おれは、戻ってきた。

ずっと、帰りたかったこの場所へ――。



なんとなく予感がしたのか、ヨシュアとミリアは、いきなり訪れたという客に対して、はやる気持ちを抑えながら、応接室への扉をひらいた。

そこに、立っていたのは――。

「ヨシュア様! ミリアさん!! 第9階位、竜騎士見習い フッチ。ただいま、戻りました。長い間、申し訳ありませんでした!!」

堂々たる体躯の青年は、そう、名乗りをあげた。






18.18歳






「あいつ、生意気だと思わねえ?」

「思う。……ちょっと、ヨシュア様に気に入られているからって、よそ者のくせに……。」

フッチは、騎士団に戻ると同時に、元の地位を取り戻した。

そして、その上で、今までの功績を称えられ、内密のうちに、正騎士へと昇進していた。

その理由について、「過去に竜洞騎士団に貢献をしたため」と、若手騎士たちには曖昧に示されたため、自分たちと変わらない相手がどうして、騎士団に貢献などできるのか、と、反発を覚えたのだった。

「だいたい、おかしいじゃないか。何の訓練も受けてないヤツが、竜を連れてきたってだけで、騎士になれるなんて……。」

「きっと、トラン共和国の幹部の息子かなんかじゃないの? だから、ヨシュア様も断れずに……。」

「そうだよな。……あの白い竜だって、ヨシュア様が認めるから、仕方ないけど……、本来、退治するべきモンスターじゃねえの?」

「だったら、アイツは、モンスター使いってか?」

「違うって、断言できるか?」

竜洞騎士団内の、練兵場で、若手の竜騎士たちが、ひそひそと、噂話をしていた。

彼らの話題は、ほぼ全てといっていいほど、このほど、竜洞騎士団に入ってきた、フッチという青年についてだった。


フッチは、最年少で竜騎士見習いとなり、そして、1年も経たずにこの竜洞を去ったため、同年代、10代から20代前半の若手の竜騎士見習いや、正騎士にとっては、新顔でしかなかった。

しかも、騎竜をどのような理由にせよ、失ったということは、あまり名誉なことではなく、フッチのことは、ある程度以上の年齢の騎士たちの記憶の中にしか留まっていなかった。

それゆえ、どうして、コレほどまでに、ヨシュアとミリアがフッチを優遇するのか、理解ができなかったのだ。


「そこ! 何をやっとる!!」


休憩時間も終わったのに、訓練にも戻らず、話に興じているその若手騎士たちに、老年の教官の一喝が飛ぶ。

慌てて、訓練に戻ろうとした彼らの目には、すでに訓練を再開し、黙々と槍を振るうフッチの姿があった。

一様に、苦い思いで唇を噛む。

「フッチ、腕を上げたな。……よし、わしと対戦してみるか?」

「ありがとうございます! ぜひ、お願いします!」

老教官のその言葉に、フッチは素直な笑顔で答える。

その素直さ、そして、強さに対して、貪欲であろうとするフッチの姿勢に、老教官はとても好ましく思っていた。

この老教官も、フッチの昔を知っており、フッチが戻ってきたことを、とても喜んだ1人であった。

他の、訓練中の騎士達の見守る中、フッチと老教官の一騎打ちの訓練が行われた。

老教官の攻撃を、フッチは受け流し、そして、反撃する。

老教官の呼吸を読み、そして、次の攻撃を予想する。

攻撃には攻撃で、必殺には防御で相手の力を受けがなす。

「フッチ! おまえからかかってこんか!!」

老教官の軽い叱責に、フッチは苦笑し、槍を握りなおす。



そして――。

「……参った。」

次の瞬間、飛んだのは、老教官の槍だった。

何が起こったのか、見ていた若手騎士たちには、はっきりとは理解できなかった。

だが、確かに、老教官の槍は弾き飛ばされ、フッチは平然とした顔で立っている。

「……おまえ、強くなりすぎだ。……わしも歳だな……。」

苦笑し、ため息をつきながらも、悔しい思いより、フッチの成長が嬉しい老教官は、あっさりと負けを認めた。

「ありがとうございました。けれど、まだまだです。……おれが目標とする人には、まだ届きません。」

老教官に礼を言いながら、薄い茶色の優しい瞳に、強い意志の光を浮かべて言うフッチに、老教官はまた苦笑した。

「そうか、がんばれよ。」

「はい!」

そうして、フッチはもう一度、一礼して老教官の前を下がった。

そして、フッチが今度は筋力トレーニングを始める様を、老教官は目を細めてみていた。

それから周囲を見回す。

「おまえ達! さあ、フッチを見習って、各々訓練に戻らんか!!」

まだ、フッチと老教官の対戦の結果に、唖然としていた騎士たちは、この一喝でハッと意識をとりもどし、慌てて訓練へと戻った。





「……絶対、おかしいぜ、アイツ。」

コレを言ったのは、フッチが来るまで若手ナンバーワンと言われていたイオだった。

「何が? イオ。」

「……絶対、あの教官とグルで、おれたちに強いんだって、見せかけようとしたんだ。」

「そ、そうだよな! でもなきゃ、あんなにあっさり勝てるはずがない。」

イオの取巻きたちも、その通りだと頷いた。

「絶対、その正体あかしてやる!」

イオは、今まで、自分が同年代の中では一番だと思っていた。

だからこそ、認められなかった。

こんな風に、突然現れたよそ者なんかに、その地位を奪われてたまるものかと――。

イオは、憎悪の炎を燃やした黒い瞳で、黙々と訓練を続けるフッチを睨みつけていた。





「おい、フッチ、ちょっと、顔かせよ。」

食事中、後ろからかけられた声に、フッチは少しばかり驚きながらも振り向き、頷いた。

竜洞に戻ってからというもの、昔から知っている騎士たち以外には遠巻きにされていることに気がついていた。

まあ、確かに、ぽっと出てきたヤツが、本来、受けることすら難しい騎士の試験を免除され、何の功績も示すことなく正騎士の座についたことを、面白く思うものがいるはずがなかったのだ。

(だから、抵抗したのにな……。)

その待遇に対しては、フッチはかなりヨシュアに抗議をした。

せめて、騎士試験は受けるべきだと。

だが、元々フッチに甘いヨシュアと、その実力と功績を知っているミリアたち、古株の騎士達も反対しなかったため、その名誉ある地位を強制的にフッチは授与されてしまったのだ。

案の定、実力的には申し分はなくとも、必死の思いで騎士となった若手には、フッチは気に入らない対象としてインプットされてしまっていた。

だから、今回の呼び出しも、あまりいいものではないだろうと、予想はついていたが――。

……さすがに、10人近くの青年たちに囲まれて、フッチも困惑した。

「おまえさ、どこの何様か知らないけど、態度がでかすぎんだよ!」

(いや、別に……、そんなつもりは……。)

「大した実力もないくせに、ヨシュア様に気に入られたからって、いい気になるんじゃねえよ!」

(……まあ、実力は、まだまだなのは認めるけど……。)

………………。

次から次へと出てくるフッチへの不満を、フッチは黙って聞いていた。

多分に、やっかみと、偏見も混じっていたが、彼らの不満も最もなことだと思い、黙って聞いていたのだが――。

「何とか言ったらどうなんだ!? 腰抜け!!」

「…………………。」

「図体ばかりでかくてもな、実際、おまえみたいなあまちゃん顔のヤツなんて、嵩が知れてんだよ! ……ああ、何か? その顔で、ヨシュア様とミリアさんを誑しこんだ口か!?」

「……………。……………けか?」

「ああ!?」

自分達が不満をぶつけている間、全く声を発しなかったフッチが、ポツリとつぶやいた言葉を、聞き取れなかったらしいイオは怪訝な顔をした。

「言いたいことは、それだけか? って言ったんだ。」

「……なんだよ? 本当のこと言われて、ムカついたのか?」

ニヤニヤ笑いながら、フッチの胸元に腕をおき、わざと体勢を低くして上目遣いにバカにしたような口調でそう言ったイオに、フッチは静かに怒りを爆発させた。

自分が言われているうちはいい。

仕方のないことだと、受け流すことができる。

だが――。



「……もう一度、言ってみろ。」

「あ?」

フッチはイオの腕をつかみ、そのまま力を込める。

その痛みに、少し眉をひそめながらも、イオは平然としてそぶりでフッチを見る。

「何だよ? 本当のことだから、やっぱり腹が立ったんだろ?」

その言葉に、フッチの目がカッと見開いた。

「おまえ!!」

「う……、ああああああ―――――!!!!!!」

「イオ!!」

フッチの一喝とともに、イオが腕の痛みに悲鳴をあげた。

フッチは、手加減など、する気はなかった。

「おまえ! おまえは今、ヨシュア様に――ひいては、竜洞騎士団に対して、忠誠を誓ったその口で! ヨシュア様を愚弄したという自覚はないのか!?」

「な……?」

何を言われているか、理解できないらしいイオとその取巻きに、フッチは血が沸き立つのを感じた。

こんな愚か者どもに、遠慮していた自分がばかばかしくなった。

ザワリと、怒りで全身がざわめくのがわかる。

バッと、つかんでいたイオの手を、払いのけた。

その衝撃で、イオは思わず尻餅をついた。

「…………いいだろう。おれに対する、おまえ達の不満は、よくわかった。……別にかまわない。鬱憤が溜まってるんだろ? ……全員でかかってくればいい。」

フッチの暗い色をたたえた瞳が、鈍く光る。

フッチの雰囲気からは、全く想像がつかない、激情を垣間見せたフッチの姿がそこにあった。

取り囲んでいたうちの、数人が、ゴクリと乾いた喉で唾を飲み込む。

「貴様! うぬぼれるのもいい加減にしろよ! この人数に勝てるわけがないだろう!!」

イオの一番の取巻きと思われる青年が、フッチの物騒な雰囲気に気づいていないのか、フッチに向かってまだそんなことを言う。

「……やらなきゃ、わからないんだろう? そんなことも。」

微妙に何かを含んだ言い方をしたフッチに気づかず、イオは叫んだ。

「やっちまえ!!」

その声に、一瞬ひるみかけたイオの仲間達も気を取り直し、フッチに飛び掛っていった。

フッチは静かに、拳を握り締めた。





「おかあさん! こっち、こっち!!」

慌てふためいた様子の娘に引っ張られて、その場所にミリアが到着したのは、全てが終了した後だった。

「フッチ! だいじょうぶ!?」

小さなシャロンが、10人ほどの青年たちの倒れている中、ひとり、荒い息をしてはいるものの、平然と立っているフッチに走り寄った。

「……だいじょうぶ? いたい?」

「いや。痛くないよ。……シャロン、どうしてここに?」

「だって、フッチがいじめられてるみたいだったから……。」

フッチは、先程まで喧嘩をしていたなど、信じられないほどに柔らかい雰囲気でシャロンに笑いかけ、抱き上げた。

「そうか、ありがとう。」

そのフッチに安堵しながら、ちょっと、照れくさそうにシャロンはフッチの首に抱きついた。

「……フッチ。」

「……ミリアさん、私闘などにお手を煩わせてしまい、申し訳ありません。……この処罰はいかようにも……。」

シャロンを降ろし、口をギュッと結んでミリアの前に立ち尽くすフッチに、ミリアは苦笑した。

何の言い訳もしない。

それが、かえってフッチに非がないことをミリアに理解させた。

ミリア自身も、最近の竜洞におけるフッチへの若手騎士の感情を理解していたため、この乱闘の原因が容易に想像がついた。

「……確かに、これほどの騒ぎを起こしたのです。処罰は仕方ありませんね。この場にいる全員に、今後一ヶ月、竜洞、練兵場内の清掃、および、武具の手入れを命じます。」

この広い竜洞の練兵場の清掃と、何百、何千とある予備武具の手入れを、この10人程の人数でやれと言われて、フッチに負けて地面からまだ起き上がれない残りの者たちが、うめき声を上げた。

だが、フッチだけは苦笑した。

「了解しました。」

何も聞かず、処罰……しかも、ものすごく軽い部類に入るものを言い渡したミリアは、全て気づいているなと思ったのだ。

そして、今から取り掛かろうと、練兵場へフッチは向かい始め、その後ろをシャロンが「ぼくも手伝う――!!」と追いかけていくのを、ミリアは優しい顔で見送った。

それから、まだ地面に倒れたままの騎士達に目を向けた。

「しかし、あなたたち、今のあのフッチをどうやって怒らせたのかは知らないけれど、……とても無謀なことをしたものね。」

「……申し訳ありません。……ですが、ミリアさん……、あいつ、何者なんですか?」

この人数でかかって、完全にやられてしまったことで、イオは漸くフッチの実力をしぶしぶながらも認めたようだった。

そして、立ち上がって、ミリアに正面から問い掛けた。

「イオ。あなたは、この竜洞騎士団も参戦した、トラン建国の際の戦を覚えていて?」

「はい、もちろんです。……おれの父はあの戦で亡くなりました。そして、母と共に、戦の行く末を案じていたのをよく覚えています。……あの戦はとてもひどいものだった。」

「ああ……、そうだったわね。でも、……そこに、フッチはいました。当時、11歳の。」

「え!?」

その驚きの声は、イオだけのものではなかった。

「フッチは、その解放軍の、それも中心メンバーとして、解放軍の本拠地にいたのです。」

「そこで、ミリアさんはフッチと知り合われたのですか?」

「……いいえ。」

ミリアはその点については、何も言わなかった。

「その後、彼は、デュナン統一戦争にも参戦し、そこでも中心メンバーとして戦っています。……戦経験のないあなた方の、敵う相手ではありません。」

「………………。」

フッチの『功績』について、ミリアが意図して省いたことを除き、ようやく理解したらしく、その場にいた騎士たちは、罰が悪そうに黙り込んだ。

その彼らに、ミリアは昔から変わらない、幼い兄弟たちを見守る姉のような微笑を浮かべた。

「彼は、あなた達より少し早く、色々なことを経験し、学んでいます。どうかあなた達も、この閉鎖的な空間である竜洞で、その力を誇示することだけが全てだとは思わないで。……色々なことを、学んで欲しいと思います。」

そして、ミリアはもう一度、その場にいた全員を見回した。



「ちょうど、共に学び、競い合える、よい相手がいるのですから。」



そのミリアの言葉に、イオたちは唇をギュッと噛み締め、まだ、完全にはフッチに対する、やっかみの気持ちにケリがつけられないまでも、しっかりと頷いたのだった。





「ねえ! どうやったら、フッチみたいにつよくなれる!?」

モップを持ち、練兵場の床を磨いているフッチの隣で、雑巾がけをしていたシャロンが問い掛けてきた。

「そうだな、色々な人と接して、たくさんのことを勉強して、そして、自分から強くなりたいと思うことが大切かな? おれも、まだまだだよ。」

「ふーん。いっぱい、くんれんしたら、つよくなれるよね!?」

「そうだね。シャロンが頑張ればね。」

「うん! がんばる!!」

そんな風に仲良く掃除をしていたフッチとシャロンの元に、イオたちがやってきた。

とたん、シャロンの表情が硬くなり、キッとイオたちを睨みつける。

そんなシャロンに苦笑しつつも、少しばかり表情を硬くしたフッチもイオたちを見た。

「……おれたちも、やるよ。」

イオがポツリと言った台詞に、全員が無言で頷いた。

「あたりまえじゃないか! おかあさんのいいつけまもらなかったら、今度こそ、もっとひどいバツ、あたえてもらうんだから!!」

シャロンのその言葉に、イオたちは、少し困ったように笑った。

その笑いに、フッチは「おや?」と思った。



各々が、モップや、箒を持ち出し、掃除を開始した後、イオは1人、フッチに歩み寄ってきた。

「……何か?」

「……今回のことは、おれが悪かった。」

まだ何か絡まれるのではないかと、少しばかり身構えていたフッチは、その謝罪の言葉に目を丸くした。

そのフッチの表情に、イオはバカにされたとでも感じたのか、顔を真っ赤にして、フッチを睨みつけた。

「だがな! まだ、負けを認めたわけじゃないからな!!」

そう叫んだイオに、フッチは親しくしていた友人のひとりを思い出した。

負けず嫌いの彼は、いつも何かしら思いもしないことを口にだして、その後、後悔して反省し、それでも素直にそれを相手に悟らせたくないがために、わざと不機嫌な様子に見せながら、誤りにくるのだ。

……その後、照れ隠しに捨て台詞を叫ぶところもよく似ていた。

つまり、彼も、カッとなって、つい思いも寄らないことを感情のままに言ってしまう性質なのだと、理解した。

(なんだ、やっぱり、悪いヤツじゃないんだ。)

ヨシュア様に忠誠を誓う相手が、悪いヤツであるはずがないと信じていたフッチは、そのことに嬉しくなった。

そして、今度こそ、いつもの優しい、人を惹きつけてやまない笑顔をイオに向けた。

イオは、その笑顔を見て、驚きのあまり何も言えず、パクパクと口を開閉させただけだった。

「ああ、これから、よろしくな。イオ。」

そうして差し出したフッチの手を見て、イオは息を吐いて頭をかいた。

「おまえ……、そんなあっさり……。」

「何?」

「……いいや、なんでもない。」

あきれたような呟きと、笑いと共に、イオはそのフッチの手をしっかりと握り返したのだった。





【END】



幻想水滸伝強化期間 第6作目。
…結局、昨日の分更新できませんでした…。
申し訳ありません〜(泣)


…うーん…。しかし、うまく書けない…。
結局、フッチって何歳で竜洞に戻ったんでしょうね?
適当に捏造しちゃってます。(今更…。)

なんとなく、戻ってきた時に、若手騎士たちと悶着を起こしていて欲しかったもので…。
オリキャラ登場させてます。イオ君。
最初、そういうつもりはなかったのですが、なんとなく、最後サスケとかぶらせてしまいした。
…だって、話の流れ的になんとなく…汗。

(05.09.01)


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