料理の鉄人





 レストランのテーブルに、ずらりと並ぶ美味しそうな料理の数々。
 しかし、それは。

「どうですか? マクドールさん」
「……これ、本当にナナミちゃんが作ったのかい?」
「はい! 頑張りました!」
「凄いね」

 ――――同盟軍リーダーの姉である少女の手によるものだと判明した時点で、恐怖のシロモノと化す。
 ナナミ料理を食した者は、卒倒するかトイレとお友達状態になるか寝込むかの三択しかない。一体何がどうしてそうなるのか不明だが、今までその運命から逃れられた者はリュイ以外存在しない。
 よって、テーブルに集められた面々は、まるで葬式のように沈痛な顔で暗黒を背負って座っていた。押しの強いナナミの魔手から逃れられたのは、唯一鬼軍師のみで、石版に名が刻まれている男たちのほぼ全員が場に集められていた。そこへ、最後の一人として招待されたのがカインだった。
 トランの英雄と謳われるカイン・マクドールがナナミ料理を食したらどうなるのかは、気になる。が、それを確認するために自分の命運を引き替えにしたいと思う酔狂な輩はいない。とはいえ、今ここにハイランドが攻めてこない限りは逃れられないとわかっている以上、人の不幸を笑うくらいしか救われる術がないのが現状だ。

「どうぞ、食べてみてください」
「いただきます」
 皆が固唾を呑んで見守る中、カインが上品な所作でスープを掬って口許へ運ぶ。
「――――」
 それを口に入れた瞬間、カインの表情が一瞬変わった。
 スプーン一杯でもうキたのか、と周囲が青ざめ戦く前で、カインは静かにスプーンをテーブルに置いた。
「マクドールさん?」
 不思議そうに首を傾げたナナミを、カインは少女相手にはあまり向けることのない真剣な眼差しで見上げた。
「ナナミちゃん。この食事には毒物が混入されているよ」
「え!?」
 ぎょっと目を丸くするナナミに、カインは神妙に問いかける。
「味見はした?」
「いえ、してないですけど……」
 そんな馬鹿なという想いと、カインが嘘を言う筈ないという葛藤がありありとわかる表情でおろおろと首を振ったナナミに、カインがほっとしたように微笑う。
「そう。良かった」
「でも! わたし毒なんて……!」
「わかってる。君はそんなことをする娘じゃないし、できる娘じゃない。ただ、君を利用して毒を盛ろうと企んだ者がいるということだ」
 身を乗り出して懸命に訴えるナナミに頷き、カインは立ち上がるとスープ皿を持ってベランダへと置く。すぐに飛んできた鳥が嘴で数回啄んだ直後、ぱたりと倒れて痙攣し始めた。
「!!」
 息を呑んだナナミに向き直り、カインは怯えさせないようにそっとナナミの肩を包んだ。
「ナナミちゃん、今までそういうことはなかった? 君の料理を食べて、誰かがおかしくなったようなことは」
「ありました。いきなり泡を吹いて倒れちゃったり、トイレに駆け込んだり」
 そこまで言って、ナナミはハッと顔色を変える。
「まさか、それも全部……!?」
「おそらくね。君は同盟軍リーダーの姉という立場でみんなから信頼されている。誰も疑ったりしない。きっと刺客はそこを突いたんだよ」
「そんな……」
 愕然と凍り付いたナナミの頬に、優しくカインの手が触れた。
「だからね、ナナミちゃん。この戦争の間に料理を作って皆に振る舞うのはやめた方がいい。…………わかるね?」
「…………はい」
 泣き出しそうな顔で、それでも素直にこくんと首を縦に振ったナナミに、カインは微笑んでその頭を撫でる。
「いいこだね」
 だがナナミは、その言葉にぶんぶん首を振って、ぺこりと頭を下げた。
「マクドールさん。ありがとうございました。マクドールさんが気づいてくれなかったら、わたしみんなに毒を……!」
「君のせいじゃないよ。だから、そんな風に君が謝る必要はない。大事にならなかったんだし、ね?」
 それが慰めるためのものではなく、心から言ってくれているのがわかったナナミは、ぱっと顔を上げるといつもの笑顔になる。
「はい! それにしても、マクドールさん凄いです」
「ほんと! どうしてわかったんですか?」
 軍主姉弟の賞賛の言葉ときらきら輝く尊敬の眼差しに、カインは苦笑した。
「僕は幼い頃から命を狙われやすい立場にあったからね。自分の命を守るために身につけた特技みたいなものだよ」
「凄いです……!」
 ますます『憧れの英雄』を見つめる瞳になった二人に、カインはもったいないけど片づけようか、と促す。途端に二人は慌てて、カインの申し出を拒否した。
「マクドールさんにそんなことさせられません!!」
「そうです! 私たちがやりますから座ってて下さい!!」
 姉弟らしく息のあった主張を口々に叫ぶと、リュイとナナミはめまぐるしいスピードで料理を片づけ出す。
 そうして、二人が抱えた皿と共に厨房に引っ込んだのを見計らって。
「カイン!!」
 歓喜の声を上げて、シーナがカインに抱きついた。
「今ほどお前の舌先三寸に感謝したことはないぜ!」
「……ほんと、たまには良心的な配慮もするじゃないか」
「しかも、もう二度とナナミの料理を食わなくて済むようにしてくれて、本当に感謝する!!」
 続いてルック、フリックにまで感謝と労いの言葉を掛け、それに周囲がうんうんと頷く。心は一つだったらしい。
 けれどカインは、不快げに柳眉を寄せる。
「は? なにそれ、人聞きの悪い」
「へ? だって、お前、ナナミちゃんの料理食べないためのでっちあげじゃ……」
「ナナミの料理が激烈マズイこと知ってたから、仕組んだんだろ?」
「……君らねぇ……」
 周囲の疑問を代表した問いに、カインは嫌そうに顔を顰める。そこに恐る恐るといった体で、ビクトールが口を挟んだ。
「おい。じゃあ、カイン。まさか本当に……?」
「うん。本当に毒入り」
「!?」
 ぎょっと息を呑んで血相を変えた周囲を宥めるように、カインは小さく肩を竦める。
「と言っても、痺れ薬で習慣性もない軽い毒だけど。きっと間違えて混入したんだろうね」
「じゃあ、今までも……」
「たぶん、隠し味として入れてた草花が、みんな毒効果のあるものばかりだったんだじゃないかな? ある意味凄い才能だよね」
「才能なのかそれは!?」
 正当なるツッコミに、カインは楽しげに微笑む。
「なかなかできないよ? 山野で摘んできた草花が必ず毒効果ありなんて」
 …………それはそうだが、断じて、感嘆すべきところではない!
 ナナミ料理の犠牲になったことがある者たちは、心の底からそう思った。



【了】


ナナミちゃんの最強の才能。
坊も素敵です!!
周囲の人が、ちとひどいような…(汗)
でも、楽しいです。

久遠さまには、このような素敵な小説をフリーにしてくださって、本当にありがとうございました。
これからも、頑張っていただきたいと思います。



(05.07.16)



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