「……また、違ったか。」
男はひとり、ただ、そうつぶやいた。
003.待ち伏せ
男は、ただ、荒野の中を黙々と歩いていた。
あの女を追いつづけて、どれほどの月日が経っただろう。
あの、掟を犯し、義兄を殺した女を――。
乾いた風が、砂を巻き上げ、視界を邪魔する。
だが、そんなものは、男の歩みの妨げにはならなかった。
「……………。」
ひとり、旅を続けていると、考える時間だけは無限にあり、それが男に迷いをもたらす。
「何故、裏切った?」
このような、結果になることなど、解りきっていたはずだった。
そこまでして――。
「どうして、殺す必要があったのだ?」
理由が浮かばない。
あの2人は――。
「愛し合っていたのでは、なかったのか……?」
思わず声に出た言葉に、男は、苦い思いを噛み締めた。
子供には、わからないことがあったのかもしれない。
それもまた、ただの感傷だということも、わかっている。
それでも、2人が幸せそうに笑う姿が今も脳裏に浮かび、それが返って男を苦しめた。
「何故、だ……。」
得られぬ答えを求めて、幾度この疑問を投げかけたことか。
男は、旅の途中、戦乱の只中にある赤月をも訪れた。
あの女が、戦争をわざわざ避けて通るとも思わなかった。
あの女に怖いものなど、ないはずなのだから。
返って、戦乱の中であるからこそ、あの女が武器を使っていれば、それは噂となり、男にとって有力な手がかりとなるとも考えられた。
――――――
だが、男が望む情報は、未だ得られることはなかった。
男は、訪れる街、村の酒場には必ず立ち寄り、情報を収集していた。
最近、赤月で入る情報は、ほとんどが解放軍に関することで、男の求める情報は、全くと言っていいほど、手に入ることはなかった。
赤月にいても、得るものは無いかもしれないと、思い始めた頃だった。
ある街の宿の入り口から出ようとした男は、今入ってきた数人の集団に、なんとなく興味が引かれた。
集団の中心にいるのは、まだ幼さの残る少年だった。
その少年は、周りを囲む仲間と思わしき者達の会話を、ニコニコと笑いながら聞いていたようだったが、その笑いに、男は何故か不自然さを感じた。
その不自然な笑いに、どこか、見覚えがあった。
「……………。」
あの少年ではないだろう。
あの少年は、初めて見る顔だった。
では……。
考えに囚われかけていた男は、ふと、目の前に近づいてきた気配に、少しばかり警戒をしながら顔を上げた。
目の前に、その、少年がいた。
「……何か、用か?」
「仲間になってくれませんか?」
「……………。」
突拍子もない内容に、いつもほとんど変わることのない、男の表情が変わった。
だが、言われた内容を反芻し、そして、今まで自分自身で集めてきた情報と目の前の少年が合わさったとき、その正体がわかった。
わかったところで、男は首を振った。
「悪いが、人を捜している。……おまえたちに関っている暇はない。」
その言葉で、少年は、目の前の男が、自分の正体を知っていることに気づいたようだったが、その点については、深く追求するつもりはないようだった。
「じゃあ、余計に。うちには、色々な情報が入ってきます。あなたの必要な情報も、もしかしたら手に入るかもしれません。」
そうして、目の前の少年は、また、どこか不自然な笑みで男に笑いかけた。
そして、思い当たる。
どこで、その笑みを見たことがあったのか――。
義兄が、死ぬ前の日に、おれに見せた最後の笑顔だった。
少年のそれは、何かを隠している、何かに耐えながらも、仲間に、それを悟らせないために、ムリに作った笑顔だったのだ。
解放軍リーダー、ティル・マクドール。
まだ、少年の身でありがなら、軍のリーダーとして、自分がするべきことを、充分に理解しているからこその、行動だった。
では、義兄は――?
何のために、あんな顔で笑ったのだ?
わからなかった。
結局、おれは、そのティル・マクドールに従い、軍に参戦した。
結局、おれの望む情報は、得られることはなかったが――。
――――――
その後、3年もの月日をかけ、ようやく、女の足跡を捕まえた。
そしてまた、おれは軍と関ることになった。
そのリーダー、リオウは、おれの都合を理解して、協力さえしてくれた。
そして、最終決戦の前だというのに、おれの都合を優先し、ある村へと立ち寄った。
そこで、おれは、その『女』をとうとう捕まえた。
「ようやく、見つけたぞ。……エルザ。」
「おそかったねえ。――クライブ。」
女は、すでに逃げるつもりはなかったようだった。
いや、逆に、おれを待っていたのだろう。
この、女が生まれたのだという村で。
おれを――。
おれは、そこで、あれほど知りたかった真実を得た。
義兄の、あの不自然な笑みの理由――、女と、そして、おれを守るために、それを気づかせないために、浮かべた笑顔だったということを。
姉と慕った女の死を、代償として――。
「クライブ、おまえ、ハルモニアに戻るのか?」
「ああ。」
「……あんなことが、あったのに、か?」
「だからこそ、だ。」
おれには、ハルモニアに戻らなければならない、理由がある。
おれにしか、できないことが――。
「そうか。」
軍主の失踪と同時に、おれは軍を出ることにした。
戻るべきところが、おれにはある。
だからこそ、そこが、どれほどに、淀み、腐敗した場所でも、おれは、戻らなければならない。
そこに、新しく、すがすがしい風を送り込み、おれたちのような、人間を生み出さないように。
「ああ、おまえならできる。……行ってこい。」
そう言って、3年前に知り合った男は、おれに、何十年も前から付き添っていた相手であるかのように、本当に親しげに、信頼しきった表情で笑いかけてきた。
その笑顔に、おれも笑い返す。
おれに、これほど親しげに笑いかける人間など、もう、この世にはいないと思っていた。
だが、違った。
3年前、そして、今回の戦は、望んだことではなかったが、確実に、おれに何かをもたらした。
それも、よい方向のものを――。
そして、おれは歩き出す。
おれがこれから戻る場所に、すでに、おれを待つものはいない。
だが、おれは前に進む必要がある。
本当の意味で、その場所を、『戻る』場所にするために。
(待っていろ。)
誰にともなく、心の中でつぶやいた。
(必ず、おれは――。)
【END】
幻想水滸伝強化期間 第1作目。クライブさんです!
…特に理由はないです…汗。
…最後、クライブは、何をつぶやいたでしょう。
一応、言葉は考えていたのですが、なんとなく、ぼかした方がいいような気がして…汗。
クライブさん、初書きです。
会話の相手は、なんとなくビクさんで。
これも、194がリクエストしたものですが、書き始めてから、「クライブは、待ち伏せって言うより、追跡では…。」
と思ったことは、194に内緒(書いたらバレバレ)。
まあ、いっか。
(05.08.26)
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