「フッチ様! お手紙が届いています!」

竜洞内の通路を歩いていたフッチに、後ろから走ってきたらしい若手騎士が声をかけた。

「ああ、ありがとう。」

「いいえ!」

頬を紅潮させ、竜洞騎士団、唯一の大剣使いであり、その強さ、人柄から若手騎士のあこがれの的であるフッチに笑いかけられ、お礼を言われたことに喜びの表情を隠すことなくフッチより年若のその騎士は敬礼し、そうして来た通路を引き返していった。

どうやら彼は、フッチにこの手紙を届けるためだけに、フッチを捜していたようだった。

その騎士の行動を微笑ましく思いながら、フッチは受け取った手紙を裏返した。

そうして、そこに書かれていた名前を確認して、目を丸くした。

「……めずらしい。」





15.髪結い





「やあ、ルック。久しぶりだね。」

フッチは、手紙を受け取った3日後、さっそくミリア団長に休みをもらい、ルックのいる星見の塔を訪れていた。

「……2年ぶりくらいだからね。」

そう言いながら、読んでいた本をパタンと閉じ、フッチの方を向き直ったルックは、17歳の外見のままだった。

対するフッチは、とうに20歳を超え、体つきもたくましい大人の男へと成長していた。

前回会ったのは、トラン建国15周年記念の式典会場だった。

レックナートの名代という形で出席したルックは、顔を出したこと自体にかつての仲間たちを驚かせていた。

「それで? 呼んでくれたのは嬉しいんだけど、何か急用でも?」

「……べつに。」

そう答えて、ルックが座っている机の向かいに置いてある椅子を指差し、フッチに座るように促した。

フッチが椅子に座るとほぼ同時に、部屋の扉が静かにノックされ、一人の少女がお茶の用意を持って入ってきた。

「失礼します、ルック様。」

少女は上品な仕草で2人の前にお茶を置くと、ニコリとフッチに笑みを見せた。

「いらっしゃいませ、フッチ様。どうぞ、ゆっくりして行ってください。」

「ありがとう、セラ。」

その笑顔に、フッチも笑顔を返す。

そうして、セラはもう一度笑みを浮かべると、そのまま退室していった。

「綺麗になったね、セラ。」

そう、ルックに話を向けると、ルックは相変わらずな無表情で、「まあね。」と答えた。

けれど、その様子がまんざらではなさそうで、フッチは微笑ましく思った。

それから2人は、セラの淹れてくれたお茶をすすり、黙ってただ、同じ部屋で本を読んだりして、ゆっくりと時間を過ごした。

窓は、全て開け放たれており、初夏の心地よい風が始終部屋へと吹き込んできていた。

どこかから、緑のすがすがしい香りが運ばれてきて、気持ちを柔らかくしてくれる気がした。

フッチは、サスケたちと賑やかに過ごすのも好きだったが、こうしてルックと静かに本を読んだり、風を――季節を感じたりするのも好きだった。

何をするわけでなくとも、友人と過ごす時間は、フッチにとってかけがえのないものだから――。

ふと、その風に揺られて、ルックの髪が揺れ、それが邪魔に感じたのか、ルックが手でかきあげているのに気付いた。

「ルック、髪、伸びたね。」

「ああ、そういえばね。」

言いながら、うっとうしそうに髪をかきあげ、耳にかけながら眉をしかめるルックに、フッチは苦笑した。

「束ねればいいのに。」

「………………。」

その言葉に、ルックの顔がフッチに向けられる。

……何故か、不機嫌な、心底嫌そうな顔をしていた。

「……ルック?」

「冗談じゃないね。」

そう言って、ため息をついたルックは立ち上がり、戸棚の前へ行ったかと思うと手に何かを持って戻ってきた。

「切ったほうがまし。」

そう言いながら、持っていたものをフッチの手にポンと乗せる。

「……ハサミ?」

渡されたものに首を傾げてルックを見ると、ルックが元の位置に座り、ホラとフッチを促した。

「おれに、切れって!?」

「他に、誰かいる?」

相変わらず不機嫌そうな顔でそう言うルックに、フッチは困った顔を向けた。

「……セラは?」

「…………………自分でやった方がまし。」

…………………。

つまり、それくらい不器用だと……。

まさか、レックナート様に頼めとも言えず、フッチはため息をついた。

結局、ルックの周りに紙を敷き、フッチが恐る恐るハサミを入れる。

慎重に、真剣に少しずつルックの髪を短くしていくフッチの様子を鏡で見ながら、ルックはフッチに気付かれないくらいの笑みを浮かべていた。



「……こんなものでいいかい?」

数十分後、ようやくフッチはハサミを机に置き、大きく息を吐いた。

「……いいんじゃない。」

鏡を見てそう答えたルックは、今までで一番短くなったであろう自分の髪を、少し引っ張った。

「……短すぎたか?」

「べつに。」

そう答えるルックに、ホッとしながら、フッチは床に落ちたルックの髪を片付けていった。



ルックは黙ってそのフッチの様子を見ていた。

いつも、適当に自分で切っている髪を、フッチに任せようとしたのは気まぐれだった。

今まで穏やかに吹いていた風が、いきなり強く部屋へと吹き込んできて、ルックは思わず窓へと目を向けた。

庭から舞い込んできたらしい、新緑鮮やかな木の葉が部屋を舞う。

窓の外へ目を向ければ、白い、大きな翼が見えた。

「あー。ブライト……。」

フッチがあきれたようにつぶやいた。

どうやら、塔の外に置いてけぼりにされたブライトが、塔の周りを旋回しているようだった。

「……大きくなったね。」

「まだまだ子供だけどね。」

そう言いながらも、どこか誇らしそうなフッチに、ルックは口元が軽く緩むのを感じた。



時はめぐる。

――少年の腕に抱かれていた白い竜は、いつのまにか、成長した少年を乗せて大空を舞うようになり、

――幼い少女は、美しい女性と成長し、

――そして、少年は、立派な騎士となった。



だが――。



ルックは、ただ静かな目を窓の外へ向け、右手を握り締めた。

自分は、変わらない。

この、呪いがある限り。

だが、この呪いこそが、自分を生かしている糧でもあるのだ。

「……ルック?」

ルックの様子が変わったことを、敏感に感じたのか、フッチが顔を覗き込んできた。

「……なんでもない。」

「それならいいけど。」

そう言ってニコリと笑う青年は、少年の頃の面影も残していて、どこか、ルックをホッとさせた。



結局、話らしい話をすることなく、夕方、フッチは竜洞へ戻ることにした。

「……結局、何をしに来たんだろうね?」

そう言いながらも、幸せそうなフッチに、ルックはまた相変わらずな表情で「さあね。」と答えた。

その様子に、見送りに来ていたセラもクスリと笑う。

ブライトに飛び乗ってから、フッチは思い出したようにルックを呼びかけた。

「ルック! 今度はいつ会える?」

「……………。」

「ルック?」

答えようとしないルックに、フッチはブライトの背中から体を乗り出した。

「変なこと聞くけど。…………君は、今、幸せ?」

ルックの口から聞こえた言葉が、あまりにも意外で、フッチは一瞬聞き間違ったかと思ったが、真剣な表情でフッチを真正面から見つめるルックに、フッチは顔を引き締めた。

「ああ。もちろん。……皆で守った、こんなにも美しい国で、念願だった竜騎士にもなれた。それに、大事な友人もたくさんいる。」

その一人が君だよ。と、晴々とした表情でフッチは笑った。

「そう。」

そっけなく、そう答えたルックに、逆にフッチが問い返した。

「ルックは?」

「……まあね。」

相変わらず、無表情ともとれるそっけない顔でそう言ったルックを、変わらないなあと笑い、フッチはブライトを促して大空へと舞い上がった。



その、白い竜の巨体が遥か上空で小さくなっていくのを見つめていたルックは、その姿が完全に見えなくなってから、となりに立つセラに話し掛けた。

「……決めたよ、セラ。」

その言葉に、セラは少しだけ悲しそうに瞳を伏せたが、すぐにルックを、静かだが、確かに強い意志のこもった瞳でみつめ、「はい。」と答えた。



ルックとセラが、星見の塔から姿を消したのは、それから数日後だった――。



【END】


なんとなく、髪結いって、髪が短くなったルック、って感じがしたもので…。
坊の登場も考えたんですが、けっこう皆さまが書いておられる気がしまして、
こういう形になりました。

もちろん捏造です。

幻水、フッチは半月ぶり。
やっぱり、好きです。
フッチ熱は冷めることがないようで…(照)


(05.06.01)


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