盗賊退治
各街からの定期報告を読みながら、リオは必死に欠伸を堪えていた。
シュウは王がそう軽々しく出歩くものではないと煩いのだが、基本的にデスクワークが苦手なリオは、城で行う仕事のほとんどをシュウに任せている――もちろん、最終的にはリオ自身でも確認しているけれど。
デスクワークよりアウトドアワーク。椅子に座っているよりは外で動きまわる方が好きなリオは、ちょくちょく外に出かけては自分の目で確認しているのだ。齎される報告のほとんどは、すでに既知のものばかり。
そんなわけで、リオにとって定期報告を読むという作業はかなり退屈な仕事であった。
「う〜……眠い」
半分くらいにまで減った報告書を横目で見て、ちょっとだけ寝ちゃおうかな、なんて考えて机の上に突っ伏した。
とろとろと瞳を閉じかけたちょうどその時、コンコンっと扉を叩く音がした。
「あ、はいっ!?」
思わず裏返った声に、ガチャリと扉の開く音が重なる。
「やあ、仕事は順調?」
くすくすと苦笑混じりの声とともにやって来たのはリオが尊敬してやまない人物であり、現在リオに行儀作法その他を教えてくれている人物――ティルであった。
「差し入れ、持って来たんだ。一緒に食べよう?」
「うわああっ、ありがとうございますぅ。今ちょうど休憩しようと思ってたとこなんですよっ!」
リオはばさっと乱暴に机の上の書類をベッドの方へ移してテーブルを空けた。
「そう? じゃあちょうど良かったね」
言いながらティルは、お菓子と水筒を机の上に置いて、それから少し考える仕草を見せた。
その視線の先にあるのはベッド――というよりも、書類。
「…………」
浮かれて思わず乱暴な扱いをしてしまったが、それがあまり良いことではないのはわかっている。
怒られるのかと思って少しだけ身を硬くしたリオの頭に、ティルはその左手をぽんと軽く乗せた。
「頑張ってるみたいだね、リオ」
「あ、はいっ」
にこりと。
微笑むティルは本当に穏やかで、優しい。
見ているこちらの気持ちまでもほんわかと暖かくなるような笑みだ。
「まずはお茶にして……それから、一緒に片付けようか」
「え?」
「だって、大変でしょ? あれを片付けるのは」
とにかくティルが持ってきてくれた差し入れを置く場所をと思って避けた書類は、見事なまでにばらばらで。
読み終わった物とそうでない物を分けるのも大変だろう。
「……ごめんなさい」
シュンと俯いたリオに、ティルはくすりと笑みを零す。
「ま、僕も書類整理は好きじゃないからね。気持ちはわかるよ」
言いながらもティルはバスケットを開けて、コップとお菓子を出してきた。水筒のお茶をコップに注いで、2人のんびりと時間を過ごした。
その、翌日。
リオ、ティル、テッド、カイリの4人は、最近盗賊が現れるという街道にやってきていた。
ちなみに盗賊退治の立案者はリオではなくティルである。昨夜リオの書類整理を手伝った時に見つけたこの報告に、なにやら興味をそそられたらしいティルは、その場でリオに提案し、翌日速攻実行に移したというわけだ。
当然ながら、ティルが積極的に動いているその時点でシュウに勝ち目はない。笑顔ひとつでシュウを倒し、一行はこの地にやってきたというわけだ。
「なんで俺まで……」
がくりと肩を落として呟いたのはカイリである。
「ここまで来てから言う台詞じゃないよな」
のんきに笑うテッドをカイリはキッと睨みつけた。
「起き抜けにいきなり引っ張り出されてそのままテレポートだぞ!?」
反論する暇もなければ逃げる暇もなかったというのが真実である。
まあ、リオにおねだりされればそれはそれで多分了解したのだろうけど、無理やり連れてこられるのと一応でも納得して来るのではずいぶんと気分が違う。
「……すみません、急にお願いしてしまって」
すまなそうに見上げてくるリオの瞳がうるうると潤み始める。
カイリは思わず、ぽんっとその頭に手をやった。
「リオは別に悪くないから……。それに今日だって特に用事があったわけじゃないし」
「そうですか? 良かった」
リオはほっと息をついて笑う。
「で? なんで今日に限ってこんな強引なんだ?」
ジロリとカイリが睨みつけた先は当然ながら今回の諸悪の根源、ティルである。
通常ならばリオが誘いに来るところを、何故今日は有無を言わさずティルが引っ張ってきたのか。
「リオは嘘つけなさそうだから」
「は?」
にこりと爽やかな笑顔で妙なことを言われて、カイリはその言葉の意図を掴めず怪訝な顔をする。
「だってカイリは誘われたらどこに行くのかとか目的とか、聞くでしょう?」
「……俺、帰る」
くるりと背を向けたカイリに、リオが慌てて手を伸ばした。
「ちょ、ちょっと待ってください、カイリさぁ〜んっ!」
「ごめんなあ、リオ。でもさあ……俺に知られたくないってことは、ただの盗賊退治じゃないんだろ?」
前半は優しい口調でリオに、後半の言葉は低い声音でティルに向けられていた。
にやりと、告げられたティルだけではなく傍観者に徹していたテッドまでもが笑う。
「その盗賊ってのがさあ、どうも女の人限定で狙ってるらしいんだよな」
何故か明後日の方向を見つめて言ったテッドのその声は、隠す気配もなく、ものすごく楽しそうなものだった。
「でもかと言って、本当に女の子を囮にするなんて、そんな極悪非道なことできないし……ねえ?」
――何を今更。元から極悪非道だろうが、おまえはっ!!!
と、叫びたかったカイリだが、叫びは声にならずに口をぱくぱくとさせただけだった。
「えーと……その……そういうわけなんです……」
リオだけはすまなそうに言うけれど、説得力だけはあるティルの説明にすっかり納得しているらしく、反対している様子はない。
「か・え・る!! 女装ならおまえらだけでもできるだろ!?」
なにせ某女装コンテストの優勝者と3位、16位が揃っているのだ。カイリがいなくとも充分いける。
「無理無理ー」
あははと明るく笑って片手を振ったのはテッドである。
「俺、自分から女装を頼むのはちょっと……」
申し訳なさそうに、けれどはっきりきっぱりある意味酷いことを言ったのはリオ。
「うんうん。僕も頼みたくない。その点カイリなら、男物の服でもなんとかなるもんね」
そう。
ティルにしろテッドにしろリオにしろ、化粧と服装をばっちりすれば女の子に見えるけれど、普段のままで女の子に見えるかといえば……微妙なところである。
しかしカイリはそもそも一発で男とわかってもらえるほうが少ないという人種。
「そーいうわけでだ」
「すみませんけど、よろしくお願いします」
「いってらっしゃーいっ!」
ぽんっと体のラインが見えにくいようマントを被せられて、そのままティルに蹴り出されたのであった。
ここで断らないからいけないんだろうと思うことは思う。
だが基本的にカイリは諦めが早い性質である。
今回も結局、早々に諦めて、とっとと終わらせる方へと思考を切り替えた。
「でもなあ……よく現れるって言ったって、いつもいるわけじゃないだろうし……」
その呟きの内容は間違っていると、自分でもよくわかっていた。
この辺りは道こそあるものの左右を木々に囲まれていて視界がきかない。盗賊が見張りを立てている可能性は充分にあるのだ。
そしてカイリの予想は見事に当たっていた。
歩き始めて五分と経たないうちに、カイリの周囲にはばらばらと複数の人の気配が現れていた。
「……遠目に見ても女に見えるって、ヤダなあ……」
顔立ちが女っぽいのはもう自覚している――っていうか、諦めている。
けれど背丈はちゃんとあるのだ。全体的に細いのはわかっているけど。
女専門の盗賊ならば、その辺見分けてほしいものである。
……無茶な注文だと自分でもわかっているが。
「さてっ、と」
とりあえず、ティルたちもこちらの気配に気付いたらしい。
気配を断ちながらだが、そこそこの早足でこちらに向かっているのがわかる。
全力疾走じゃないのはおそらくリオとテッドに合わせてだろう。リオは気配を隠すのは苦手だし、テッドもさすがに気配を隠しながら全力疾走できるほどではない。
盗賊のアジトがわかっていないので、見つかる危険を避けるためにと少々離れた場所で待機していたのだが……この分なら、到着まであと1分くらいはありそうだ。
「あいつらが来る前に片付けてやる」
人、これを八つ当たりと言う。
……カイリは基本的に魔法が苦手である。
苦手であるが、魔力が低いわけではない。たんに剣を使う方が慣れていて、魔法の制御が苦手なだけ。
「<氷の息吹>」
だから別に、魔法が使えないわけじゃないのだ。
唱えたのは宿している流水の紋章では唯一の攻撃魔法。威力は低いが広い範囲に攻撃ができる便利な魔法だ。
詞(ことば)が終わると同時に、周囲に氷の礫が生まれ、盗賊たちへと向かって行く。
姿をあらわす暇もなく怪我を負って、中にはすでに撃沈している者もいた。
「悪いな」
言いつつも、手加減ゼロに剣を抜く。
不機嫌ながらもくすりと笑むその表情に、盗賊たちの動きが一瞬止まる。
だが盗賊たちはすぐさま気を取りなおして、思い思いに剣を手にして動き出す。
「お嬢ちゃん、大人しく――」
しかしカイリは叫んだ盗賊たちの言葉を聞きすらしなかった。
こういう手合いは、えてして前口上が長いものである。いちいち親切に聞いてやっていたら、すぐにティルたちが追いついて来てしまう。
速攻で間合いを詰めて、2本の剣を閃かせ、次々と盗賊たちを昏倒させる。
もともと数を頼みにしていたのか――と言っても最初の氷にやられたのもいたため、カイリが倒したのは十人程度だったが――腕はさほどでもない者ばかりであった。
最後の1人を倒した頃に、ティルたちが到着する。
「遅かったな」
くるりと振り返り、ニィッと自慢げに口の端を上げたカイリの視線は、ティルとテッドに向けられた。
「あああっ! ちょっとカイリ、酷いっ」
「俺たち来た意味ないじゃんか!!」
「知るか」
予想通りの反応に、カイリはそっけない口調ながらも表情はニヤニヤとからかい混じりに笑っている。
「うわあ、カイリさん、すごいですっ」
素直に感心を示したのはリオ1人。
「すみません、俺たち役に立てなくて」
「いや、気にしなくて良いよ」
肩を落とすリオの告げた台詞に、カイリは内心の笑みを深くした。
リオの台詞とカイリの視線に、ティルとテッドはますます悔しそうな顔をする。
多分ティルのことだから、手を出す時にもきっちりカイリをからかう気満々だったのだろう。
それが、出番をなくされたうえに役立たず扱いされては……――告げたリオ本人は無自覚だから、リオに文句も言えないだろうし。
「うん、ちょっとスッキリしたかな」
誰に言うでもなく呟いてにっこり満足げに笑ったカイリの真意を全然わかっていないだろうが、リオは単純につられたらしい。
「よかったですね」
明るい笑顔でカイリに同意してくれた。
後日。
ティルとテッドの八つ当たりの対象となったのは、間の悪いタイミングで城にやってきたシーナであったそうな。
やっぱり、共演シリーズものすごく好きです。
坊が強いのは好きですが、4主にしてやられるのも楽しいですね〜(感動)
(04.12.14)
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