。



あの後、『セルジュ』はキッドを短剣で刺し、おれを壁まで吹き飛ばした。



その後の意識は、ない。



『ヤマネコ』の姿をしたセルジュは、一体どんな思いでその場面を見ていたのか。

おれが、セルジュだと信じた『セルジュ』の姿をしたヤマネコが、キッドを刺したとき、おれは『セルジュ』を責めた。



「なんで、おれは……!!」



しかたがなかったんだと、言い聞かせるには、自分が情けなすぎて。

悔しくて。



「すまない、セルジュ……!!」



あの後、セルジュはどうなったんだろう?



それに、キッドは?



おれが気づいたときには、その場には大佐とカーシュが心配そうにおれを見下ろしていた。

情けなかった。

彼らを打ち負かして、真実を求めたはずなのに。

それなのに、おれ自身が、真実を見誤った。



「すまない――!!」






後悔と自責の念に囚われ続けるおれのもとへ、ヤマネコの姿をしたセルジュが現れた。

セルジュがひとまず無事であったことに、心底、ホッとした。



だが、同時に湧き起こった感情の所為で、セルジュの顔――ヤマネコの姿をしたセルジュの顔を、正面から見ることができなかった。



再び仲間へと誘う彼の言葉に、頷くことができなかった。

その時の彼の顔が忘れられない。





『違う、セルジュの所為じゃないんだ!!』





どれだけ、この言葉が言いたかったか。

だが、それを言うには、おれの心は弱すぎた。

この言葉を言うと、自分の不甲斐なさを、曝露するみたいで言えなかった。

また、彼を知らずに裏切ってしまうのが怖かった。

傷つけてしまうことが、嫌だった。

たった、そのことだけで――。



「……逆に、傷つけたのかもしれない。」



次は裏切らないという自信が、おれにはなかった。

次は気づいてみせるという、その確固たる意志が、今のおれにはなかった。



「……許してくれ、セルジュ。」



ただ、ひとり、おれは部屋の中でつぶやく。

こんな気持ちのまま、おまえについていくことは、できなかったんだ。

成長できないおれ。

前に進むこともできない。

止まった時間。

おれの中の時計は、結局錆びついたままだ。



「兄貴を、越えたいのに。」



強さだけ、越えてもしかたがない。

そのことに、今ごろ気づいてどうするのか。

どんな場面にも、向かっていける、心の強さがおれには必要なのに。



「セルジュ……。」



彼がまぶしい。



彼の置かれている状況は、どんどん悪い方向へ進んでいる。

なのに、セルジュはあきらめないという。

キッドを取り戻すのだと。

彼は、強い決心を、おれに示して見せた。



「なのに、おれは何をしている?」



『セルジュ』の姿をしたヤマネコが、この世界で悪さをし始めた。

だが、人々はそれがセルジュが起こしていると思っている。



当然だ。



人は、見たままの姿を捉える。

誰も、あれがヤマネコなのだと、気づくはずもない。



「……どうして、おれは声を大にして、否定しにいかない?」



答えは決まっている。

おれが、弱いからだ。

信じてもらえないのが、怖いのだ。

自分が信じることができなかった事態を、人に、信じさせる自信がないのだ。



「すまない、セルジュ。」



おれは、誤りつづける。



それしかできないから。



おれに必要なのは、勇気。



心の強さ。





「待っていてくれ、セルジュ。」





もう少し、待っていてくれ。

おまえを追いかける勇気を得られるまで。




「そうしたら――。」




また、おまえの隣に立つ権利を、おまえはくれるだろうか?



「……もう、ムリかもしれないな。」



それでも……。



「おまえの力になりたいと思ったことは、嘘じゃないんだ。」



だから――。



「……少しでも、手伝わせて欲しい。」



グレンは、そうつぶやいて、ただ、前を強く睨みつけていた――。





【END】



…ヤマネコの姿でグレンに会いに行ったときのショックさは、忘れられません。
どうして〜…(泣)
と嘆き叫んで、思わず何度も何度も話し掛けてしまいました。
だからこそ、あの時のグレンはこうであって欲しいと……!!
ヘタレ…ですが…。

あの場面(セルジュとヤマネコが入れ替わる場面)にいた仲間だけ、
ヤマネコの姿でも仲間にできるっていう特典が欲しかった!! 
(…んなバカな…)



(05.09.12)



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