暑い日だった。



スタッフや共演者たちは、一様に疲れた顔をし、暇があれば汗をぬぐい、皆、すでに気力だけで自らの役割を果たしていた――。





005.唇から覗く舌





俺自身も、さすがに、この暑さには参っていた。



そんな中で、俺からほんの2、3メートル離れた場所に、一人、少女は静かにいすに座り、台本を読んでいるようだった。



「ほら、蓮。しっかり水分の補給をしろ。こんな炎天下じゃ、いつ倒れてもおかしくないからな。」

そういいながら、何時の間にか、俺のすぐ側に来ていた社さんが、冷えたミネラルウォーターのペットボトルを手渡してきた。

「ええ、ありがとうございます。」

俺は、笑いながら、それを受け取る。

確かに、喉の渇きを覚え始めたところだった。

適度に冷やされたそれは、手に気持ちよく、口に含むと一瞬だが、爽やかな感覚を与えてくれた。



社さんは、俺が飲んだのを確認すると、そのまま、彼女の方へと歩いていった。

未だ、マネージャーの決まっていない彼女に、何かと社さんが世話を焼いているようで、今も、彼女のためにミネラルウォーターを届けに行ったのだ。

彼女は、笑ってそれを受け取り、口に含む。



その瞬間、彼女の首筋に、髪から汗がポトリと落ちた。

そして、そのまま、胸元へと流れていく。



その、汗から、何故か、目が、放せなかった。



彼女の健康的なみずみずしい若い肌を、滑るような流れに、目が奪われ、背筋がゾクリとした。



鼓動が、早くなるのを感じた。



その時、彼女がふと視線でも感じたのか、俺の方を向いた。

そして、俺と目があうと、ニコリと笑った。

「暑いですね、敦賀さん。」

そう言って、彼女はペロリと舌を出した。



何気ない仕草。

何気ない表情。



彼女にとっては、いつもどおりの行動だった。

単に、何も考えず、愛想を振り撒いただけ。

だが、俺の目には、彼女の口――舌の『赤』が、鮮やかに映った。

ザワザワと、胸が騒ぐ。

思わず、喉に乾きを覚え、持っていた水を口に含むが、乾きは癒される事がなかった。



こんな感覚を覚えたのは、初めてだった。



彼女に、触れたいと、無償に思った。



その、柔らかい肌に触れ、その滑らかな感覚を感じたい。



誰の目にも触れることが無いように、腕の中に閉じ込めたい。



そして――。



――彼女の、その、形の良い唇に触れたい。



触れて、果実のように赤いその舌をむさぼりたい――。



そんな、狂気にも似た欲望……。





「敦賀さん?」

彼女を見つめたまま、一言も発しない俺を、彼女は不思議そうに見た。

彼女は、俺が自分をどのように見ているのかなど、全く気がついていない。

「いや、なんでもないよ。」

そう言って、笑う俺に、彼女はホッとしたような表情を見せ、そして、微笑んだ。

その柔らかな笑顔がまた、俺の心を捉えて離さない。



……カキミダス……。



彼女にとって、俺は、ただの事務所の先輩に過ぎない。

俺自身、彼女との今のこの関係を崩したいとは、思わない。

今の、俺のこの、黒く、強い欲望を知れば、彼女は、俺の前から逃げ出すだろう。

だからこそ、今は、知られてはいけない。

俺は、心の中の欲望に、幾重にもベールを重ねる。

決して、この闇に、気付かれる事が無いように――。





……今は、まだ――。





【END】


初スキビ。
なんていうのか、いざ、書いてみると……。
ごめんなさいとしか、いえません。
……蓮様と違う……(泣)



(05.03.22)


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