ここは、トラン湖のほとりにある、解放軍の本拠地の一角。
その少年は、この城に数多くいる見張りの兵士たちにさえ気付かれる事無く、ひっそりと城へと侵入した。
時刻は昼間。
人々は、この城の中においては、外の殺伐とした世界から切り離され、心穏やかに暮らしていた。
少年は、一旦中に入ってしまうと、皆が仲間としてふれあい、笑いあい、初対面の自分に対しても、身構えることなく受け入れようとしてくれる人々の姿を、本当に、好ましく思った。
「ああ、本当に、いた……。」
少年は、カウンターの向こうの女性に微笑みかけた。
「お久しぶりです、ジーンさん。お元気そうで、何よりです。」
「まあ! 嬉しいわ。私に逢いに来てくれるなんて……。あなたも、元気そうでよかった。……カナイ君。」
085.約束
「街で、噂を聞いたんです。評判の紋章師が、解放軍に迎えられたと……。その女性は、ものすごい美女だと聞いて、もしかしたら、と、思ったんです。」
カナイがにこりと微笑むと、ジーンも嬉しそうにそして、どこかはにかむように微笑んだ。
「カナイ君に覚えてもらっていただけでなく、美女だなんて……、本当に光栄だわ。」
「ジーンさんを、美女と言わない人間にこそ、おれは、その目を疑いますけどね。」
「フフフッ。」
ジーンの妖艶な雰囲気は、カナイが覚えている記憶のまま、けれど、どこか少女めいた響きを持つ笑いに、少し首をかしげた。
けれど、その感覚は、一瞬だけで、カナイは気のせいかもしれないと思った。
「それで……、再会したばかりで悪いのだけれど、頼めますか?」
言いながら、カナイは道具入れから、流水の紋章と、蒼き門の紋章を取り出した。
「あら……。わざわざ、このために私を?」
「まあ、それもあります。」
カナイは、少し申し訳なさそうに、笑った。
ジーンの方は、対して気にしてなさそうに、ニコニコとカナイを見ていた。
「それでも、嬉しいわ。」
「そう言って貰えて、安心しました。」
ジーンは、カウンターに置かれた2つの紋章を、カナイに宿した。
「――ありがとう、ございます。」
カナイは、本当に嬉しそうに笑って、少し紋章の具合を見た後、ジーンの手を取った。
「やっぱり、ジーンさんは、最高の紋章師です。」
「あら、どうして?」
「誰に頼んでも、これほどまで、おれに合うように、紋章を装備させられた人がいなかったんです。やっぱり、これは、ジーンさんが、誰よりも紋章を愛していらっしゃる証拠なんでしょうか……。」
聞くものがいれば、何をそんな臭い台詞を……、身体を掻きながら文句を言ったかもしれないが、幸いなことにここには、ジーン以外の人間はいなかった。
世辞でもなんでもない、素直な彼の言葉に、ジーンは一瞬だけ戸惑ったような表情を浮かべたけれど、彼に他意がない事は、重々承知していたので、曖昧に微笑んだ。
「紋章のこともあったんですが、やはり、一度お会いしたくて……。」
続けて言われた言葉に、ジーンは一瞬、言葉につまった。
「あなたは、おれの大切な仲間ですから――。」
『仲間』
言われた言葉に、ジーンは、一抹の寂しさを感じた。
けれど、同時に、嬉しいと思う気持ちにも偽りはなく……。
「ふふ……、光栄だわ。じゃあ、仲間として、あなたに一つお願いしてもいいかしら?」
「ええ! 何でも言ってください!!」
ニコニコと笑うカナイを見て、そういえば、彼は、仲間の望みをかなえるのが好きだったということを思い出した。
「私、数年ごとに住む場所を移動しているのだけれど……。」
「はい。」
「それでも、私を捜して、何年かごとに来てくれないかしら?」
カナイは、きょとんと首をかしげた。
「そんな事で、いいんですか?」
「ええ。……約束、してくださる?」
カナイは、150年前から変わらない、人を惹きつけてやまないその気性そのままを移しこんだきれいな顔で、にこりと微笑んだ。
「もちろんです。」
その答えに、ジーンは、本当に少女のようにほほを染めて微笑んだ。
ジーンと別れた後、少し城の内部を見たくて、キョロキョロしながらうろついていたカナイは、廊下の角を曲がってきた男に軽くぶつかった。
「すいません。」
「おっと、わりいな。」
謝り、そのまま立ち去ろうとしたカナイの腕を、男がいきなりつかんだ。
「何か?」
「……『何か?』じゃねえ。……お前、誰だ?」
カナイは、改めて男を見た。
筋骨隆々とした体躯の黒髪の大男は、カナイを油断無く検分しているようだった。
カナイは、相手が生粋の軍人ではなく、傭兵か何かだと予想できたが、そのかもし出す雰囲気は、決して一般兵の持ち合わせるものではないと感じた。
「ビクトール殿。この少年がどうかしたのですか?」
男の後ろにいた、解放軍の兵士が、男に敬称をつけて名を呼んでいる。
(なるほど、解放軍の幹部か……。)
どうやら、この男は、その粗野な外見からは想像がつかないほどに、詳しく軍内の情報を――仲間を、把握しているのだろう。
そして、カナイの腕をつかみながらも、腰にある剣に注意をむけていることから、相手の力量を読むことにも長けているであろうことも、わかった。
カナイは、にこっと笑うと、瞬時にその男の腕を蹴り上げ、身を翻し、来た道を駆け戻り始めた。
「待て!! そこの侵入者を捕まえろ!」
男は、カナイを追いかけながら、カナイの前方にいる兵たちに命令する。
命じられた者たちも、慌ててカナイに剣や槍をむけるが……。
フワリ……。
としか言い様のない、軽い動きで、腰の武器を抜くこともなく、自分に向けられた武器を全て飛び越えると、そのまま、窓の外へと飛び出したのだ。
「何――!?」
ビクトールは、慌ててその窓の縁に手をつき、外へ体を乗り出した。
ここは4階。
おまけに、外は、断崖絶壁にそって立てられた城の背部であるため、下は地面より更に遠い湖面。
30メートルは軽くあるであろう高さを、何を躊躇うこともなく飛び降りた少年は、普通の人間であれば、ほぼ確実に死ぬはずのところ、悠々と水面を泳いでいた。
そうして、窓からのぞいているビクトールに気付くと、のんきに手を振って、そのまま霧の湖上へと消えていった。
「……なんだったんだ、あいつは……。」
呆然とつぶやいたビクトールの隣では、真っ青になった兵士達が、やはり呆然とした表情で、少年が消えていった方向を見つめていた。
【END】
何でこんなカップリングを思いついたのか…、まじで謎です。
マイナーにも程がある…。
ところで、ジーンさんの話し方…書こうとして、よく知らないことに気付きました(汗)
ジーンさんは、4主に、向こうから自分を捜して逢いに来て欲しいのです。
自分から逢いに行くのもいいですけど、そっちの方が、嬉しいですもんね。
最後…、おまけ…? ビクさん、ひいき出現です(笑)
(05.03.07)
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