(……一体、何があったんだ……?)
目が覚めたとたん、感じたのは自由にならない両腕と、手首に感じる痛み。
とりあえず、何が起きたのか解らないまでも、慌てることはせずに、よくよく体の状況を探ってみると、目隠しはされていないものの、口には猿轡をされ、足も縛られ、そして、体はどこかの柱にくくりつけられていた。
(……………。)
確か、自分は、山間の小さな村で一晩の宿を訪ねたはずだった。
それに、いやに愛想のいい親爺が、離れを貸してくれたのだ。
その愛想のよさに、少しばかりいぶかしげなものを感じはしたのだが、この数週間、野宿を続けて疲れ果てた体は、貸してもらった離れの藁布団に包まったとたん、眠りに落ちてしまった。
(……やっぱり、まずかったか……。)
いや、おそらく、あの眠りは体の疲れからだけではなく――。
(……紋章……だよな……。)
そこまで考えて、カナイは心の中でため息をついたのだった……。
052.帰る場所
カナイは、自分が目覚めたことを周囲に気取られないように、そっと薄く目を開き、周囲の様子を見る。
カナイがいるのは、窓の無い、物置のような場所だった。
扉はカナイの斜め前にあり、その隙間から光りが差し込んでいることより、夜はとうにあけているのだろう。
人の気配を探ってみれば、その扉の外に数人の気配。
幸い、カナイの双剣は物置の入り口付近に無造作に、元々この物置にあったのであろう武器と一緒に投げ出されていた。
おそらく、縛られていれば、何もできないと甘く見られているのだろう。
それはカナイにとっては好都合だった。
あと――。
(同じように攫われたらしい女の人が1人……と。)
カナイからそう離れていない場所に、まだ眠らせられたままらしい、20歳くらいの女性がいた。
その身なりは質素であり、どこか武骨さえも感じさせる、動き易さに重点をおいた、少しばかり変わった服だとおもった。
その服の様子から見ても、それほど裕福な家の女性という感じではなかったため、おそらく、身代金目当ての誘拐というよりは、その女性自体を売り払おうという魂胆なのだろうと窺えた。
つまり――。
(……おれも、女と思われてるのか?)
カナイは、そんな状況ではないとわかっていながら、げんなりと脱力し、まあ、気分的には最悪だが、そちらで良かったと考えた。
群島諸国とクールークの戦いから、まだ3年と経っていない。
カナイの手にある真の紋章を狙う輩はまだまだ存在する。
また、群島諸国の連合軍を、お飾りとは言え、率いたカナイの顔は、知る人には知られており、カナイを人質にとって、群島諸国――オベルに揺さぶりをかけようと考える輩がいないわけではなかったから――。
(まあ、リノさんが、そんなことで、屈するようなことはないんだけどね。)
それでも、心的な負担には成りかねない。
まして、あの優しいフレア王女が心を痛めないわけがないのだ。
(……さて、どうしようかな……?)
考えながら、状況の進展を心待ちにする。
現在の所、縄抜けをするしかやる事がなく、誰か、犯人につながる人間が目の前に現れてくれなければ、何もできない。
程なく、カナイの腕の自由を奪っていた縄はハラリと床に落ちた。
そして、そのまま、音を立てないように体を縛る縄も解き、立ち上がったカナイは、もうひとりの女性の側に膝をついた。
女性はまだ、紋章術が効いているのか、穏やかな眠りに囚われたままだった。
それはそれで、カナイには都合がいい。
そっと、自分の双剣をとりにいき、いつものように装備すると、その1つで、女性をしばる縄を切る。
その際に感じた力に、女性は覚醒を促されたようで、ゆっくりと目を開いた。
その女性の目が、まんまるに開くのを見たカナイは、慌ててその口を抑え、もう片方の手を自分の口に当てて黙っているように促した。
女性も、自分が眠る前にいた場所と違うことに気がつき、そして、自分を縛っていたらしい縄が床に落ちている事と、目の前の人物が縛られていたらしい縄を目に入れたことで、なんとなく状況を理解したようだった。
頭の回転の速い人で助かった、と、カナイは本気で思った。
「……この物置の外に、おれたちを攫ったらしい犯人がいます。おれがそいつらの気を引きますから、逃げてください。」
小声で言うカナイに、女性はまた目を丸くした。
その様子がちょっと不自然に思えたカナイは、首を傾けた。
「どうかしました?」
「あ……、すまない。……君は、男?」
「……そうです。」
この状況でそれかよと、カナイはまたげんなりとため息をつきかけ、……ふと気づく。
彼女は落ち着きすぎている。
不思議なくらいに。
かといって、カナイに対する敵意や、何か企んでいる様子でもないことから、カナイを攫った、外にいる人間たちの仲間ではないだろうと、カナイは思った。
単に、状況を理解しきれていないのだと、そう、カナイは結論付けて、彼女に手を貸して立ち上がらせようとした。
「……………。」
そして、今度はカナイが驚きに目を見開いた。
彼女の手のひらは、あきらかに、剣を持ちなれた人間のそれであった。
そう、同じ騎士団で共に訓練をしていたジュエルや、ポーラのような……。
そのカナイの様子に気づいたらしい女性は、苦笑した。
「私は、庇ってもらわなくても大丈夫だ。でも、ありがとう。さあ、2人でここから脱出しよう。」
言いながら、彼女も無造作に置きっぱなしであった剣の中から、業物と思われる一振りを取り出して、腰に装備し、改めてカナイを振り返った。
「私は、赤月帝国にある戦士の村より来た、ラサーナという。この度は不覚をとったところを助けようとしていただいて、感謝する。」
名乗りをあげられて、カナイは、話にだけ聞いた事のある戦士の村出身の女性をしげしげと眺めてしまった。
「えーと、おれは、カナイといいます。」
ラサーナは、それだけしか名乗らなかったカナイに対して、特に気にした様子もなく、うんと頷いた。
「さて、そろそろ、外の連中が気づいたようだ。」
「ええ。……あの、ラサーナさん?」
「なんだ?」
「戦士の村から、はるばる、どうしてこんなところに?」
そんな場合じゃないと解っていたものの、初めて見る『戦士の村』の人間に、カナイは興味が湧いてしまった。
『戦士』と呼ばれる人間は大勢いる。
だが、村の名前にそれをつけてしまうような村出身の戦士は、どこが、彼らと違うのだろか?
単に、その村は戦士の輩出率が高いということなのだろうか。
その割には、その村出身の戦士には今まで出会ったことはない。
単純に、地理的に離れているというのもあるのだろうが、伝え聞くだけで、本当にその村が存在していたこと自体に、少し驚いた。
「ああ、それは――。」
言いかけたラサーナの台詞を邪魔するかのように、勢いよく開けられた扉の向こうには、面相の悪い男たちが数人、武器を構えて立っていた。
それをちらりとも見ないで、ラサーナはカナイの質問に答えた。
「戦士の村には、掟がある。一人前の戦士として認められるために、戦士の村の若者は、成人となると村を出る。そして、村の外で何か自らの力で成し遂げ、それを村へと報告する。その功績が高ければ高いほど、立派な戦士であると認められるのだ。」
言いながら、ラサーナは後ろからかかってきた男を一閃でなぎ払う。
カナイも、ラサーナから視線をはずす事もなく、カナイに直接かかってくる男たちを退けた。
「では、ラサーナさんは、現在その功績を得るために旅をしているんですか?」
「ああ、そうだ。……この掟は、どちらかといえば、男に対するもので、女がするものではないと、村を出るとき散々いわれたがな。……だが、立派な戦士に、男も女もないだろう?」
言いながら、おまえはどう、考える? と、聞かれて、カナイは苦笑した。
「そうですね。……おれも、友人に、とても頼りになる女性が大勢います。『強い者』に、男も女もないと思います。」
単に、ラサーナの気分を害さないようについた嘘でも、誇張でもなかった。
カナイの仲間には、本当に頼りに成る女性陣が大勢いた。
その彼女たちの顔が、順に頭に浮かんで消えていく。
「そうか。うれしいぞ。」
そのことが通じたのだろう。
ラサーナはニッコリと微笑んだ。
おそらく、綺麗に着飾れば、相当な美女になるだろうラサーナだったが、カナイには、そのままのラサーナがとても綺麗に見えた。
自分をしっかり持ち、何かを成し遂げようとする人間は、どんな格好をしていても綺麗なのだと、カナイは納得したように頷いた。
のんきな会話をしてはいるが、一応戦闘中である。
カナイとラサーナに対峙していた、どうも盗賊団のメンバーたちは、そのカナイたちに怒りを沸騰させていた。
「テメエラ! 今、自分達がどんな状況にあるかわかってんのか!?」
業を煮やしたらしい、男のひとりが怒鳴りかかってきた。
それをチラリと目線だけで見たが、カナイはあまり気にせずにラサーナに目を戻す。
ラサーナも気にしていない様子で、平然としていた。
そんな2人に、盗賊団の頭が切れた。
「お前らの相手はこの俺だ! 覚悟しやがれ――!!!!!」
……………………。
ほんの一時程後、何事もなかったかのように、カナイとラサーナはその場に転がる盗賊団をひとり残らず縄で縛り上げた。
「……これで、全部、かな?」
「たぶん、おわりだな。」
辺りを見回して、ラサーナが頷いた。
「しかし、お互い、油断していたとはいえ、こんな輩につかまったとは、とんだお笑い種だな。」
「……たしかに。」
その点については、カナイはかなり反省すべきだと考えていた。
自分自身、戦争時に鍛えたことから、それなりに戦闘能力には自信があったし、まして、この紋章を求める連中から逃げるためにも、ある程度の武力は必要なのだ。
それなのに、こんな簡単に、大して強くもない盗賊に易々と身柄を拘束されていては、かなり問題がある。
そんなこと考えて、神妙に頷いたカナイを見て、ラサーナは悪戯でも思いついたかのように、ニヤリと笑った。
そして次に紡がれた言葉に、カナイの全身が緊張した。
「この連中は、私が番所に届けておく。……その代わりと言ってはなんだが、一度、お手合わせを願えないかな? ……群島諸国の英雄、カナイ。」
「――――!!!!!」
気づいていたとは、思わなかった。
まったく、その気配を見せなかったから。
一瞬で警戒の心を沸き立たせたカナイだったが、ラサーナの飄々とした態度と、その分かりやすいカナイの武力のみへの興味を前面に押出した好意的であり、挑戦的な表情に、力を抜いた。
「……いつから、気づいてました?」
『英雄』という言葉に、思わず反応してしまった後、ごまかすのもどうかと思って、あきらめてカナイは問い返した。
「君が名乗った直後からだ。実は、私は数年前、あの戦争に参戦させていただこうと、群島に向かっていたのだよ。……手っ取り早い話が、傭兵として雇ってはもらえないかとな。だが、一足遅く、私が群島に辿り付いたときは、戦争が終結した直後だった。仕方なく、せっかく訪れたのだからと、群島を巡るうちに、君に興味を持った。……自分とそう変わらない年齢の少年だと聞いて、余計に。まさか、こんなところで会えると思わなかったが。」
そう言って、どうだ? と、再度問われてカナイは苦笑まじりに頷いた。
元来、それほど戦闘が好きなわけではなかったが、強い人間は好きだった。
まして、こう言った正々堂々とした勝負は嫌いではなく、むしろ、真正面から対峙してくる相手には、とても好感を覚える。
「わかりました。」
そう言って頷いたカナイに、ラサーナは満足そうに笑ったのだった。
一騎打ちは、それ程時間のかかるものではなかった。
結局のところ、カナイの勝利に終わりはしたのだが、ラサーナも、そしてカナイもとても満足していた。
「ありがとう、カナイ。本当に、勉強になった。」
「いえ、こちらこそ。……とても、楽しかったです。」
そうして、ニコリと微笑みあい、がっしりと手を握った。
「……戦士の村の人間というのは、皆、あなたみたいに気持ちのいい方ばかりなのでしょうか?」
「さあ、どうだろうな? やはり、人間だから、それなりに、色々な者がいる。だが、興味を持ったのなら、一度、訪れてみればいい。きっと村の連中は、歓迎するだろう。強い者にはとても好意的だからな、うちの村は。」
「ええ、いいですね。ラサーナさんのような人が生まれ育った村。とても素晴らしい村なんでしょうね。」
「もちろんだ。私の故郷だ。誇りに思える。……例え、生まれた場所ではなかったとしても。」
カナイのその感想に、とても誇らしげに胸を張って、ラサーナは微笑んだ。
「え……?」
ラサーナの言葉に、カナイは目を見開いた。
「私は、生粋の戦士の村の出身ではないからな。」
こともなげにそう言うラサーナに、カナイの方が驚いた。
「自分の故郷とは、自分を迎えてくれる人間がいる場所。自分が覚えている場所。帰りたいと思える場所だと思うが、何か、間違っているか?」
そう言って、ふふふと笑う幸せそうに彼女を、カナイは強いと思った。
武力ではない。
人間としての心の強さを感じたように思えた。
そして、同時にうらやましいと思った。
自分には、ラサーナのような強さがない。
……だから、いつまでも、自分の道が見つからず、迷う。
後ろをを振り返りはするくせに、戻ることもできないのだ。
だが――。
「いいえ。……確かに、そのとおりだと、思います。……いつか、あなたの村を訪ねて見たい。……いいですか?」
ラサーナは、まっすぐに瞳を見返してそういうカナイに、少しばかり目を丸くしたが、ふわりと微笑んだ。
「それは、許可など得る必要はないことだぞ? まあ、その頃は、私も村へ戻っているだろうから、訪ねてきてくれ。ついでに、また手合わせをしてもらえたら嬉しいな。次は、こうはいかせない。」
虚勢でなどなく、絶対にしてみせるという強い意志のあふれる眼差しで見つめられ、カナイはその強さにどこまでもあこがれるラサーナを、本当に美しいと思った。
こんな綺麗な心、眼差しをもつものが大勢住む村。
とても、素晴らしいところに違いないと、そんな風に思ってしまった。
その場所を想像して、カナイは自然に頬が緩むのを感じた。
ラサーナは、何も言わなかったが、おそらく、カナイの紋章のことも聞き知っているのだろう。
そして、その呪いのことも――。
それでいて、純粋にカナイを、カナイの強さを認め、そして、また会いたいと、次は勝ってみせると意気込む彼女が好ましかった。
そこまで深くは考えていないのかもしれないが、彼女は、少なくとも、自分より先にカナイがこの世からいなくなるなど、微塵も考えていないようだった。
「ええ、ぜひ。――楽しみにしています。」
次に会うと約束する言葉に、カナイは全く迷いなく答えた。
答えることができた。
『故郷』という言葉に当てはめたことはなかったけれど、『帰りたい』と思える場所は、今のカナイには存在した。
青い海に囲まれた、善良な人々が住む、とても美しい国、オベル。
そのオベルを出るとき、「必ず戻って来い。」と、リノ、そしてフレアがカナイを見送ってくれた。
だが、カナイには、その言葉に返事ができなかった。
ごまかすように笑ったカナイに、リノもフレアも悲しそうな目をしていた。
そして、そんな自分を、自分自身、悲しく思ったものだった。
だが――。
「ラサーナさん。……ありがとう。」
「? 礼を言うのはこちらの方だろう?」
言いながらも、悪い気はしないラサーナは楽しそうに笑った。
カナイもつられて笑う。
風の噂で、近々、オベル王国の王女が結婚すると聞いていた。
それに間に合うように、帰ってみようか。
きっと、リノやフレアは、心から、カナイの訪れを、喜んでくれるだろう。
いつ、どこで命を落とすかもしれない、と。
それに、あの優しい人たちを巻き込みたくない、と。
そんなことばかり考えて、今、いる彼らを悲しませるのは、止めにしよう。
だから、少しばかり、勇気を出そう。
自分を迎えてくれる、彼らがいる場所を、自分の『故郷』だと胸を張っていえるように。
今でなければ、ならないのだ。
そのうち、なんて、甘い考えをしていてはいけないのだ。
カナイは静かに、ラサーナの自信にあふれた、未来を見つめる明るい笑顔を見ていた。
その笑顔が、カナイの背中をおしてくれたことに、とても感謝していた。
彼女と、今、出会えたことが嬉しかった。
「ありがとう。」
もう一度つぶやいたカナイの言葉に、ラサーナは、姉のように、そして、母のように、とても暖かい笑顔を向けたのだった。
【END】
幻想水滸伝強化期間 第7作目。
…書きたかった内容が、なんとなく中途半端です。
そのうち、書き直すかも…?
あの戦いの後、カナイが自分の故郷を『オベル』だと、きちんと認識してくれてたらいいなあ、と思って…(汗)
…べ、別に、戦士の村でなくてもよかったんですが…。…ちょっと、いたずら心で…。
またまた、無理やりな話です…。
なんか、4主×オリキャラ…ぽい。
ごめんなさい〜…。
(05.09.02)
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