「どうした、望美?」

「うん、これ、拾ったの。」

「……ガラス壜?」





007.ガラス壜の中の手紙





「めずらしいな、どこから流れ着いたんだろう?」

「やっぱり、舶来から?」

「だろうな。この時代、日本じゃガラス壜なんて作ってないだろうし。」

「……この時代、西洋にはガラスってあったんだ……。」

「はあ? ……おまえ……。」


将臣くんが、あきれたようにため息をついた。


「まあ、あんまり知らないものなのかも知れないが……、ガラス自体は紀元前からあったらしいぜ。そうだなあ、そろそろじゃねえの? ステンドグラスの技術が確立されたのって。」

「そうなんだ!」


本気でおどろいて叫んだ私に、将臣くんが苦笑した。


「しかしなあ。ここまで流れ着くのは珍しいんだろうなあ。」


言いながら、将臣くんは、少し緑がかったワインの壜のようなそれを私の手から取り上げて日にすかした。


「ああ、やっぱり、あんまり透明じゃないんだな。」

「そうなの?」


言いながら、私もその壜を覗き込む。


確かに、私が一般に『ガラス』として認識しているものに比べると、どこか違う、古めかしさ、いびつさを感じた。

でも、そんなことは、私にはあまり大した問題じゃなくて……。


「ねえ、将臣くん。」

「ん?」

「海って、どこまでも、続いてるんだよね?」

「……そりゃそうだろ? 海って言ったら色々名前はついてても、結局はつながってるはずだしな。」


将臣くんは、またあきれたように、何を言い出すんだ、こいつって感じの眼で私を見下ろしてきた。

その眼にちょっとだけムッとする。


「わかってるよ! それくらい!! そう言う意味じゃないわよ!!」


ぶすっと頬を膨らませたままそっぽを向いた私に、将臣くんが笑いをかみ殺しながら謝ってくる。



なによ!

ごまかしたって、まるわかりなんだから!!



子ども扱いされてるのがものすごくよくわかる。

前から、将臣くんにはそんなところがあったけど、この時代にきてからは、さらにそれがひどくなった。

仕方ないことなのかもしれない。

前は同い年だったけど、今は――。



「悪かったって。で、どういう意味で言ったんだ?」


私の前に回りこんで、両手を合わせて頭を下げた将臣くんが、言った言葉で、自分が言いかけてたことを思い出した。


「……笑われるから言わない。」

「そんな事無いって!」

「ぜったい、笑う。」

「だから、何だってんだ?」


我ながら、子供っぽいことを考えたと思ってた上、実際には絶対ムリだということもわかってる。

けど、ちょっとだけ、ほんの少しでも可能性があるなら、やってみたかったのだ。


「………………み。」

「なんだって?」


聞き取れなかったみたいで、将臣くんが聞き返してくる。


「手紙、入れて流してみたい。」

「……手紙?」


繰り返して、将臣くんはやっと理解したように手を打った。


「別に、笑わないさ。……で、誰に流すんだ?」

「……お父さんとお母さんに。」

「……………………。」


ボソッと告げた答えに、将臣くんは、自分の前髪をクシャッとかきあげた。


「……そうか。」

「……うん。……解ってるんだけどね。……同じ場所でも、違う世界。しかも時代が全然違う。……届くわけ、ないって。」

「……そんな顔するなよ。……願えば、届くさ。きっと。」


どんな顔したんだろう?

将臣くんが、すごく悲しそうな顔で私の顔を覗き込んでくる。



将臣くんに、心配、させたいわけじゃないのにな。

将臣くんだって、家のこと心配してるだろうし、将臣くんちのおじさん、おばさんだって、きっと、将臣くんと譲くんのこと、心配してる。

だから、私たちは、無事だって知らせたい。

会えないけど、元気にやってるってこと。



「書いたらいいさ。……願えば届く。おまえの願いなら、な。」


将臣くんの言ったことがよくわからなくて、私は首をかしげた。


「どうして、私の願いなら、なの?」

「おまえは、白龍の神子だから、な。きっと、祈りは届くさ。」



こじつけかもしれない。

気休めかもしれない。

それでも、将臣くんが『届く』と言ってくれたら、本当に、届くかもしれないと思う自分が不思議だった。



「うん。きっと、届くよね。」

「ああ。」


力強く頷く将臣くんの言葉が嬉しくて、ニッコリ笑った私に、将臣くんも笑ってくれた。


「やってみろよ。」

「うん。」


弁慶さんから紙とすずりを借りてきて、手紙を書いた。

書きたいことは一杯あるのに、実際書こうと思うと思いつかなくて、結局、『私たちは、元気です。』って書いて壜に入れた。

しっかり栓をして、海に流す。

そのガラス壜が、波に揺られて、どんどん沖へと流されていくのをただ2人で見つめる。


「届くかな?」

「絶対届くさ。」


しつこいくらい問い掛ける私に、嫌な顔もしないで、将臣くんは答えてくれる。

その優しさが嬉しくて、浜辺に座り込んだ将臣くんの肩に、こてっと頭を乗せる。


「望美?」

「うん。」


名前を呼ばれて返事をする。



知ってるはずの知らない世界。

知ってる人がいない世界。

そんな中に、ひとりきりで放りだされなかったことは喜ばないといけない。

ひとりだけ先に放り込まれた将臣くんに比べたら、ずっとましだったんだから。



「将臣くん?」

「……なんだ?」

「……側に、いてね。」

「……ああ。」



うそつき。

でも、正直もの。

それはできないけど、私を悲しませたくないから、ちょっとつまって同意してくれた将臣くんの気持ちがよくわかる。

それでも、いい。

今だけは、側にいてね。

将臣くんがこの世界で大切にしてるものがなんなのか、私も知らない。

でも、それでも――。

私が、この世界で一番大切だと思うものは、将臣くん、だから。



だから、どこの世界にいても、同じ時間を刻めることが、嬉しかった。

それだけでいいから。

『おまえは還れ』って、それだけは言わないで。

お願いだから。



ギュッと将臣くんにすがりつくように握り締めた手を、ポンポンと将臣くんは優しく叩いた。



まるで、小さな子供をあやすよう。

それが悔しくて、嬉しかった。

きっと、将臣くんは、私がお父さんとお母さんを恋しがってると思ってるんだと思う。

それは違うけど、否定はしない。

将臣くんが困るだけだから。



そうするうちに、ガラス壜は、完全に波間の向こうへと消えていった。



「そろそろ、戻るか。」


それを合図にしたかのように将臣くんが、立ち上がった。

それが、少し寂しくて、ちょっとだけすねたように口を尖らせた私に、将臣くんがまた苦笑した。


「譲が、心配するだろ?」

「……そう、だね。」


きっと、皆心配してる。

ううん。

将臣くんが一緒にいるから、そんなにはしないと思うけど。


「帰ろうか。」

「ああ。」


立ち上がって、砂をパッパッと払うと、私は将臣くんの前を駆け出した。


「宿まで競争!!」

「はあ!?」

「よーい、ドン!」

「望美!!」


将臣くんのあきれたような、慌てたような声が後ろから聞こえる。

少し走った後、追いついてきた将臣くんにつかまった。


「おれに、敵うわけないだろ?」

「そんなことないもん!」


膨れる私に、将臣くんが笑う。

両手に抱きしめられて、ドキドキする。

こんな気持ち、きっと私だけ。


「一緒に、戻ろうぜ。」

「……うん。」


隣を歩き始めた将臣くんに、私はゆっくり肩を並べて着いていく。



ガラス壜に入れた手紙。



本当に届けたかった相手は、もしかしたら将臣くんかもしれない。



隣にいるのに、言えない言葉。

ずっと側にいてくれないから、言えない言葉。

嘘になるから、言えない言葉。





『私は、元気です。』





【END】



…「遙かなる時空の中で3」4作目。(3作目だと思い込んでました…汗)
やっぱり、またお相手は将臣くんで。
一番最初に落としたのが将臣くんで、将臣くんの正体を、まさにリアルタイム(?)で知ったんですよね。
その衝撃たるや……!!
偶然とはいえ、一番よい選択をしたなあと、自分で満足していました。
今回の小説(も?)ちょっと、切ない気持ちを表現したかったのですが、できてるかなあ?


(05.08.17)



…と、昨年アップしようとして放置されていた哀れな作品。
漸くここで、日の目を見させてあげられました(;^_^A
…現在、PCのエンターキーがまともに反応しません。
更新、ますます遅くなります…m(__)m
(06.08.20)




一言感想

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