「将臣くん、あれ、なんだろう?」
「どれだ?」
私より、3年半前にこの世界へ来てしまって、先に、遥かに大人になってしまった将臣くんが、肩越しに、私が指差しているものを見ようとした。
誰よりも長く一緒にいて、慣れ親しんでいた彼の、何気ない行動。
どうしてか、肩に置かれた将臣くんの手が、とても熱い気がして、……ドキドキした。
002.ベビーピンク
「朔……。」
「どうしたの? 望美。」
その夜、宿の部屋で朔と2人きりになった。
昨日までは、白龍も一緒だったけど、今は違う。
……中身が一緒だとは言っても、さすがに、大人に成長してしまった白龍と一緒に寝るのは、問題があると、男性陣が引きずっていってしまった。
「……うん……。将臣くんのことなんだけど――。」
「将臣どのがどうかしたの?」
「……一緒にいると、ドキドキするの。」
「……。まあ!」
朔は一瞬驚いたような顔をしたけれど、次に、本当に嬉しそうに笑った。
まるで、自分のことのように喜んでいるのがわかる。
その様子がわかって、あまりの恥ずかしさに、枕に顔を埋め込んでしまった。
「……そんな嬉しそうにしないでよ〜〜。」
鈍いことに、今日初めて気付いたこの気持ち。
当たり前だけど、将臣くんには伝えていない。
「ごめんなさい。でも、嬉しいのよ。」
そう言う朔の声は、明るく、少し笑いを含んでいるのがわかった。
「……笑わないで〜〜。」
顔がますますあげられない。
絶対に、真っ赤になってる。
頬が熱い。
「だって望美が、恋を自覚したことも、それを私に話してくれたのも、とても嬉しいから。」
「朔〜〜。」
わかってる。
朔は、からかってるわけでも、面白がってるわけでもない。
本当に、喜んでくれているのだということぐらい。
「う〜〜。どうしたら、いいと思う?」
枕からほんの少しだけ顔を上げて、朔を見ると、朔は本当に優しそうな目をして、私を見ていた。
「どうもしなくていいわ。……私自身の気持ちとしては、望美が将臣どのに気持ちを伝えるのが一番いいと思うけれど……。それは強制できることではないし。……望美が伝えたいと思ったときに、伝えるのが一番いいと思うわ。」
「…………。」
「いつもどおりにしていればいいのよ。将臣どのにとっては、望美は、何も変わっていないのだから。」
そう言って、朔はニコリと私を励ますかのように笑った。
その笑顔に励まされて、少しだけ落ち着いた気がした。
「うん。ありがとう。」
そう言ってまた枕で顔を隠した私を見ていた朔が、ポツリとつぶやいた言葉は、私の耳には届かなかった……。
「……後悔だけは、しないでね。」
次の日は、雨だった。
取り急ぎ、行わなければならないこともないと言う事で、この日は館で各々好きなことをして過ごすことになった。
私は、縁側で、ただボーっと雨を見ていた。
「望美。」
「え?」
雨に気を取られていたからか、それとも、相手が気配を感じさせないように歩いてきたのか、何時の間にか、私のすぐ後ろに将臣くんが立っていた。
「ま、まさ、おみ……く、ん・・・…。」
昨日、朔に「いつもどおりにしていればいい」と言われはしたものの、それが実行できるかどうかは、また、別問題だ。
「ど、どうしたの?」
「……………。」
望美の問いかけには答えず、将臣はただ、望美の顔を覗き込んでくる。
「な、何?」
「……おまえ、昨日から変、じゃないか?」
「え!?」
言われた言葉に、心臓が跳ね上がった。
「そ、そんなことないよ!!」
慌てて首と、両手を振って否定する私に、将臣くんは苦笑した。
「それで、隠してるつもりかよ。」
ん?と、追求するみたいに、私の顔を覗き込んでくる将臣くんの顔が、本当に息がかかるくらい近くにあって、心臓がどんどん早くなってくる。
頬が、熱い……。
(絶対、顔が紅いよ〜〜〜!!)
慌てて、顔をそむけて、両手で頬を抑えようとした私の手を、将臣くんがガシッとつかんだ。
「ま、将臣くん!?」
「……顔が赤いな。」
言わないで〜〜!!
顔どころか、全身が熱を持ったように熱くなっていくのがわかる。
「……熱でもあるのか?」
私のいつもと違う様子と、赤い顔から、風邪でも引いたのかと思ったらしい将臣くんは、コツンと、私の額に自分の額をあててきた。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
私は、声にならない悲鳴をあげて――……、どうやら、気を失ったらしい……。
「う……ん……。」
私は、額にふれる優しい感触に心地よい安心感を感じていた。
それは、私の額にかかる髪をすき、頭をなで、そしてたまに、頬を滑った。
それが、くすぐったくて、気持ちよくて。
ずっとそれを感じていたくて、じっとしてた。
心地よさに誘われたと思ったら、次にくすぐったさに襲われて、クスクス笑って手を伸ばした。
思わずつかんでしまってその正体に気づいた。
将臣くんの、手。
寝ぼけてた私は、その手を握り締めたまま、またやってきた睡魔に身を任せた。
小さいころ、こうやって、一緒に手をつないでお昼寝したね。
譲くんも一緒に3人で寝て、いつも私が最後に起きた。
そしたら、毎回2人の手を私が握り締めてて、起きるに起きれない2人が私の顔をのぞいてた。
なつかしいな。
「クッ……。変わんねえ。」
将臣くんの、笑いをかみ殺した声が聞こえてくる。
ひどーい。
いいじゃない。
将臣くんの手、気持ちいいんだもん。
さっきまで、将臣くんの顔を見るだけで緊張してたのが嘘みたい。
すごく、いつもどおり。
……ううん。
今まで以上に、将臣くんが近くにいるのが嬉しい。
……譲くんよりもずっと……。
私が握り締めた手はそのまま、もう一方の手で、また、私の頭をなでる。
やっぱりくすぐったくて、気持ちいい。
そのまま、本当に眠りに落ちかけていた私の耳に、大好きな将臣くんの、低くて優しい、気持ちのいい声が聞こえてきた。
「……無理、するなよ。」
無理なんてしてないよ。
だって、みんな一緒じゃない。
「疲れたら、休んだっていいんだ。」
大丈夫だよ。
……休んでたら、もっと、怨霊とか増えて、悲しいことが多くなるじゃない。
「……一緒に、いられなくて、ごめん、な。」
……誤らないで。
将臣くんがやりたいことがあるなら、私だって、応援したい。
確かに、みんなみたいに、ずっと一緒にいて欲しい。
でも、そんなわがまま言いたくない。
困らせたくないの。
「守って、やりたいのに、な。」
……ありがとう。
そういってくれるなんて、本当に、嬉しい。
それだけで、すごく幸せ。
でも、私も守りたいの。
将臣くんを。
将臣くんのやりたいことをやらせてあげたい。
将臣くんが傷つくのは見たくないの。
……でも、たまには、私のところに来てね。
今みたいに、一緒にいてね。
ずっとなんて、わがまま言わないから。
だから、今は、そばにいて。
無意識に、将臣くんの手を強く握ってしまった。
「望美?」
将臣くんが、私が起きたのかと、問いかけてくる。
返事、したくない。
まだ、この手を離したくない。
だから――。
「……なんだ、気のせいか。」
このままでいさせて。
せめて今だけ。
また、将臣くんは、離れていってしまうのだから。
涙が出そうになる。
でも、私は寝ているのだから、泣くなんて、できない。
……胸が苦しい。
なんで、いまさら気づいてしまったのだろう。
将臣くんが好きだなんて。
いつもいつも、一緒にいたときは気づかなかった。
今は、前みたいに一緒にはいられない。
気づかなければ、よかったかな。
でも、気づいてしまったのは、仕方ない。
この人が、私のものになるなんて、想像がつかない。
きっと、一生、無理だから。
だけど――。
今だけは、私のもの。
今、だけは――。
【END】
はい、将臣×望美です。
久しぶり〜。
ってか、これ、6月に書いてそのまま忘れてました…(汗)
新たにもうひとつ遙か書いて、ようやくこの存在に気づきました。
(05.10.11)
BACK