076.逃亡
雨の中、おれたちは帝都グレッグミンスターを駆け抜ける。
従うのはグレミオとクレオ。
パーンはいない。
・・・パーンはテッドを帝国に、あの、テッドを傷つけた宮廷魔道士ウィンディに売ったのだ。
言葉もなく、走る足音だけが耳に響く。
明かりは持っていない。
明かりは、目印になってしまうから。
街道沿いの家からもれる明かりも少ない。
帝都中が静まり返り、異様なほど雨音だけが強調される。
大粒の雨が、おれたちに降り注ぐ。
寒い。
体温は、もうかなり奪われている。
それでも、うかつにそのあたりの家の門は叩けない。
少し先に走って、街門を見に行ってくれたグレミオが戻ってきた。
「だめです! 坊ちゃん、門は封鎖されています!」
グレミオが叫ぶ。
当然のことかもしれない。
反逆者が逃走するとしたら、真っ先に街門は閉鎖され、警戒の体制がとられるだろう。
とにかく、門から都を出るのをあきらめて、他の方法を考えなければならない。
じっとしていても仕方がないので、ティルはグレミオとクレオを促して、役人に見つからないルートを通り、ひとまず落ち着ける場所を探すことにした。
グレッグミンスターの中はよく知っている。
どこをどう通れば、周囲から気づかれにくいか、テッドとともにいたずらの一環で研究したこともある。
グレミオやクレオも、今まで知らなかった道を駆け抜けるティルに驚きながらも、静かについてくる。
一か八か、いつも、おれやテッドに対して、母親のように接してくれる宿屋のマリーを頼ることを考えた。
匿ってはもらえなくても、通報はされないだろう。
あたってみるだけはある。
目標を宿屋に定め、裏通りを駆け抜ける。
『反逆者』
おれは薄い笑いを顔に浮かべる。
一体、誰をさす言葉なのだろう?
右手の手袋の下が、熱い。
テッドから受け取ったものが、そこにある。
その存在を主張しているかのように・・・。
27の真の紋章のうちのひとつ。
魂を喰らうという呪いの紋章。
『ソウルイーター』
この紋章を持っていたために、テッドは狙われた。
テッドは、おれたちを逃がすために、あの瀕死の体で、役人に抵抗した。
自分がまだ、『ソウルイーター』を宿している振りをして。
ティルは、ふと思った。
(・・・何故、おれたちに追跡がかかる・・・?)
少なくとも、あの場にいてた役人たちは、テッドが目的の物を持っていると思っているはずだ。
頭の中は考え事で一杯になっていたが、目と足は着実に自分しか知らない道を、2人を案内しながら進んでいる。
自分たちが追われる理由。
おそらく、可能性として考えられているのだ。
おれが、いや、マクドール家の誰かが、紋章を持って逃げるかもしれないということを・・・。
そうでなければ、テッドに対する人質にでもしようとしているのだろう。
正確な理由なんて、今の状況では判断できない。
ただ、今、わかっていることは、自分たちが帝国から追われているということ。
ティルは、低く笑う。
(父上・・・、これがあなたが忠誠を誓う帝国のあり方なのですか?)
今は、遠い空の下にいる父に心の中で問いかける。
尊敬し、目標とするべく敬愛してきた父が、その命をかけ、守ろうとするもの。
父の目が曇っているとは思いたくない。
おそらく、父は全てわかったうえで、昔、自分が信じ、貫くことを決心した信念を守ろうとしているのだろう。
今は、将軍の家に、たかだか魔術師の肩書きの者が、何の令状もなく、兵を差し向けることを許すような、そんな皇帝であっても、父にとっては、唯一無二の忠誠を誓うべき人であったのかもしれない。
でも、自分がそれを納得できるかどうかは、別の話だ。
(おれは、許さない)
たとえ、父の信頼を裏切ることになったとしても、あの女魔術師だけは、ぜったいに!
「テッド・・・」
生きているか、死んでしまったのか、それすらもわからない。
テッドの命の光を、かすかに感じ取れるような、そんな気はする。
「生きていてくれ・・・・・・!!」
生きていることを信じている。
それでも、不安になる。
あの、自分たちをかばった背中が、最後になってしまわないように・・・。
この光を、信じたい。
(テッド、おれがお前のもとにたどり着くまで頑張ってくれ!)
おれは、、この紋章を守る。
お前が、おれを信じてこの紋章を預けてくれたことを、けしてムダにはしない。
絶対に絶対に、奪われたりしない。
おまえに誓う。
おれは絶対に、テッド、お前に再び会う!
計算どおり、役人に見つかることなく、宿屋にたどり着いた。
マリーは快く、おれたちを匿うことを承知してくれた。
おれたちのことを、テッドを、信頼してくれる人がいる。
それだけで、とても温かい気持ちになれる。
その宿屋で、おれは一人の男にであった。
いや、出会ったというのか、帝国兵に見つかりそうになったのを庇われたのも事実だが、どうやら、おれたちをダシに食い逃げを図ったらしい。
そのふざけた、ざんばらな黒髪の熊のような大男は、ビクトールと名乗った。
この男との出会いによって、おれは、大きな時代のうねりに巻き込まれることになった。
【END】
Tです。坊ちゃんです。
グレッグミンスターからの脱出。
物語の始まりです。
(04.10.08)
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