「彼」は、数年ぶりにおれの前に現れると、こう言った。

「……連れて行って欲しいところがあるんだ。……君と、……ブライトに。」





11.手向けの花





「……ここで、よかったんですよね……?」



グラスランドの争いの終焉の地。

もとは、シンダルの遺跡があったのだが、「あの時」、全てが崩れ、消え去った。

……『彼』と、そして、『彼』を愛した少女と共に……。


「……そう。ごめん、フッチ。」


そう言って、彼――ティルさんは、おれに微笑みかけた。

その微笑みは、いつものティルさんの笑い方と、どこか違うように感じた。


「……あやまることじゃ、ないです。」


そう言いながらも、おれは、一刻も早く、ここを立ち去りたいという気持ちも、否定する事はできなかった。

……この地は、おれの心を騒がせる。

ふさがったはずの傷が、再び、血を流し、痛み出したような――錯覚に、陥る。

(苦しい……。)

単に、封鎖された空間……人工の洞窟のようになったこの地は、風が吹くことを忘れてしまったかのように、空気の動きがなく、……息苦しく感じる。


「……ここに、風は近寄りたくないのかな……?」


その言葉に、はっと、おれはティルさんを見た。

まるで、自分の心の中を、読み取られたような気がした。

ティルさんの黒い、きれいな澄んだ瞳は、悲しみを湛えたまま、まっすぐに、おれを見ていた。


「……ティル……さん……。」


彼の、この表情は、見たことがある。

そう、あれは……、おれが二度目にティルさんに出会ったとき……。

……いや……。

ティルさんの、親友だった、テッドが死んだときだ……。

あの時、おれは……、ティルさんの顔を、正面から見ることができなかった。

……理由は、わかっていた。

同じ時期に、同じように自分の大切なものを失った。

それなのに、泣き喚くしかできなかったおれと違い、ティルさんは、泣き喚いたりなんか絶対にしなかったし、自分がどれほどつらい気持ちを抱えていても、皆の前を歩く事を拒絶したり、しなかった。

その痛々しさは、同じ悲しみを抱えていたからこそ、まだガキだったおれにも十分理解できた。

だけど――。

ほとんど年も違わない相手が、毅然としている姿を、おれは、見習うことなどできず、顔をそむけた。

彼が決して、テッドの死を悲しんでいない訳ではないと、解っていたからこそ、直視することが、できなかったのだ――。


「……風が、彼を嫌うことなんて、……ありえません。」


つぶやきと共にこぼれた言葉に、自分で少し、驚いた。

けれど、そう思う気持ちはただの希望ではなく――確信……だった。

『彼』は、いつも風と共にあった。

フッチは、空で生きていた。


ブラックを失うまでは――。

そして、ブライトを得てからも――。


自分の人生の半分以上を、空で生き、そして、始終、風を感じていた。

その風が、『彼』の側で、最も優しく感じることを、自分は知っていた。

だからこそ――。


「ティルさん。『彼』――ルックは……、誰よりも、風に愛されていました――。」


言いながら、ティルさんの顔を正面から見据えたおれに、ティルさんは、フワリと微笑んだ。

先ほどとは違う、優しい――、とても、優しい、全てを包み込むような、美しい笑顔だった。


「――ありがとう、フッチ。」

「……ティルさん?」


お礼を言われるようなことをした覚えがなかったフッチは、首をかしげた。


「君なら――、そう、言ってくれると思ってたんだ。」


そう言うと、ティルさんは、右手の紋章を発動させた。


「! ティルさん!?」


黒い光が辺りを包み、その波動に揺さぶられ、地鳴りが起こり、遺跡の壁が振動している。

「キュイイイイイイイ!?」

ブライトの不思議そうな声が聞こえる。

何が起こっているのか解っていないのだろう。

けれど、この光が、自分たちに害を成すものではないということも、理解してるようだった。

その光が、辺り一面に広がり、とうとう目を開けていられなくなり、フッチは思わず目をつぶった。

その一瞬あと――。

頬に、何かがかすった。


(え――?)


そっと目を開くと、薄暗い光しか届かなかった、遺跡の中に、サンサンと太陽の光が降り注ぎ、そして、外の……風の――臭いがした。

「ティルさん……。」

おれは、あきれたように、つぶやいた。

見れば、天井に、直径10メートルもの大穴が開いている。

そこから、青い、澄んだきれいな空が見える。


「……すっきりした?」

そう言いながら、晴れ晴れと笑う、ティルさんに、おれは苦笑する。

「すっきりしたのは、ティルさんでしょう? おどろかさないで下さいよ。」

「フフ……。ごめん。」

言いながら、空を見上げるティルさんに気付かれないように、おれは、自分の腰にくくりつけていた袋から、そっと、つぶれないように取り出したものを、手に持ち、ブライトの背に飛び乗った。

「ブライト、空へ。」

「キュイイ!!」

ブライトは、返事をすると、そのまま翼を羽ばたかせ、今空いたばかりの大穴から空へと飛び出す。

「フッチ!?」

遺跡の、地面の上からティルさんの声が聞こえる。

けれど、おれは、返事をせずに、手に握ったものを、そのまま疾風の紋章を使い、強く風に巻き込ませると、空中に、放った――。





地面の上では、ポカンとした表情で、空に円を描くように飛ぶブライトとフッチを、ティルが見上げていた。

すると――。

「あれ――?」

ひらひらと、風に舞いながら、白い何かが降りてくる。

それを手に受けて、ティルはまた、微笑んだ。


「――ありがとう、フッチ――。」


フッチは、礼を言われたくて、やっているわけじゃない。

自分のやりたいことをやっているに過ぎないと、解っている。

それでも――。


「――ありがとう。」


手に握り締めた白いものは、――花。

蓮の、花びらだった――。

「原初宇宙の誕生」や「復活」を意味する。

汚れを知らず、そして、決して汚れに染まる事も無い、純白の花びら。

「純粋性」の象徴。

ルックの純粋なまでの世界への愛を称え、そして、彼の復活を願う、フッチの心が嬉しかった。

敵として袂をわけ、そうして、永遠に還らぬ人となった、かつての友人を、何の躊躇いもなく信じ、そして、愛せる、彼の強い心が、ティルは嬉しかった。



「フッチ。君がいてくれて、本当によかったよ――。」



(おれは心から、そう、思う。)



ブライトと共に、地上に降り、少し照れくさそうに笑いながら、ティルに近寄ってくるフッチを見ながら、ティルは心の中でつぶやいた。



(……きっと、ルックにとっても、ね――。)





【END】

……ちょっと、スランプ気味……。
書く時間ができるとこれだ。
自分が悲しくなってくる……。

(05.04.06)


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