なんとなく、部屋にこもっているのがいやで、城の中をブラブラと歩いていた。

退屈だった。

……が、前に退屈しのぎに、王子の扮装して城内で悪戯しまくってたら、リオンにこっぴどく怒られたので、しばらくは自粛しようと思った。

だが、そうすると、城の中ではやることが思いつかず、久しぶりに外にでも出ようかと考えていたところだった。

そのとき、廊下の向こう側から、歩いてくる2人の人影を見つけて、思わず眉をひそめた。





「俺を選べ」 (050.想い)





……その2人がいやなのではなく、2人が並んでいるのが、嫌なのだった……。



「……………。」



……だがまあ、その2人が並んでいるのは、当たり前といえば当たり前の状況であり、一々顔をしかめてその場から立ち去るのもむなしいだけであったので、ただ、黙って、すれ違おうとしたところ――。

2人のうちの1人――王子が声をかけてきた。



「ロイ、ちょうど良かった。これから、滝つぼに行くんだけど、付き合ってくれないか?」



ニコニコと、完全な好意で向けられる、表裏のない笑顔で言われて、ロイは、ため息をついた。

確かに、暇を持て余して外に遊びに行こうかと考えていたところだが、……王子(たち)と出かけたい訳ではない。

王子と出かけた場合、もれなく現在も隣にいるリオンも一緒、ということなのだが、それが、逆に(今更ではあるが)気に食わない。



「パス。」

一言言って、そのまま、やっぱり部屋にでも帰って昼寝をしようと、王子の前を通りすぎようとしたロイに、ちょっと怒ったような顔でリオンが嗜めるように言う。



「ロイ君! 王子直々のお誘いに対して、あまりに失礼です!!」

「……リオン。」



王子がリオンの後ろから、困ったように声をかける。



「あー! あー!! うるせー!! 気がのらねーんだよ!! ……第一、あんな、なんもないとこに、一体何しに行くんだ?」



その王子さんの言葉を遮るように、俺は話をふる。


……我ながら、非常に情けないことだが、リオンが王子に注意されて、しゅんと落ち込む姿なんて、見たくない。

それくらいだったら、自分に対して、キャンキャン噛み付いてくる姿の方が、ずっと可愛いと思う。


(……マジで、重症じゃないか……?)


そう思いながらも、結局、思惑通りに、また自分に向って、顔を少し赤くしてしかりつけてくるリオンに、表面上困ったように、内心喜んで応対していた。

そして、ふと、なんとなく視線を感じて王子さんに目をやれば、それに気付いているらしい王子が、微笑ましそうに、ニコッと笑った。


それを見て、カッと顔が熱くなった。


(ばれてやがる。)


直感でそう感じたロイは、王子には、絶対そんなつもりはないと頭では解っていながらも、馬鹿にされた気がして、キッと睨みつけてしまった。

その視線に、王子はちょっとばかりひるんだような表情をしたが、次の瞬間には、もう元の人のよさそうな笑みに戻っていた。



「レベル上げに行くつもりなんだ。」

「………………。」



とっさに、何を言われたのか解らなくて、しばらく間を置いて、さっきの俺の質問に対する答えだと気付いた。

気付いた、が、理解ができない。



「……………あそこの敵、もう、俺たちのレベルじゃ、戦うだけムダだろ……。」

「うん。『俺たち』は、ね。」



今の俺の言葉の何が嬉しいのか、さっきより、ずっと楽しそうに、無邪気な様子で王子はロイに笑いかける。




こいつの思考回路は、本気でわからない。


……わからない、が、なまじ同じ顔をしているだけに、それだけ邪気のない笑顔でニコニコされたら、変な気分になるし、脱力もするってもんだ……。




――この城に来て、しばらく王子と素で向き合って、……本気で考えたことがある。



確かに、俺と、王子さんが同じ顔をしていることは、まちがいない。

だから、同じような環境で、同じように暮らしてたら、今以上に見分けがつかないくらいに、性格まで似通っていただろうか、と――。



何度も自問して、すでに答えも出ているのに、また、ぼんやりと、考えながら、俺は視線だけで王子さんを追う。

……そして、いつものように、否定する。



もちろん、王子さんと出会った最初の頃は、なぜ、同じ顔だというのに、こうも運命は不平等なのだと。

どうして、自分は、これほどにまで底辺を這いずり回り、やりたくもない汚いことをして、汚泥にまみれて生きてきたのに、ほとんど年も同じで、顔もここまでそっくりな相手が、王族に生まれたというだけで、ぬくぬくと何の苦労も知らず、甘やかされて生きてきたのか、と……。



――最初は、ただ、ムカついた。



見ているだけで、腹が立った。



ほんの少し、何かが違えば、王子さんの位置に――……、リオンの隣に立っていたのは、自分、ではなかったのか、と……。

だが――……。





王子さんを知れば知るほど。

王子さんの、今の状況を考えれば考えるほど。





――王族や貴族とlいうものは、そんな、甘い考えでは、生きていけないのだ、と――。





……確かに、金と領地を持っているというだけで、威張り散らして、贅沢をしたい放題している貴族も、王族もいるだろう。

だが、それは――、結局のところ、人間としての意識のもちよう……、性格によるものだということを、この城で、王子さんたちを取り囲む、貴族、もしくは、それに等しい地位を持っている人間達と接することで、――理解、した。



ロイたちの、今までの認識は、「貴族など、全員腐っている」といったものだった。

だが、これでは、その腐った貴族連中が、ロイたち平民をみて、「愚民どもが」とバカにすることと、何ら違いはないのだということを……。



確かに、今までロイは、フェイロンやフェイレンたちと、色々な悪事を行ってきた。

――自分たち、頼るもののいない子供が、国や街の保護もなく、生きていくために、それ以外に思いつかなかったから。

――仕方なかったから。

真実に近い言い訳は、いくらでもできる。



……だが、自分たちを見下した連中に、思い知らせてやりたい、という気持ちも、なかったとは言えない。



けれど、――それでも……!!



いつか、まっとうに生きてやるという、希望は捨てなかった。

心の底から、やりたくてやっているわけではないという、なけなしのプライドのようなものを、ロイは、持っていた。


……しかし、ロイと同じような境遇で生きてきた連中の中には、仕方ないという理由ではなく、楽しいから、やりたいから、という理由で悪事に身をやつすヤツが多かった。


ロイは、そいつらに対しても、軽蔑の念を持っていた。


だから、気付いたのかもしれない。



どんな境遇に生まれたかは、やはり運によるものであることは確かだろう。

だが、それを土台として、どのように生きるかは、自分自身の問題なのだ。



自分が今まで、真実軽蔑していたのは、その人間が持つ、卑しさだなのだということを、王子たちに、教わった気が、した……。

事実、リオンに、「やりたいことをやってるだけ」と言われたとき、……その言葉が、胸に突き刺さった。


――図星だったからだ。


……もちろん、そんなことは、口が裂けても言うつもりはなかったが。

それを知って、最初に思ったことが、自分が情けないということだった。

自分は結局、自分が見下していた貴族たちや、悪事に自ら進んで身をやつしたヤツラと、何ら変わりなく、相手をひとくくりにしてバカにしていたこと。



……それを恥じた。



そして、改めて、新しい気持ちで周囲を見て……、王子と、目が合った。

その王子の、この国の象徴――生命ともいえる大河フェイタスのような青い瞳。

――何もかもを見透かし、許し、そして、包み込むような優しさと強さを感じ……。



――負けた。



と、思った。

自慢でもなく、負け惜しみでもなく、ロイは、今まで、心の底から敗北感を感じさせられるような相手に、出会ったことはなかった。

相手が、同年代の子供はもちろん、大人でさえも――。

王子は、ロイに何を言ったわけでもない。

一騎打ちでロイには勝った。

確かに、ロイは、王子に力で負けた。



……だが、心まで、負けたつもりはなかった。

……その、時は――。



ただ、「悔しい」と、思った。

「悔しい」という気持ちは、今までどれほど味わってきたか、計り知れない。



だが、それとは、また、違った。



今までに、幾度となく感じた、「悔しい」という気持ちより、遥かに、何倍も強い気持ちだった気がした。



自分では、こいつに、勝てない――。



「器」が、違いすぎる。



そんな、敗北感を味わわされたことは、本当に、初めてだった。

自分が、王子の立場に立っていて、今の王子と同じように行動できるかと言われれば、「否」としか答えようがないのだと、ロイは、自分を解っていた。



比べる相手が悪いのだと、そう、割り切ればいいのかもしれない。



王子のような、真実、人を惹きつけ、人を率い、導ける人間こそが、稀有、なのだから――と。



だが、そうするには、あまりにもその存在が、近すぎた。

――ロイが望む、望まないにかかわらず、王子が自ら、ロイに関ろうとしてきたのだから。

確かに、ロイは、王子の影武者をするために、ここに迎え入れられた。

だから、王子の役割を演じるためには、王子のことを知る必要があり、王子と関ることは多かった。

しかし、王子は、あきらかに、必要以上にロイに接してきた。

ロイの、何が気に入ったのかはわからない。

だが、王子は、最初に出会ったとき以降、ロイに向って好意以外の感情を向けてこようとはしない。

――しかも、ロイにしても、どうしてか気になる存在であるリオンを視界に入れるたびに、ほとんどの確率で王子を見るはめになり、……どうしても、王子と顔を合わせる機会は多くなった。

……そして、これが一番悔しいことに、ロイ自身、王子に対する敗北感は拭えないものの、……嫌いには、なれなかったのだ。

好意を向けられて、「嬉しい」と感じる自分がいる事が、否定、できないのだ。

……それがまた、悔しかった。





「ロイ君!?」

そんな風に、自分の考えにどっぷり使ったロイに、しびれを切らしたのか、リオンが叫んだ声で、ロイはハッと目の前の相手に意識を戻した。

「――立ったまま、寝てでもいるんですか?」

さすがに、あきれたのか、さっきより本気で怒ったように、リオンが自分を睨みつけている。


やはり、可愛いと思ってしまう自分に、少し落ち込む。


「……王子さんよ。付き合ったら、俺の言う事1つ聞いてくれるか?」

「なに?」


ワクワクした表情で、王子は俺を見てくる。

こんなことを言い出した俺が珍しいのだろう。


「戻ってきたら、一対一で、勝負してくれよ。」


王子さんは、ちょっと驚いたように、キョトンとした表情をしたが、すぐに、楽しそうに笑った。


「もちろん。じゃあ、今日は付き合ってくれるんだ?」

「……断ったら、また、リオンがうるせえからな。」

「ロイ君!!」



嬉しそうな王子の顔。


怒ったような、リオンの顔。


そして、面倒くさそうに接する俺。



……けれど、どこかでそれを楽しんでいる俺がいる。



チラリと横目でリオンを見遣る。

リオンは、ちょっと納得いかないような顔をしてはいるが、王子さんが嬉しそうにしているから、これ以上、俺に何か文句を言うつもりがないらしい。

その様子に、微笑ましさを感じながらも、胸のどこかがすっきりしない。

そして、王子さんを、目線だけで見てみた。

……人間の器の大きさには、完敗している。

これは、一生かけても敵わないかもしれない。(いや、多分)

だが、人として、生きる上でのことで、全てに関して負けているとは思わない。

例え、今は負けていても、逆転できる機会が、きっとどこかにある。

まず、その手始めとして、武術からだ。


俺は俺、王子さんは王子さんで、違っていて当たり前。

そのことを、ロイは、リオンと王子、2人と共に過ごす内に学んだ。


唯1人、決して自分と王子を見誤らないリオン。

ロイに、育ちの違いといったものではなく、人としての違いを見せつけ、それでいて、対等であろうとする姿勢を持つ王子。

この2人と共にいることが、心地よく感じてしまうことは、絶対にいえないけれど。

素直に、認めることさえ、できないけれど。

……それでも。

今、ここで。

この城で、共に過ごす事ができることが、嬉しかった。

ロイは、自分のその気持ちをごまかすように、首を振った。

……そして、自分の少し前を歩くリオンに目を移した。



リオンは王子に忠誠を誓っている。

王子は、確かに、リオンが命をかけて守るに値する相手だと思う。

……自分でさえも、戦闘中、うっかり王子を庇いかけることは多々ある。

……心のどこかで、守るべき相手だと、思っているのかもしれない。

だが、ロイは、王子を唯一の守るべき相手と考えることはできない。

王子とは違った意味で、リオンを――……。


――守りたい、と、思う。


リオンは、そんなロイの気持ちには、全く気付かない。

気付いていない。

リオンの瞳には、……王子しか、映っては、いない、から――。

だが、ロイが見ている限り、それは、まだ、恋ではないだろう。



だったら――。



(俺を、選べよ。)



王子の少し後ろを、ひかえめに歩くリオン。

そして、そのリオンの後ろを、のんびりと歩くロイ。

今の、ロイたちの関係を、如実に表した構図かもしれない。



リオンに初めて会ったとき、……いや、叱咤されたときからか、ロイにとって、リオンはたった一人の女性となった。

まっすぐに前を見詰めるその、リオンのきれいな黒い瞳を、自分にも、向けさせたい。


……自分を、主君として仰いでほしい訳でない。


不可能なことだとも、解っている。


ロイが、リオンに望むのは――。



(生涯のパートナーとして、俺を、選べ。)



ロイとて、王子を主君とするのは、やぶさかではない。

むしろ、心のどこかで望んでさえいるかもしれない。

……もちろん、口には出して言わないが。



(俺を、選べ。そうしたら、俺は――。)



今は、どこか照れくさくて、……そして、リオンに友人としてしか認められていない自分が情けなくて、悔しくて、リオンの隣で肩をならべて歩く事ができないけれど……。

そうすれば、ロイは堂々と、リオンと肩をならべて、王子の護衛として何をはばかることなく、歩くだろう。

そのとき、自分は自分として、もっと、今まで以上に、強くなって――。



(――俺が、お前と、お前の大事なもんを、守ってやる。)



だから……。



「俺を、選べ。」



「え? 何か言いました?」

ポツリと声に出た言葉に、リオンが不思議そうにふりむいて問い掛ける。

リオンは残酷なくらい鈍く、ロイの気持ちなど全く気付いていない。

「何にも?」

とぼけたように言ってニッと笑ったロイに、リオンは「そうですか?」とちょっと納得いかなさそうにつぶやきながらも、また、前を向いた。

ロイの前で、きれいに結われた銀髪と、黒髪がゆれる。

それが、あまりにも自然すぎて、ホッとする反面、……どこか悔しかった。



ギュッと握り締めた拳は、2人に気付かれる事はなく。



そして、ロイは置いていかれないように、足を急がせたのだった――。



【END】




ほぼ2日も遅れましたが、当サイト「CAT'S SWEET」は、この6月24日を持ちまして、3周年を迎えました///

最近、体調不良を理由に、更新をサボりまくっている真田ですが、
見捨てずにお付き合いいただけたら幸いです(汗)

よろしくお願いします///


(06.06.26)



一言感想


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幻水5では、真田はロイが一押しです!!

ロイが書きたくて、書きたくて、書きたくて――。
やっと書けた―!!!!!
って感じです。
…まっかな偽者っぽいですが…。
でも、まあ、真田の中では、ロイ君は基本的に、こんな感じ。
…書き始めたときと、書き終わったとき、書きたかったことが変わってたような気がしますが…。
(気のせい気のせい)

さて、次は、王子視点でロイとか書けたらいいなあ〜///
(06.05.10)
[(06.05.14)