うそだ、うそだ、うそだ、うそだ……。
「いやあ―――――!!!!!!!」
何度も何度も夢が彼の死を思い出させる。
まるで、自分の罪を忘れるなと、そう、言われているように。
逆鱗を失った自分に、彼を取り戻す手段などあるはずがない――。
007.消えて なくなる
夢の中の自分の声で、目が覚めた。
心臓が壊れそうなくらい、速く脈をうつ。
冷たい手は、小刻みに震えている。
全身が冷たい汗にぬれていて――。
「……寒い。」
つぶやいた言葉と共に、頬を伝う何か。
震えたままの手で覆った顔を濡らしながら、後から後からあふれる。
失ってしまった。
誰よりも近くにいた。
あの、優しい存在を。
――自分の所為で……。
「ごめんなさい……。」
謝っても、謝っても、許される事ではないことくらい、解っている。
それでも、望美には、それをする以外、できることはなかった。
「ごめん、ごめんね。――譲くん。」
彼の暖かさに甘えて。
優しさに守られて。
ただ、自分は笑っていた。
その影で、彼が何に苦しんでいるのか。
何を求めているのか、気づこうともせずに。
彼を苦しめつづけて、最期に――。
「……死なせてしまった――。」
つぶやいた望美の瞳には、……何も映ってはいなかった――。
気がつけば、望美は法住寺の中にいた。
一千一体ある観音像を、ただ眺めている自分に気がついた。
いつの間に、自分はここを訪れたのだろう?
自分は、何をしているのだろう?
まさか、譲くんに似た観音像を無意識に捜しているとでも言うのだろうか?
その考えに、皮肉な笑みが浮かぶ。
滑稽だ。
例え、見つけたとしても、それがどうなると言うのだろうか……。
「――望美!?」
突然、自分の名前を呼ぶ声が聞こえた。
誰だかはすぐにわかった。
緩慢な動きで、そちらを向けば、予想通りの相手が、驚いた表情で立っていた。
「……将臣……くん……。」
名前を口にしたとたん、張り詰めていた気持ちの線が、緩むのを感じた。
慌てて近寄ってくる将臣に、すがりつきたくて、手を伸ばして――。
凍りついた。
伸ばした手を慌てて自分に引き戻す。
震えている。
将臣の胸に飛び込みたかった。
飛び込んで、ただ、ひたすら泣きたかった。
誰よりも安心できる、暖かい幼馴染の胸の中で――。
でも、将臣にすがりつける資格なんて、自分には、もう――ない。
その事実に、ただ、怯えた。
「なんつうカッコしてんだよ! 風邪引きたいのか!?」
バサリという音と共に、いつも将臣が着ている赤い上着が望美の肩にかぶせられた。
そこで、望美は自分の格好にようやく気がついた。
この世界でのねまき――単のまま、しかもはだし、だった。
そんな姿のまま、ふらふらとこんなところまで来ていた自分に、また、滑稽な笑いが浮かぶ。
「ったく、何してたんだ? 他のヤツラは!?」
「……いない。」
「はあ!? 譲は? アイツがオマエを1人にするはずないだろう!?」
自然に将臣の口から出た名前に、望美の肩がビクリと大きく震えた。
「……望美?」
そうか、知らない……のだ。
将臣は、譲の「死」を――。
苦しいくらいに心臓の音が大きくなる。
告げなければならない。
誰よりも、自分が――。
「ご、めん……。」
「……望美?」
「ごめん、なさい。」
ジワリと滲む涙を必死でこらえる。
今までは、泣きたくても泣けなかった。
なのに、将臣を前にするだけで、安心して、泣きたい気分になる。
――誰よりも、泣いてはいけない人の前で――。
この世界で知り合った、信頼出来る仲間はたくさんいる。
でもやはり、将臣と譲は、また、別格なのだ。
いや、……だった、のだ。
そんなことに、今更気づいたとしても、もう……遅すぎる。
「ゆ、ずる……くん、は――。」
告げなければならない。
そう、自分にはその義務があるのだと、そう自分に言い聞かせるものの、声にはならず……ただ、息だけがこぼれた。
「望美?」
そんな様子のおかしい自分に、将臣は心配そうに背をかがめて顔を覗き込んでくる。
優しくしないで。
優しくしないで。
もう、私には、そんな資格など、ない、のだから――。
そう、もう、私、には――。
「――み! 望美いるのか!?」
将臣くんの背後から、私を捜す声が聞こえた。
たぶん、朝起きて私の姿がない事に、慌てて捜しに来てくれたのだろう。
将臣くんが、私より早くその声に反応して顔を上げて振り向いた。
「九郎! ここだ!!」
「――将臣!?」
私を呼んだのは、九郎さんだった。
九郎さんも、いるとは思わなかった将臣くんに対して、驚きの表情と共に――、つらそうな、顔をした……。
「……九郎?」
その九郎さんの様子も、いつもと違うことに、将臣くんが眉を寄せた。
「……なんか、あった、のか?」
「あ、ああ……。」
九郎さんも、言いづらそうに口篭もり、私を見た。
単に裸足。
将臣くんの上着を着せられただけのひどい格好で立っている私に、痛ましい目を向けたのがわかった。
その九郎さんが、次に口を開こうとしたのを、――私が言葉を紡ぐ事で遮った。
これだけは、私が、告げなければならないこと、だったから……。
「譲くんが、死んだ、の……。……私を庇って――。」
将臣くんの目が、驚愕に広がるのが、解った……。
――将臣くんは、何も言わなかった。
ただ、私を悲しそうな目で見ただけだった。
どうして、そんな風に私を見るのか、わからなかった。
将臣くんが、悲しくないはずが無いのに、それでも、将臣くんは、私の顔を覗き込んで、優しく頬に触れてくれた。
そして、乱暴だけど、優しい手で、私の頭をなでてくれた。
――なぜ?
どうして、そんなに優しいの?
あなたの――弟を殺したのは、私、なのに……。
気がつけば、私を将臣くんは、九郎さんと共に、京邸へと戻っていた。
そこで、九郎さんが、私の代わりに譲くんの死の状況を説明してくれた。
……将臣くんは、ただ黙って、黙って静かな顔でそれを聞いていた――。
「……すまない、将臣。」
九郎さんが、将臣くんに頭を下げた。
「謝るなよ。……おまえの所為じゃ、ないんだから……。」
搾りだすような、苦しい声で、将臣くんはそう言うと、一人になりたいと皆に告げて、庭の方へと歩いていってしまった。
残された他の皆は、黙って、うつむいて、暗い顔をしていた。
……譲くんが死んだのは、私の所為。
……皆が、そんな顔をする必要なんて、どこにもないのに――。
私は、その場にいることができなくて、将臣くんの後を追いかけた。
将臣くんは、譲くんが育てていた花壇の前に立っていた。
「――望美か。」
「……うん。」
「……来るなって、……言っただろ。」
「……うん……。……ごめんなさい……。」
将臣くんは、私の方を見ようともしなかった。
ただ、肩を震わせて、何かを耐えるかのように、両手を握り締めていた。
私は、他に言う事が何もみつからなくて、静かにその背中を見ていた。
「――九郎……。……源九郎義経……か。」
「……? 将臣くん……?」
何かを確認するように、――どこか、怒りを抑えるように将臣くんは九郎さんの名前をつぶやいた。
確かに、軍の総大将は九郎さんだけど――。
九郎さんの軍に、譲くん以上の弓の使い手が、あの時はいなかったのも原因だけど――。
「――いや。……なんでもない。」
ごまかすように、頭を振って、何かを振り払った将臣くんの背中に、私は語る。
「……九郎さんは、……関係ないよ……。……譲くんを、死なせてしまったのは……私だもの……。」
そう、私。
あの時、黒龍の逆鱗から放たれた光に驚き、避ける事ができなかった私以上に、悪い人など、いないのだ――。
「――望美。」
「……ごめんなさい。……本当に――。……あの時、私が避ける事ができたら――。ううん……狙われたのが私なんだから……、私が受けていればよかったのに――。」
「望美!!」
「ごめん。……ごめんね――。」
もう、目の前の将臣くんに謝ってるのか、それとも……、譲くんに謝っているのか……。
――自分でも、わからなかった。
「望美!」
バシィ!!
頬に痛みを感じて、私はハッと顔を上げた。
「……目が覚めたか?」
将臣くんは怒っていた。
「……ごめん――。」
「……もう一回、殴られたいのか? ――謝るなと、俺は言ってる。……譲の死を、ムダにするような発言を、オマエがするな。」
「……将臣く……ん……?」
「――頼む。」
将臣くんの声が震えたのがわかった。
もう、何年も聞いた事のない声。
でも、確かに――。
「将臣くん、泣いて……?」
「――俺が泣けるかよ。」
「でも――。」
たった一人の弟なのに。
譲くんが死んで、悲しくないはずがないのに。
「――オマエが、譲を殺したって言うのなら、……俺も同罪だ。」
「え?」
将臣くんの言っている意味がわからなかった。
ただ、将臣くんは、私をとても悲しそうな目で――辛そうな目で見て――。
「ま、将臣……くん?」
抱きしめられた。
将臣くんの体は、大きくて、あったかくて――。
でも、今は、なぜか小さく見えた。
いつもこの人の背中に守られて、そして、後ろを振り返れば優しい瞳が私を見てて――。
……それが、当たり前だったのに――。
私の目から、また、涙がこぼれた。
私は黙ったまま、将臣くんの背中に手を回した。
将臣くんは、一瞬ピクリと反応したけど、振り払うことはなく、黙って私を抱きしめたまま、じっとしていた。
なぜ、将臣くんが、私と同罪なのかはわからない。
私にわかるのは、将臣くんが、譲くんの死を、私の所為じゃなく、自分の所為だと考えていること――。
何故?
と、疑問が浮かぶ。
でも――。
「将臣、くん……。」
泣きたいのに、泣けない。
そんな気持ちが伝わってきて、余計に、私は悲しかった。
ただ、小さく震える将臣くんの体を、抱きしめるしかできない。
そんな小さな私が、――悲しかった。
「……望美。」
「え……?」
しばらく、そのまま黙って私を抱きしめていた将臣くんがポツリとつぶやいた。
「――オマエは、死ぬな。」
「……でも――。」
「譲の死に責任を感じているのなら、余計に、だ。」
「将臣、くん……。」
「――絶対、死ぬな。」
将臣くんは、そう言うと、私を突き放すように急に体を離した。
そして、振り返ることなく、邸の外へ続く門へと歩いていく。
「将臣くん!」
その背中に呼びかける私に、将臣くんは振り返らなかった。
ただ、手をヒラヒラと振っただけだった。
――将臣くんは、もう前を向いている。
いつまでも後ろを向いていれば、死ぬだけだ。
この世界では、それが当たり前なのだ。
将臣くんだって、悲しくないはずがないのだ。
でも、仕方がないことだと、割り切ってしまったのかもしれない。
でも――。
「将臣くん……。私には、出来ないよ……。」
私はそんなに強くない。
『死ぬな』と将臣くんに言われてしまったから、それは出来ないけど――。
それでも、今までと同じようには、『生きる』ことができない――。
――側にいて。
――側にいて。
お願い。
もう、私の側から離れていかないで――。
もう、二度と、将臣くんにはいえない言葉。
それでも――。
「側に、いて欲しかった――。」
将臣くんと、譲くん。
2人の手を握って、肩をならべて、無邪気に笑っていられた頃には、もう、絶対に戻れない。
それを望むことすら、すでに自分にとっては罪だけれど――。
1人は完全にその手を失い。
1人の手には、すがることが許されなくなった。
確かにいたはずの、暖かい存在が、いなくなってしまった。
それを寂しいと言う資格すらなくて――。
ただ、泣く事しか、できなかった――。
【END】
…救われない話。
というか、まとまらない話…(汗)
…どうしてこうなんでしょう…。
(05.11.15)
(06.04.15)
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