「ねえ、ルック! ルックの一番大事なものって何?」
「……何、いきなり。」
「えーと、リオウさんからいきなり聞かれて、とっさに答えられなかったんだ。」
「それで!! 結局、何て答えたんだよ、フッチ! さっきから聞いてんのに答えやしねえ……。だいたい、こんな無愛想な鉄仮面かぶってるヤツに、大事なもんなんて、あるわけないだろ!?」
「……サスケってわかってないなあ……。」
「じゃあ、お前には、こいつの大事なもんが想像つくってのか!?」
「………………うるさい。」
「ああ!?」
「うるさい、って言ってる。」
「ウガー!!!! やっぱり、いつでもどこでもむかつくヤツだ!! ルックてめえ! 表出ろ!!」
「………………。」
「う……わ―――――!!!!!!!」
「…………ルック、サスケをどこに飛ばしたの?」
「表。」
「……なるほど。」
「……で?」
「え?」
「君の大事なものって?」
「ああ、それは――。」
少年は、本当にそれが愛しいんだというような顔を隠す事もなく、口を開いた。
013.百万世界
ふと、珍しく転寝をしていたルックに、賑やかな声がよみがえった。
「……くだらない。」
鮮やかな記憶。
あの答えを聞いてから、もう15年の月日が経つというのに、その記憶は全く色あせることはない。
「ルック様? お目覚めですか?」
ルックの気配に、傍らに控えていたセラが、声をかけてきた。
「ああ。……どのくらい寝ていた?」
「ほんの一刻ほどです。」
「そう。」
立ち上がり、感じる軽い気だるさを振り払う。
同時に、脳裏に浮かんだ2人の姿を頭から追い出そうとした。
……が、それが不可能なことはすでにわかっていたため、代わりに苦い笑いを浮かべた。
そして、さらに浮かぶ青年に成長した2人の少年の内の1人の顔。
ルックは窓際まで歩いて行き、西に傾きかけた赤い光を放つ太陽を仰ぎ見る。
「……彼がいたね。……セラ。」
「……はい。」
それが『誰』と言われなくても、セラには通じる。
セラも、幾度かあったことのある人間だった。
セラは黙って目を伏せる。
セラの幼き頃より、不器用ではありながら、セラを暖かく見守りながらその成長を助けてくれたルック。
そして、不器用なルックの足りない部分を補うかのように、優しく接し、触れ合うことの喜びを教えてくれた、竜騎士――フッチ。
あの魔術師の塔の、閉鎖された空間に訪れる幾人かのルック、そしてレックナートの既知である人間。
その内、ルックがほとんど唯一、セラに向けるような暖かな瞳を、彼には気づかれないように向ける相手だった。
その彼が、今、ルックと敵対する勢力の主力として戦っている。
「……ルック様。」
「……本当に、くだらない。」
「……………。」
「何故、単に、空で光るしかできない、何の役にも立たないものが、地上に住む人間の運命などを決めようとする?」
「…………………。」
「…………どうして、それに抗う術を、人間は持たない?」
「……………わたしには、わかりません。」
「…………ごめん、セラ。」
ルックはため息をついた。
「セラに、あたったわけじゃないんだ。……夢のせいだな。」
「……夢、ですか?」
「ああ、昔の……、夢だ。」
「……そうですか。」
セラは、何も問い返すことなく、ただ、ルックを見ていた。
なぜか、聞いてはいけない気がしたのだ。
ルックは窓の外に再び目を向けた。
だが、ルックの目に映るのは、窓から見える風景ではなかった。
少年の面影を、どこかに残しながらも、立派な青年へと成長した彼の姿。
ルックを見て、その薄茶の瞳に、これ以上ないくらいの驚きを浮かべていた。
『何故』――と。
例え、答えを言ったところで、彼は納得はしないだろう。
理解をしてもらおうとは思わない。
あくまで、この行動は全て、自分の自己満足のためなのだから。
どれほど多くの人間を犠牲にしても。
どれほど広大な土地を死の大地に変えようとも。
自分が今から行おうとしていることが、この世の理から、どれほど遠くかけ離れているかを理解していても。
それでも、自分にはやりたい事がある。
――やるべき事が。
「……ぼくがやらなければ、……誰がやる?」
誰も行いはしないだろう。
そして、この世はこの呪われた紋章の思うままの世界へといずれ姿を変えることになる。
「紋章は、人間に、紋章を利用していると思い込ませ、事実、人間を利用している。」
その甚大な力をこの世に示させ、争いを呼び、人の怒りを、悲しみを呼ぶ。
皆、それが紋章に操られた自分達の所為であることに、気づく事は無い。
そして、この世界自体が、27の呪われた紋章の作り上げた、まやかしの世界だということに――。
「……その中で作られた僕たちに、本当のことなんてものがあると思うのか?」
全てが紋章の思うがまま。
そんな中で、何が真実だと言えるのだろう。
……だが、それを信じている人間がいる。
そして、その人間を信じたいと思える自分もまた、存在する――。
「……矛盾か……。」
自嘲するルックに、フッチの言葉がよみがえる。
『大事なものって、すごく難しい気がするんだけどね。単純に考えることもできる。……僕は、好きなひとが笑っていてくれたら、それで幸せになれる。だから、それが大事だと思う。皆が笑って生きられる世界。それを作りたいし、守りたいと思う。』
彼は、『この世界』が好きだと言った。
『まやかし』であるはずの、『この世界』を。
それは、彼がこの世界を『真実の世界』だと、心の底から信じているからこそ言える言葉。
何の疑いもなく、自分達は何かに生かされているのではなく、自分達の力で生きていると信じている彼の言葉。
それを否定してやりたい気持ちもあった。
世界の真実を、彼に教えてあげることもできた。
だが――。
「……フッチが信じているなら、それを真実にすればいいと思った。」
「……ルック様?」
「………………。」
あれほどに、純粋に、この世界を愛している人間。
フッチだけではない。
ティルも、リオウも――。
その他、宿星に集った数多の人間たち。
今を精一杯に生き、人々の幸せを、自らの幸せと捉え、それを守ろうとする者たち。
その彼達が住むこの世界。
どれほどくだらない世界だと思っても。
目に見えるものなど、まやかしに過ぎないとわかっていても。
その中で、守りたいと思うものを、作ってしまった。
ルックは静かな眼差しをセラに向ける。
セラはその眼差しをただ無言で受け止める。
「……セラ。」
「はい。」
「君まで、付き合う事はないんだよ。」
「……いいえ、ルック様。……セラは、ルック様が行うこと全てに、セラの意志で協力したいと思っております。」
「………………。」
今、ルックが行おうとすることは、ある意味、ルックの自己満足に過ぎない。
それに、セラまで命をかけることなど、望んではいない。
だが――。
「……そう。」
だが、セラは、それを自ら望んでいるのだと言う。
また、ルックは窓の外に目を向けた。
窓の外には、一見して、美しいというべき風景が広がっている。
広大な台地。
生き物を育み、生かし続ける世界。
だが、それは、緩やかな滅びへの道を辿っている。
この、紋章の思い通りに。
ルックは知らず力が入っていた右手に視線を移し、無感情にそれを見た。
紋章の入れ物でしかない自分の、核となる真の風の紋章。
ルックという存在は、この紋章に生かされているものに過ぎない。
そして、同じように、この世界も――。
ルック以外の誰が、それに気づいているだろうか?
ある意味、ルックと同じ存在である、あのササライですら、気づいてはいない。
いや、彼の場合は、彼、だからこそ、かもしれないが。
この、紋章の作ったまやかしの世界に生きる、まやかしの存在である彼ら、人間たち。
その中に、ルックが信じたい、守りたいと思ってしまった存在がいる。
その彼らの思いを、まやかしのものではなく、真実のものとするために、この世界を打ち崩す必要がある。
そして、その手段が、【紋章の破壊】――。
この、世界の核である紋章を破壊すれば、この世界はその姿を変える。
紋章に操られることのない、真実、人々の生きる世界へと――。
知らず、ルックは笑みをたたえていた。
百万の世界を統べる紋章と自分という存在、そして、ルックを友と呼んだ存在たち。
それを量りにかけて傾いたのは――。
「……セラ……。」
「はい。」
「……君は、僕を、おろかだと思わないのか?」
「いいえ。」
きっぱりと答えたセラには、寸分の迷いもなかった。
「……そう。」
ルックが見つめつづける窓の外。
おそらく、ルックの目に映っているのは、窓から見える風景などではなかく――。
ルックは静かに瞳を閉じ、そして、かすかにセラに届くほどの大きさの声でつぶやいた。
――ありがとう。
と――。
【END】
ルックを書きたかったんです。
ただ、それだけ…。
3のルック。好きです。
…が、実は、真田、なぜかセラは好きじゃないんです…(汗)
なんでかなあ…?
悪い子じゃないと思うのに。
(05.10.18)
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