「なあ、フッチ様は何処だ?」
竜洞の中、若手騎士の一人が同輩の友人に、尊敬する上司であるフッチを捜していた。
「おまえ、バカだな。今日、フッチ様は外に出られてる。知らないのか? ……毎年のことなのに。」
「あ……。」
フッチを捜していた若手騎士は、ここでやっと今日がフッチにとって、特別な日だということを思い出した。
「そうか……。」
「そうだよ。……今日は、フッチ様の元騎竜の……死んだ日だ。」
4.君への涙
「ブライト、おまえはこの辺で遊んでてくれ。」
「キュイイイイ。」
グレッグミンスターの王城近くの森。
フッチは、まだ若い、真っ白な自分の騎竜にそう言った。
騎竜であるブライトは、嬉しそうにそう鳴くと、ハリのある若々しい肢体を伸ばし、そうして、大きな翼をはためかせて空へと舞い上がった。
その姿を見て、フッチは苦笑した。
まだまだ、子供なのだ。
「さて……、行くか。」
フッチはそう言って、一人、もう、幾度通ったか解らない、森の中にある、ある場所へと足を進めた。
道しるべも、目印もない森の中、それでもフッチは全く迷うことなく、足を進める。
花は持ってこなかった。
目と鼻の先にグレッグミンスターがある。
そこへ行けば、色とりどりの、多種類の花が売られており、思い通りの花も手に入るのだろうけれど、フッチはいつも手ぶらだった。
そうして、フッチは、目的の場所に辿り付いた。
森の中、ぽっかりと開けた池ほどの広さの草地だった。
元はそこにも、柔らかい、けれど葉数の多い木々が群生していた。
その全てが、ブラックの巨体に押しつぶされ、根元から倒れ付したのだ。
その木々と、ブラックの体が、フッチを、あの女の魔法から、そして、落下の衝撃から守ったのだ。
「おかしいよな。……あれから、10年以上が経ったって言うのに、木が、一本も生えないなんて。」
つぶやきは、風に運ばれ、消えていった。
ここに、ブラックは――、フッチの親友であり、初めての竜だったブラックが眠っている。
フッチは静かに瞳を閉じ、そこにただ、立っていた。
風が吹き、フッチの柔らかな髪を揺らす。
「おれは、また戦いに出るよ、ブラック。」
近く、星が動く気配があると、星見の結果が出たそうだ。
竜洞騎士団団長であるミリアが、そう、教えてくれた。
前の戦いの時は、ブライトは生まれたばかりの赤ん坊で、飛ぶことすらできなかった。
だが、今は――。
「あのときは、ブラック以外の竜とともに戦うことなんて、考えたこともなかったな……。」
不安があるわけではない。
ただ、寂しかったのだ。
ブライトに不満があるわけでもない。
ブライトがいてくれてよかったと、フッチはずっと思っている。
だが、欲というものは尽きることなく……。
「……君も、いてほしかったな。」
そんなこと、あるはずがなかった。
ブラックを死なせたのは、自分の無茶な行動。
そして、ブラックを失ったからこそ、自分はブライトに出会った。
自分が無茶な行動をしなければ、ブラックは死ななかった。
しかし、そうすれば、ブライトは、自分の隣にはいなかっただろう。
「……欲張りだよな、おれって。」
そう言って、瞳を開けたフッチの前に、黒い巨大な影が見えた。
「え――。」
ぽかんと驚きに眼を見開いたフッチの前で、確かにその『何か』がいる気配がする。
だが、不思議と警戒する気にはならなかった。
なぜなら――。
その影から感じられるのは、限りないフッチへの思慕――、愛しいという気持ち……。
そうして、その影は、鼻先のようなものを、しきりにフッチの肩に押し付け、そうして、一声鳴いたのだ。
『キュイィィィィンンンンンン――――。』
ブライトとよく似た泣き声。
けれど、明らかにこの世の竜の鳴き声ではない、響きを持っていた。
「ブラック……。」
ポツリとつぶやいたその声に、答えるかのように、その黒い影はもう一度鳴いた。
『キュイイイィィィィン――――。』
そうして、そこにあるはずの、けれど、フッチの眼には既に見えない、大きな瞳が、優しい光りを称え、フッチを見つめているのを感じた……。
例え肉体がなくとも、魂だけであったとしても、ブラックは、フッチの隣にいるのだと、見守っているのだと、そう、言っているように感じた――。
「ブラック。」
もう一度、しかし、今度は明確な意志をもった言葉で、フッチは目の前の、ブラックの影に呼びかけた。
「君には、とても感謝しているんだ。……おれは、必ず、トランに戻り、君に会いに来る。」
だから、安心していてほしい。
また来年、君に会いに、ここに来るから。
ブラックの影は、フッチの目の前で、徐徐にその形を失っていった。
その様を、瞬きすることすら惜しい気がして、フッチは見つめていた。
そして、その影が完全にあたりの風景に溶け込んでしまったとき――。
フッチの瞳から、一筋の光がこぼれた。
「……え……?」
そのことに、フッチは驚いた。
つぶやきとともに、もう一筋――。
「……あれ?」
悲しいことがあったわけではない。
むしろ、今もまだ、ブラックが自分のことを見ていてくれることがわかって、嬉しい筈だ。
「……どうしたんだろう……?」
つぶやいてみたものの、なんとなく、今、涙を流している自分に、どこかで納得していた。
「おかしいよな、こんな……。」
つぶやきとともにフッチの顔からこぼれた笑顔は、もし、その場に人がいれば、例えそれが男であれ、女であれ、見とれずにはいられないほど、美しい笑顔だった。
「……ブラック、ありがとう……。」
フッチはそうつぶやくと、ただ一人、涙を流しつづけた……。
そのフッチの頭上で、白い若い竜が、自分の友人のいつもと違う雰囲気を感じとり、ただ、慰めるかのように、優しい瞳で見つめていた……。
【END】
久しぶりの更新です。幻水ではおよそ一月ぶり…。
のわりに、やっぱり暗い。どうしてかしら…(汗)
幻想水滸伝3の少し前。
(05.05.17)
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