感情
離したくない…
離したくない…
傍にいて欲しい…
いつまでも…
永遠に…
俺の傍に…
「土浦―? 何してんだよ。」
エントランスであいつを見つけた。
楽しそうに会話をしながら、笑っているあいつを。
しばらくそのまま、立ち止まって、身動きが取れなくなっていた俺に、
普通科の友人、鈴原が声をかけてきた。
「あ…ああ、な、んでも…ない。」
搾り出すような、声の、返事しかできなかった。
いつから俺は、こういう風になってしまったのか。
あいつのこととなると、自分が自分でなくなってしまうような、そんな気がする。
そんな俺を不自然に思ったのか、鈴原が俺の視線の先を探るのがわかった。
「あーあー! 日野さんか!」
納得納得といった、したり顔で、俺の肩をたたく。
(痛い…)
「…何がだよ…」
「いやー、まさか土浦がなあ〜、いやいや…」
鈴原は、先を続けようとはせず、ただ、ニヤニヤと笑っている。
言いたいことはわかっている。
だから、余計に不快な気分にさせてくれる。
「…………。…用がないなら、俺はもう行く。」
早くここから立ち去りたかった。
鈴原の態度も不快だが、それ以上にあいつが、日野が
自分以外の男にあんなに嬉しそうな笑顔をみせているのが、
我慢できなかった。
わかっている。
これはただの嫉妬だ。
あいつは、俺のものではない。
わかっているのに、あいつが、誰かに笑いかけるたびに、
黒い感情が、自分の中にわきあがる。
いつまでも、ニヤニヤ笑いをやめない鈴原に背を向け、
エントランスの出口へと向かった。
「ちくしょう…」
はき捨てるような気持ちで、つぶやいた。
自分の気持ちが制御できない。
もてあましている。
どうしていいかわからない。
行き場のない、どうにもならない気持ちをかかえたまま、
歩いているうちに、いつの間にか練習室のある棟まで来ていた。
苦い笑いが口元にうかぶ。
「我ながら、しょ−がねーな……」
(この、もやもやした気持ちを発散するにはやはり、ピアノにかぎるということか…。)
自分の無意識の行動に少々あきれながらも
逆らうことを考えず、土浦は最寄の練習室に入った。
ピアノの前に座る。
前置きもなしに、おもむろに曲をひき始めた。
ピアノ・ソナタ…
激しさの中に秘めた恋情を感じさせる曲を…
どこまでも、激しく…
激しく、力強く…
自分のこの激情を、すべて音に変えて吐き出してしまいたかった。
この感情を吐き出してしまわなければ、いつか必ず、
取り返しのつかないことをしてしまう。
そんな気がした。
…それが、何かは、具体的にはわからなかったけれど…。
どのくらい弾いたのだろう。
軽い疲労を感じ、弾くことを中断した。
汗が、額を流れ落ちる。
息をついて、いすの背に力なく寄りかかった。
(少しは、落ち着いたか…。)
完全にとはいかなかったけれど、重苦しかった感情のほとんどが、
音に溶け込んで消えて行ったらしい。
少し薄暗くなった空を、窓越しに見上げ、苦笑する。
音楽から離れ、もう、ピアノを弾くこともないだろうと思っていた。
あいつに関わって、コンクールに出ることになるまでは。
でも、やはり、自分は音楽から、ピアノからは離れられない運命にあるらしい。
「ま、悪くはないさ。」
ポツリとつぶやき、また苦笑する。
次のセレクションはもう、目の前に迫っている。
日野は、猛練習しているだろう。
あいつは真面目で、そして、誰よりも素直だから。
次のセレクション、テーマは愁情「失われしもの」。
土浦の得意な、テーマだった。
負けられない。
絶対に。
絶対に勝って、あいつの中に俺を今まで以上に印象づけたい。
他の誰よりもあいつの中で、強い存在になれるように。
「さ、帰るか。」
6時のベルが鳴った。
生徒は皆、帰宅しなければならない時間だ。
いすの脇に置いてあったかばんを引っつかみ、勢いよく練習室を飛び出した。
明日、あいつに会ったら、戦線布告をしよう。
『俺にとって今一番のライバルはお前かもしれないってことさ。』
『よろしくたのむぜ。』
[END]
久しぶりに金色のコルダ小説UPできました〜!
・・・ちょっと途中から何が書きたいのかわからなくなってしまい、かなり悩んでしまいました。
土浦君はかなり激情家だと思えるので、こんなこともあってもいいかと・・・。
最初と最後で人が違うように感じた方、真田の未熟さのせいです。ご容赦願います。
感想いただけましたら幸いです。