モノクロの世界。
あの男が、いない世界。
――私は、あの男を求めて、また、時空を跳躍する。
010.血痕が語るもの
夏の熊野路。
あれほどに、鮮やかに世界が見えた事は、一度たりともなかったかもしれない。
戦の中ではなく、初めて私は、あの男に出会った。
――あの男に出会うこと自体は、初めてではなかったけれど。
あの男にしてみれば、間違いなく初めての出会いだった。
――楽しそうだった。
気だるげな様子は、今まで出会った何人ものあの男と変わらなかった。
それでも――。
どこか、楽しそうで。
今まで出会ってきたあの男たちにも、こんな面があったのだと思うと、それを知ることができたことに対する喜びと……。
――知らなかった、悲しみが、私の心を苦しめた。
あんな男は、アイツしかいない。
何度、あの男を求めて時空を巡っても。
何度、この手を伸ばしても。
私の腕から、器用なまでにすり抜けていく。
一抹の未練もないような、清々しい笑顔を浮かべながら……。
――私の前から消えていく。
ずるい。
ずるすぎる。
1人で満足して。
1人だけ、幸せそうに。
引裂かれるような胸の痛みを私に残して――。
――いっそ、私も道連れにしてくれればいいのにと、何度思ったか解らない。
残酷な、男。
……だからこそ、私は時空を巡る。
私を道連れにしてくれる、男を求めて。
私が行く先々にいるあの男。
それは、私が一番最初に望んだあの男ではないけれど……。
でも、あの男以外ではありえない。
――どこまでも、強く、残酷なまでに、私を惹き付ける。
そして、最期には、私の手で、満足そうにこの世を去っていく。
男は私の前に立つと、例外なく、笑みを浮かべた。
残酷な、笑みを――。
男が私に求めるのは、唯1つ。
――闘い。
それがつらくて、――悲しくて。
……けれど、男の狂気に囚われたような、紫の瞳がきれいだと――。
――見惚れる私がいる事も、否定できなくて。
――私は、剣を振るう。
あの男が求めるように。
――私が、求めるように……。
そして、また、男が私の目の前から、私の手をすり抜けて、消えていく。
何度この場面を目にしたことか。
――またか、と思った瞬間、私の視覚から、また、全ての色が失われる。
モノクロの世界。
……あの男が、消えた、その後の……世界。
ポタリ……。
私が握る刀先から、船の床に何かが落ちる音がした。
……赤い。
それだけが、眼に鮮やかに飛び込んできた。
――なんて、鮮やかな赤……真紅。
「……きれい……。」
私は、刀身を太陽にかざす。
所々、いびつに光る、その鋼を舐めるように流れる、真紅。
あの男の、血。
その色に、囚われる。
『オマエは、俺と、よく、似ている……。』
――そうかも、しれない。
……もう、否定などしない。
心の中でそうつぶやけば、記憶の中のあの男が、笑ったような気がした。
眼を、閉じる。
その色が、脳裏にまざまざと焼きついたように、紅い。
あの、男の、色。
…………。
――まだ、終わらない。
まだ、諦めない。
だって、私はこんなにも――。
「あの男が欲しい。」
逆鱗を握り締める。
あの男を手に入れるまで。
――私は、何度でも、時空を巡る。
「知盛。」
男の名を呼べば、脳裏に浮かぶ男が、ニヤリと笑う。
『……源氏の、神子。……次の逢瀬を、楽しみにしている……。』
――私も、と。
……私のどこかで、つぶやく、私がいた――。
【END】
初知盛×望美です(笑)
…いや、笑えるような内容ではないですが…(汗)
書き上げてから、ずっと放置されてました。
少なくとも、3ヶ月以上は…(苦笑)
十六夜出てから、そう経たずに書いた覚えがあるなあ…。
内容は、読んでの通り、暗いです。
久しぶり(?)に狂気めいた主人公が書けて楽しかった記憶が…。
まあ、私らしい小説といえば、私らしい小説です。
知盛、結構好きですv
十六夜は、夏の熊野だけ繰り返しやってたり。
感想いただけたら幸いです。
(06.05.14)
(06.06.12)
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