気持ち
こんな気持ちになるなんて、やっぱりどうかしていると思う。
「やばいよな〜」
タバコの煙をゆっくりと吐き出し、その煙を追うように空を見上げる。
目に痛いような青い空。
屋上の手すりにもたれかかったまま、金澤はため息をつく。
日野香穂子。
不運にもファータが見えてしまったため、初心者であるにもかかわらず、コンクールに出場を余儀なくされた女生徒。
今回のことがなければ、おそらく一生音楽にかかわることなく、自分とも会うことはなかったであろう。
生徒たちのにぎやかな声が遠くから聞こえてくる。
「若人は元気だね〜」
頭をめぐらして上から生徒たちを見る。
みな、思い思いに気の合う連中とつるみ、ゲームやスポーツ、授業の話、音楽科の生徒は専攻楽器の話や、コンクールの話。
内容を聞かなくても容易に想像できる。
自分も昔はそうだったから…。
しかし、いまは…
ちっ
短くなったタバコを携帯灰皿につっこむ。
その灰皿を見て、口元が緩む。
これもあいつにもらったものだ。
そしてまた、ため息をつく。
あいつー日野香穂子は、およそ若者らしくないものを持ち歩き、金澤にそれをくれる。
この灰皿のほか、マゴノテやら携帯ラジオなど。
ましてやミルクパンをもらったときなど、何でこんなものを持ち歩いているのかと、笑いをこらえるのに必死だった。
思い出して笑みがこぼれる。
自分でも、かなり表情が豊かになって、百面相でもできそうな状態であるのに気がついている。
原因はとうにわかっていた。
日野はまじめで、がんばりやだ。
努力を惜しまないその前向きな姿勢が好ましいと思う。
この、何もかもをあきらめてしまっていた自分に、もう一度歌うのも言いかと思わせるほど、その真摯な心で周りのものを前に向かせる。
あの気難しい月森でさえ、彼女の前では笑顔を見せる。
ほかの出場者にいたっては言うまでもない。
彼女の周りには常に笑顔があふれている。
「ほんと、やばいよな〜」
口元を覆いながらつぶやく。
一生に一度と思った恋に破れて以来、人をもう一度好きになることなど、ないと思っていた。
しかも相手が、生徒だとは…。
「あいつには、同年代の若くて元気な男が似合いだってーの」
何故気づいてしまったのか。
気づかなければよかったのに…。
自分の気持ちに対してか、リリに対してかもしれない。
本当にあいつに気づかなければよかったのに。
今更、どうしようもないことを思う。
「ま、気づいちまったもんは、どうしようもないんだけどな〜」
自嘲したところに、声が聞こえた。
「先生、質問があるんですけど…」
振り向くと、香穂子がいた。
楽譜を抱えたまま、金澤をじっと見ている。
一瞬あせる。
(もしかして聞こえてたか…?)
驚いて、声を出せずにいる金澤を不思議に思ったのか、香穂子が首をかしげる。
「金澤先生?」
そのしぐさがなんとも言えずかわいい。
(こりゃ、重症だな。)
「いや、なんでもない。」
香穂子の変わらない様子を見て、自分の言葉が聞こえてなかったことがわかり、ほっとする。
「質問な、面倒くせー。」
ぶつぶつ言いながらも、結局答える気になっている金澤を見て、香穂子が笑う。
鈴を転がすような声が、耳にくすぐったい。
自然と金澤にも笑みが浮かぶ。
言えるわけがない。
自分の気持ちが。
自分を先生として純粋に慕っているこの、綺麗な少女を汚したくはない。
コンクールが終わるまでの辛抱だ。
自分に言い聞かせる。
このコンクールが終われば、彼女とのつながりはおそらく消える。
そう考えると、胸が痛む気がした。
多分気のせいではないだろう。
この胸の痛みが消えることはないかもしれないが、それでいいと思った。
香穂子にはずっとこのままでいてほしい。
「先生どうかしたんですか?」
いつもと違う金澤の気配を察知して、香穂子が心配そうに聞いてきた。
「いや、なんでもない。…お前さんはこのままでいてくれよ。」
金澤の言葉の意味がわからず、香穂子は首を傾げた。
けれど…
それでも素直に「はい」と答えた。
[END]
コルダ2作目です。なんとなくこんな感じであってほしい。
・・・いえ、金澤先生、もっと積極的でもいいんですが。
1作目よりは自分なりに言いたいことを表現できたかなーと、思います。
イメージ違ったらごめんなさい。
感想をいただけると幸いです。
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