024.旅立ち





「ありがとう。これで紋章砲は全て壊すができた。君の協力がなかったら、きっと、できなかったと思う。」



黒髪の少年は、まっすぐにカナイを見つめていた。

彼は、いつも、どんなときも目をそらすことなく、真摯に人と接する。

だからこそ、カナイがよく知る人たちが、彼を新しいリーダーと認めたのもよく理解できた。



「そんなことはないよ。キリル。君なら、俺なんかいなくても絶対成し遂げることができた。――君の勇気と、努力の結果だ。」

「カナイさん、謙遜ですよ。本当に。……あなたがいなかったら、絶対僕たちは途中で阻止されてしまって、この結果は得られなかった。それどころか、僕はこの世にいなかったかもしれない。本当に、カナイさんにはお世話になり、感謝の気持ちしかありません。」



それなのに、この少年は、彼に協力を申し出た仲間のほとんど全員が、元群島諸国連合軍の主力メンバーであり、カナイがそのリーダーであったと知った時、納得したようにつぶやいたのだ。

『だから、こんなにも協力を申し出てくれる人がいらっしゃるんですね』と――。

オベル王が協力を申し出て、その命を受けたもの以外にも、多くの人が彼に積極的に協力を申し出てくれることに、どこか疑問を感じていたらしい。

そんな疑問をもつこと自体、カナイには疑問だったのだが……。



「……そこまで言われると、恥ずかしいな……。でも、本当に、君だからこそ、皆が協力したんだ。それは理解してほしいな。……まあ、嬉しいから、気持ちは受け取っておくことにするけど。」

「はい!」



元気よく返事をするキリルには、幼い頃に出会った当時の明るい笑顔が戻っていた。

父の敵とも言える紋章砲を全て打ち砕いた事で、彼の憂いはなくなったのだろう。



――それが、少しだけ、うらやましくもあったが……。



「じゃあ、キリル、元気で。――赤月に帰ってもしっかりね。……まあ、君なら大丈夫だろうけど。」

そんな気持ちを押し隠しながら、クスクス笑って、カナイはキリルの隣に立つ少女に目を向ける。

まだ幼さの残るクールーク最期の皇女は、迷いのない目でキリルを見ていた。

クールークは完全に消滅の道を辿る事になった。

カナイたちをあれほど苦しめた国が、他国に滅ぼされるでもなく、内紛で滅んでいくのが少しばかり複雑な気もしたが、それは口にするべきことではなかった。

その道をその幼いといっても過言ではない少女が、どれほど迷い、苦しみ、選び取ったのかは、想像することしかできないが、その彼女は、キリルがいれば、大丈夫だと、そう思う。

彼らは2人でこれから支えあい、生きていくのだろう。

カナイは満足そうにその2人を見つめていたが、少し離れた場所から、フレアが呼ぶ声が聞こえた。



船がきた。



別れの時が着たのだ。



「さようなら、キリル。」



「カナイさん! また、オベルに行けば会えますか?」

キリルが最後に慌てたようにカナイに問い掛けた。



カナイはその言葉には、こたえなかった。

ただ、ニコリと笑って、フレアたちの待つ船へと向った。



このまま、一度はオベルに戻るつもりだった。



だが、そろそろ、潮時だろう。



リノが本格的にカナイをオベルの後継ぎに考えているのは、うすうす気づいていた。

フレアさえも、それを認めている。

……だが、リノやフレアが認めているとはいえ、血筋もあやふやな上、さらに呪われたこの身で、あの美しい国を治めることなど、罪悪でしかない。

だからこそ――。



一度オベルへ戻って、その後、旅に出よう。

そして、フレアか、その子供、もしくは孫が治める時代になってから、また、訪れよう。

きっと、カナイを知る者が1人もいなくなっていようとも、この国と海は、いつもカナイを迎え入れてくれるだろう。

たとえ、声を大にして、自分の故郷だとはいえなくとも、心の中の自分の故郷は、あの、暖かい人たちのいる、オベルなのだ――。

この気持ちさえあれば、自分は何処へでも旅立っていける。

どこでも、生きていくことができる。

それで、充分だった。



「カナイ? 何を考えているの?」



フレアが心配そうにカナイの顔を覗き込んできた。

自分のとよく似た、しかし、それ以上に美しいと思える青い瞳。

コルセリアの父親が、彼女の瞳を宝石だと例えたが、カナイはフレアの瞳の方が、さらに美しい宝石のようだと、心の中で思っていた。

――身内……のよく目なのかもしれない。

だが、それを声に出すことはない。

「いや? 何もないよ。」

「そう? だったらいいのだけど……。」

この、勘のよい、勇敢で、優しい王女は、なんとなく気づいているのだろうか。

カナイが自分たちの元に、いつまでも留まっていないだろうということを。

止めたくて、でも、カナイの気持ちを否定もしたくなくて――。

そんな気持ちが伺い知れる。

「――ありがとう。」

「……何のお礼?」

「さあ?」

ごまかすように笑ったカナイに、フレアは一瞬困ったような顔をしたが、次にはクスリと笑顔を浮かべた。

そのフレアが、そしてリノが望んでいるように、姉と、父と、声を大にして呼べれば、どれほど嬉しいだろうか。

……だが、そうすることは、できなかった。

彼らのためにも、そして、彼らが何より大切に思う、あの美しい国のためにも――。





さあ、旅立とう。





群島諸国における驚異の火種と思われたクールークはその存在を失った。

そして、今はもういない仲間の最後の憂いでもあった紋章砲も消滅した。

これからも、いくつもの問題が大なり小なり起こりはするだろうが、群島諸国は、もう、大丈夫だ。

彼らがいる限り。

彼らの意志を継ぐものがいる限り――。



そう、そして、最後に最大の爆弾を抱える自分さえいなくなれば――。





カナイはオベルの海岸にある高台に立っていた。

このまま、遠くへ旅立つ予定だった。

別れの挨拶はしていなかった。

きっと、それを言いにいけば、引き止められ、――決心が揺らぐかもしれなかったから。

この美しい国を愛していた。

そして、いつまでも愛しつづけることは、間違いないと思った。



「――本当に、俺が、このオベルの正統な王子だったら……。」



言っても詮のない事だと解っている。

もし、自分が、本当に、20年近く前に失われた王子だったら。

もし、この呪いの紋章をついでいなかったら。

自分は、この国のために、国民のために、身を粉にして働く気持ちを持っていた。

そして、どれほどそれを望んだだろう。

どうしようもないことだと解っている。

この紋章がなければ、きっと、カナイはリノにも、フレアにも出会うことがなく、こんなにも、この国を愛することもできなかっただろう。

全ての偶然、必然が合わさって、自分は今、ここにいるのだ。

頭を振って、過去への回想から、未来を生きるための考えに切り替えることにする。



「どこにいても、俺はこの国のことを想っている。――皆が幸せに暮らしていける国であるように――。」



最後にそうつぶやいて、カナイは今まさに出港しようとしている船に、乗り込んだ。

カナイの乗った船は、そのまま、波の上を滑るようにオベルを離れていく。



カナイは、そのオベルが見えなくなるまで、瞬きする間も惜しんで、見つめていたのだった――。






【END】



プチスランプ脱出…?
まだ、微妙…(苦笑)
…キリルとコルセリア登場の意味が…(汗)お分かりでしょうが、キリル×コルセリアです〜///
…単に、きっかけということで…。(逃げてます)
カナイはキリルが不老であることを知らない設定。
実際、知らないっぽい感じしましたしね。

ラプソネタ、書きたいと思っていたのですが、中々出てきません。
結局、カナイの設定補完…?
カナイはあの後、やはりオベルを離れたということで。
…これでも、今まで書いた4主ネタ、矛盾だらけではありますが、それはそれと言う事で…(汗)



(05.11.04)



一言感想


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