只者ではない――。

ただ、そう思った。






011.只者ではない






国境を、無断に越えようとしていた自分に、あきらかに非があることはわかっていた。

だが、ここでつかまるわけにはいかなかった。

「……なんなんだ……。」

しかし、まさか、この自分が、たかだか国境警備の役人に気配を悟られるなど、考えても見なかったのだが……。

「……なんか、嫌なものを見たような……。」

カナイは木の陰に隠れて、ガンガンと痛む頭を抑えた。

先程、視界に入った『ドハデ』な色、デザインの服。

一度見たら、しばらくの間はけして頭から出て行かないだろうほどに、強烈な印象を与える。

――あまり、気分のよくない方へ。

「……なんだって、こんなとこにいるんだ?」

自分の運の悪さを、今更嘆いたって仕方がない。

自分が、不法に越えようと思っていた国境の砦に、この赤月帝国の誇る五大将軍のひとり、花将軍ミルイヒ・オッペンハイマーが巡察に来ていたのだ。





「さあ! 隠れていないで、出てきなさい!!」





どこかで聞いたことのあるような、威気高な、よく響く、しかも上品で、しかもどこか柔らかい声で、ミルイヒが叫んでいる。

「……勘弁してくれ……。」

こんなとこで、こんな大物につかまって、もし、自分の正体が知られたら……。

「国際、問題かな……。」

疲れたようにつぶやいて、ため息をついた。





「なんですか! さあ、正々堂々と姿をあらわしなさい! このミルイヒが守る赤月帝国に不法に入り込もうとしたあなたが悪いのです! 往生際が悪いですよ!! ……まさか、このわたくしから、逃げられるとでも思っているのですか!?」





「…………………。」

とりあえずは、思っている。

一対一で対峙した場合、カナイに敵うものは、世界にほんの一握りしかいないだろう。

普通の国境警備の役人なら、打ち負かすことにもそれほど抵抗はない。

正々堂々と姿をあらわしただろう。



だが、今回は、相手が悪い。



相手は、強大な軍事国家でもある赤月帝国の誇る将軍である。

もし、仮に打ち負かしてしまえば、後でどれだけの追ってがかかるだろう……。



「ホント、勘弁してください……。」



しかも、あの珍妙な趣味の服が、ここからの打開策を考えるカナイの思考を邪魔する。

……あれに近いセンスの持ち主を、カナイはよーく知っていた。





『シュトルテハイム・ラインバッハ3世』





その名前を思いだして、余計に脱力した気分になる。

考えれば考えるほど、受ける印象がそっくりで、それが嬉しいのか、悲しいのか、カナイにはよくわからなかった。

だが、決定的に、2人に違いがあった――。



それは、強さ。



ラインバッハとミルイヒ将軍では、強さに雲泥の差があった。

ミルイヒ将軍は、その階級が示すに相応しい強さの持ち主であることが、カナイには離れていても感じ取れた。

だが、カナイが本気でかかれば、けして勝てない相手ではない――はずだった。



「い、いや、だから、勝っても問題なんだって……。」



あまりの動揺に、考えがグルグルと回っている。

そのような状態のカナイに、時間の感覚などなかった。





「……仕方、ありませんね。」

けして、気の短くないミルイヒも、相手が全く動こうとしないことに、少々イラついていた。

気配はすぐ側に感じられる。

今更、何を考えてもムダであるはずなのに。

「……何を悪あがきしようとしているのです。」

言いながら、ミルイヒは数名の腕の立つ部下だけを連れて、侵入者の気配のある方向へと足を進めた。

あまりにも、自分の思考にめり込んでいたカナイは、その対応に、一瞬遅れをとった。



(しまった――!!)



「……なんです。まだ、子供じゃありませんか。」

気配もなく近づいてきたミルイヒは、カナイを視界に捉えてあきれたようにつぶやいた。

「あ、あの……。」

こうなってしまっては、腹をくくって、相手の出方を見るしかないと、カナイは普通の子供のふりをしようと、……務めようと、した。



が――。



ミルイヒのあまりに派手な衣装に、頭がチカチカして――。

「あ、赤いバラの紋章……。」

あの、ラインバッハの踊るような、分身の術を使っているような……『華麗』な紋章攻撃が頭の中をフラッシュバックして――。

込み上げてくる、どうしようもない笑いをこらえると同時に、酸欠になりかけた脳がクラッと来た衝撃に、耐えられずに膝をついてしまった。



「……どうかしたのですか!?」



そのカナイに、ミルイヒは駆け寄りはしなかったが、どこか心配気に声をかけてきた。



「……ご、ごめんなさい。」



もはや、笑いをこらえるのに必死だったカナイの声は、弱弱しく、奮え、かすれた声になっていた。

しかも、全身が小刻みに震えている。



「……そんなに、怯えなくてもいいのですよ。」



「……え……?」



先程とは打って変わって、優しげにかけられた言葉に、カナイは驚いたように顔をあげた。

その瞳は、笑いからくる生理的な涙に濡れていた。

それがまた、ミルイヒの同情を引いたらしかった。



「まさか、相手が子供だったとは、思いませんでしたから。どこか、戦地から逃げてきたのでしょう? いいんですよ。怖がらなくて。さあ、お立ちなさい。」

「……あ、あの……?」

「何も、心配などしなくてもよいのです。このミルイヒが保護して差し上げましょう。さあ、ようこそ赤月へ。」



完全に、何かを誤解したらしいミルイヒが、カナイに優しげに手を差し伸べてきた。



「あの、おれ……。」

「すいませんね。都市同盟からの間者ではないかと警戒していたものですから。……ですが、危険ですよ。いくら通行証がないからと言って、関以外を越えようとするなど!! 何かあったら、どうするのです!?」

「あ、ですから……。」

「この赤月帝国は、よるべない子供を見捨てるほど情のない国とは違います。さあ、いらっしゃい。わたくしがあなたに、仕事と住む場所をきちんとお世話して差し上げましょう!!」

「おお! さすがミルイヒ様!!」

「なんて、慈悲深い。」



ザワザワと、ミルイヒに着いてきていた役人たちも、感動したように目頭を抑えている。



「………………。」

(えーと……。……確かに、俺は都市同盟の間者じゃないですけど……。)



カナイは、呆然と心の中でつっこみをいれた。

本当に、間者だったら、どうする気なんだ?

またまた、頭が正常に働かなくなったカナイは、差し伸べられた手に、気がついたら手を任せていた。



「ええ、不安なことなど、もう、何もないのですよ。さあ、わたくしについてきなさい。」



そう言って、ミルイヒは砦に向かい、歩き始めた。

カナイも仕方なしについていく。

こわばる頬に無理やり笑みを浮かべたカナイに気づいたらしいミルイヒ将軍は、「それでいいのですよ。」と満足そうに微笑んだ。





……只者ではない。





ブラックホール程に広く、深い心をもっているらしい、赤月帝国五大将軍ミルイヒ・オッペンハイマー。

その、突拍子も無いセンスの服と、どうなっているのか解らない思考回路にあきれつつ、カナイは心の中で苦笑した。

それが、今度は、確かな懐かしさをカナイに与えた。

そして、記憶の中にいるあの『彼』とはまた少し違う、底知れないおおらかさに、カナイは好感を覚えた。





(うん、本当に、只者じゃないな。)





そう思って、無意識にその握る手に力を込めた。



それに気づいたミルイヒ将軍は、本当に、自分の子供か部下か、とても親しい相手に対するような、優しげな微笑で、カナイに笑いかけたのだった――。





【END】




…ミルイヒ将軍と、4主「カナイ」の出会い。
7777hitキリリクの文章が不完全燃焼だったため、というか、同時並行して考えていた作品です。
途中であったのを完成させました。

こちらの方がよろしければ、瑠璃様に差し上げたいと思うのですが…。

…しかし、こんなものを書いて、どうするんでしょうねえ?
続き…は、しないと思いますが、何か思いついたら書くかもしれないです…。
ミルイヒは、私の中では、なんとなく、こんなイメージ…。

私自身、ミルイヒは、あんまり使った覚えがないのですが、それでも、強烈な印象で記憶にめり込んでいます…汗。
ミルイヒ・オッペンハイマー(T)
ヴァンサン・ド・プール(T・U)
シモーヌ・ド・ベルドリッチ(U)
そして、シュトルテハイム・ラインバッハ3世(W)
(Vにも誰かいましたね…。…忘れました…アレ?)

どれも、194が大ファンらしく、よく連れ歩いてました(194はVとWはやってません。)。
…何故だ? …これの趣味は理解できませんでした。



(05.08.23)


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