「譲くん――!」

叫びは、海に消えた。




006.幻聴




目の前で、起こったことが……、自分の腕の中にある、彼の姿が……、とても……、信じ……られなかった――……。



平清盛が放った黒龍の逆鱗による閃光は、まっすぐに、私を貫くはずだった。



けれど、その光の前に、立ちふさがった彼と、そして、望美に命をくれた、一人目の白龍の逆鱗が、再び望美を救った。



けれど、砕け散った逆鱗など、目に入らなかった。



望美の瞳に写るのは、物心ついた頃から共にあった、大切な幼馴染の……変わり果てた、姿――。





「い……や……。嫌――!!」





これは、何?

何が、おこったの!?

涙があふれて、譲くんが見えない。

譲の口が、苦しそうに動いて、「泣かないで」と言う。

でも、涙が止まることはない。


奪わないで!

これ以上、私から、何も奪わないで!!

世界が神子を必要としているという理由で、自分たちは生まれ育った世界を一度、奪われた。

共に、この世界に引きずりこまれた将臣くんは、自分と譲くんとはさらに違う時空に引きずり込まれて、3年もの年月を奪われた。

さらに、この世界は一度、神子の手をすりぬけて、この世界でできた大切な仲間を奪っていった。

それなのに――。

まだ、足りないと――!!



譲が言う。

「死にたくない。」と――。



死にたいわけがない。



こんな世界につれてこられなければ、少なくともこんなことにはならなかった。

平凡ながらも、日々の喜びや悲しみを体験し、ずっと共に平和に楽しく過ごしていけるはずだった。





「いやあ――!!」





望美の、聞くものの魂を引き裂くような悲鳴は、海へと消えていき、望美の世界は、そこで途切れた――。



全てのものが色あせる。

何も聞こえない、何も感じない……。

感じられるのは、唯一、冷たくなっていく、大切な彼の身体だけ――。



逆鱗は砕けた。



もう、運命は上書きできない。

もとの世界に還ることもできない。

この世で最も大切な人を失い、自分は何のために生きるのか、その、目標を失った。



世界を救う為に、自分は戦うのだろうか?

――彼がいないのに?



それとも、友のために戦うのか?

――彼がいないのに?



彼がいない世界を救っても、自分に何の意味があるだろうか……。



友のため、仲間のために戦って、確かに彼らは喜ばせることができるだろうが……自分は、何を得られるのだろう……?





……自分の、今、生きている意味は、何だろう……?





「ゆずるくん……。」



お願い、いなくならないで。

いなくなってしまわないで。

ずっと、私の側にいて。

望美の側に――……。





『いやだなあ、先輩。おれはずっと先輩の側にいますよ。』





声が聞こえる。



もう、二度と聞こえるはずのない声が――。

自分の中の記憶が聞かせる。



「それでも、いい――。」



ずっと、その声を聞いていられるのなら――。



「ゆずるくん……。ずっと、一緒。だよね?」

『ええ、先輩。』



しずかに瞳を閉じる。

五感が捉えるものなど、すでに望美には、無意味なものだった。

だから、必要ない。

心の中で、彼の思い出だけに浸っていたい……。

外界を全て拒絶し、望美は眠りにつく。



――ゆずるくん。ずっと一緒にいてね――。

『ええ、もちろんです。先輩。』




望美は微笑む。

それは、誰もが見たことのないくらいに、美しく、そして悲しい微笑だった――。







【END】




天の白虎を初めて好きだと思いました。
1、2では、普通だったのに……。


(05.02.26)



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