中医学研究会(H22.01.11)

T。五臓(肝、脾、心、肺、腎)の弁証論治 上海中医薬大学 黄 懐龍先生

   臓腑の人体の生理、病理現象の観察に基づく弁証で、臓象学説とも言われ
   各臓腑の生理機能や病理変化、相互関係を解き明かす理論です。
    臓→人体の内臓を指し、貯蔵するという意味
    象→外部に現れる内臓の生理現象

   五臓を中心とした整体観念
    人間の臓器や組織は、お互いに関連し、有機的に連携している。
    お互いがバランスを取ることにより、一つの完整された人体を形成している。
    四季の変化・宇宙の変化・環境変化が起きても、すべての臓器はつながりをもって,
    協力して働くことにより、個々の臓器は、正常に機能している。

   

  五臓
  1.(木) 春
   「肝臓」の働きと関係があり、血液を貯蔵し、血量を調整します。
   また、五臓全体の働きがスムーズに行われるようコントロールするのと、自律神経と関係が深く、
   ストレスの影響を受けやすいという特徴があります。
   @疏泄(そせつ)を主(つかさど)る
    滞らず伸びやかに、管理、コントロールするという意味で、
    肝は気(エネルギー)の流通をよくして、情緒を安定させる。
    また、胆汁の分泌と排泄を調節し、気の流通がよいと、内臓の働きや血液循環が順調に活動する。
    肝の疏泄作用が順調であれば精神は安定するが、逆に過度のストレスや長期にわたるストレスは、
    肝の疏泄機能を失調させる原因となり、イライラや情緒不安定を起こさせる。
    ・気機の調節
      気の流通をコントロールすることである.<肝気の特性は動きを主り,昇を主る(昇発)>
      人体全体のいわゆる気機を左右している上で,肝は重要な役割を担う。
      肝気の疏泄機能が失調すると,当然気機も失調し,「気は血の帥」「気能化水」ということから,
      血や津液の流通も阻害され,気滞・C血・痰飲を生じる.
      過剰になると、頭痛、赤面、怒気、吐血、喀血の症状が顕れ、過少になると、胸脇の貼痛が起こる。

    ・運化機能の促進
      肝の疏泄機能が,胆の胆汁分泌を促進し脾胃の昇降機能と深く関与していて、
      疏泄機能が失調すると消化器系統の症状が顕れる。

    ・情志の調節
      肝が精神活動に影響を与えるということで、血を通じて,神志を主る心と同様に,情志と密接な関係にある。
      肝の疏泄機能が失調すると,情志に大きく影響してくる.
      たとえば、過剰になると、苛々、煩焦、怒り、弱くなると、鬱、鬱血が起こる。
      肝気欝結(うけつ)
       自律神経系の過緊張が原因で、情志の不安定やストレスが逆に肝の疏泄機能に影響を与えることもある.
        治法は疏肝解欝 (肝気の流れをよくし、鬱結を除く)  柴胡疏肝散(さいこそがんさん)
        肝の陽気の過亢進によるもので、虚証の徴候がみられないのが特徴で、
        自律神経系の過亢進・中枢神経系の興奮・異化作用の亢進あるいは炎症による症候と考えられる。
        目の充血。
        治法は清肝潟火  竜胆瀉肝湯(りゅうたんしゃがんとう)
   A主蔵血
      肝に血液を貯え,血量を調節する機能を指す。
      肝の蔵血作用の病理には,蔵血不足と肝不蔵血(肝が蔵血できない)による症状がある.
        肝血虚
         肝血の不足による。栄養障害、視覚系や運動系の異常・月経異常
         治法は滋補肝血
        肝陰虚
         気が鬱して火と化したり、肝病や温熱病の後期で肝陰を消耗した為に起こる。
         <陰虚内熱>頭暈や耳鳴り・両目乾渋(ショボショボ)・顔が焙ったように熱い脇肋部の灼熱痛・
           五身煩熱・潮熱・盗汗・口咽の乾燥・手足の顫動

  2.心(火)  夏
   「心臓」の働きと関係があり、血液を循環させ、また生命活動を維持する働きを持っています。
   心=「神」ともいわれ、精神活動とも関わりがあります。
   @血脈(けつみゃく)
     血は脾で運化された水穀の精微物質と肺より吸い込まれた大気中の清気が心で合さって作られ、
     心の働きにより全身に送られます。この働きは西洋医学の考える「心臓」
   A主神(精神の活動)
     神は心に蔵されており、表情態度、知覚、運動などの生命活動を主催します。
     神は人体において最重要の地位を占めており、大脳や中枢神経の機能と深い関係がある。

   心気虚(しんききょ)
     心気が不足。心機能強化と体力増強が必要.
     心気虚が長時間続くと、陽気を損じ、心陽虚に発展する。
   心陽虚(しんようきょ)
     心気虚に虚寒症状が加わった証。心の陽気(循環機能の増強)を補う。
     
   心血虚(しんけっきょ)
     血流の不足、血液成分の稀薄、心機能低下により、心血が心神を滋養、保護できずに、
     精神疾患を引き起こす。
     心血の増加と精神安定を図る。補血安神(養血安神)
   心陰虚(しんいんきょ)
     心血虚に、のぼせ・焦躁・手のひらや足のうらのほてり・口や咽のかわき・ねあせが加わった。
     <内熱が心神を擾乱する病態>舌質は紅縫で乾燥
   心火上炎(しんかじょうえん)
    陽気の過亢進状態。はげしい熱証(実熱)が特徴で、虚証の症候はない。
    中枢神経系の亢奮・自律神経系の過亢奮・異化作用亢進・副腎髄質機能の亢進などによって生じる。
    炎症反応→炎上する熱感を取り除く。(瀉心湯)
   心痺・胸陽不運(しんぴ・きょうようふうん)
    心臓部の痔痛・動悸・胸内苦悶・呼吸困難・チアノーゼあるいは意識障害・冷汗・四肢の冷えなどのショック状態
    狭心症・胸の中央から前胸部にかけての痛み
      
  3.脾(土) 長夏
   西洋医学でいう「脾臓」とは異なり、消化器系代謝系などを含む働きを言い、体内に取り入れられた栄養分は、
   カラダを形成している「気」(カラダを正常に動かす生命エネルギー)・
    「血」(血液の働き)・「水」(血液以外の組織液・体液)の原料となります。
   @運化を主る(運:運搬を意味 化:消化)
     ・水穀(物質の吸収)の運化   食べ物の消化吸収
     ・水湿(食べ物の水分)の運化 水液代謝のバランスを取りながら,水液が体内に停滞することを防ぐ役割。
     「脾胃は後天の元」と言われるように、栄養分吸収不良で起こる疾病や水湿過多による体内の水分貯留に
      由来する病態は、いずれも脾の調治が必要
   A昇清を主る    
     昇とは脾気の上昇(配布)運動であり,清とは水穀の精微物質を指す。
     <栄養物質を上昇・運輸>
     水穀の精微は,脾の運化作用によって心肺に上輸され最終的に全身に送られる。この一連の流れを言う。
     脾気の昇清により水穀の精微は,心・肺・頭・顔面部へ昇らされ,心肺(上焦)で気血を化生し,
       栄養を全身に送っている.
     また、脾の昇清は,胃気の降濁作用と陰陽のバランスをとってはじめて正常に作用する。
   B統血を主る
     脾が脈管中に流れる「血」を統摂して、脈外に漏れるのを防ぐ働き。
     不足すると血は統摂を失い、各種の出血現象を発生させる。
     たとえば長期の慢性皮下出血、血便、月経過多など。
   脾気虚(ひききょ)
    消化器系の機能低下の状態を指すが、脾気虚証では全身性の気虚症状を合わせもつことが要点。
   脾陽虚(ひようきょ)
    脾気虚が更に進み「胃腸および全身の冷え」の症状。
    同化作用の低下・循環不良などによる寒証(虚寒)をともない、脳の興奮性低下・低タンパクなども考えられる。
    脾胃虚寒証は冷たい飲食物を摂取するなどで腹部が冷えた時に、腹痛や下痢(泄瀉)が起こるが、
    脾陽虚証では腹部が冷えなくても腹痛や下痢(泄瀉)がみられる。
   中気下陥・脾気下陥(ちゅうきげかん・ひきげかん)
    脾気虚・脾陽虚が進行すると、血や津液、精をからだの上や外に向けて動かしたり、内臓や器官を重力に
    負けないように支える気の力が低下して、下向きに働くようになる。<内臓下垂>
    脾気の低下がおこると、飲食物の消化吸収が妨げられ、人間が活動するためのエネルギーの産生出来なくなる。
    胃下垂の症状がある場合、その根底には、この脾気が不足し、からだを滋養できていない状態が隠れている。
   脾不統血・気不摂血(ひふとうけつ・きふせっけつ)
    脾気虚・脾陽虚・中気下陥の症候とともにみられる出血で、気の固摂作用が減弱したことによるもの。
    血管壁平滑筋の弛緩・血小板無力症・プロトロンビン減少その他、血液凝固因子の欠乏などによる出血。
    鼻出血、皮下出血、血便、血尿…脾気が虚弱なため統血の機能が失調し、血液が脈外に溢れる。
    崩漏、月経過多…気虚による衝任(しょうにん)不固。
   胃陰虚・胃陰不足・脾陰虚(いいんきょ・いいんふそく・ひいんきょ)
    胃粘膜の分泌不足・粘膜の萎縮・慢性の炎症などによる症候
    胃の陰液の不足による受納と和降の障害で、胃の機能低下が、唾液や胃液の分泌低下となって現れる。
    辛辣物の嗜好・熱性病による脱水・慢性病の消耗・老人などにみられます。
    麦門冬湯は胃陰虚証と肺陰虚証に用いられます。
   胃熱・胃火・胃火上炎(いねつ・いか・いかじょうえん)
    炎に加え咽喉、口腔、顔面などの炎症を伴っている状態。
      胃炎の熱が上昇し、顔面や咽喉などの炎症を助長していると考えられる。
    胃火(または胃熱)の原因は、平素から辛い物や脂っこい物を多食している場合、いらいらが続く場合(肝気犯胃)、
     消渇病(糖尿病)などが考えられる。
   
  4.肺(金) 秋
   呼吸器系・消化器系(大腸)・免疫系を含む働きで、西洋医学でいう「肺」の働きと深く関係がある。
   全身に「気」を巡らせ、不要な気を排出するなど、「気」の働きをコントロールし、水分代謝や皮膚とも
   深い関わりがあり、中医学では、肺の生理機能は、単に呼吸運動を指すばかりではなく、気血の運行、水液代謝、
   皮膚の防御機構等も関わっていることが特徴である。
   「肺が治節を主る」(治節とは管理・調節を意味する)ための主要な生理機能が
    「宣発と粛降作用」と「気を主り呼吸を主る」ことである。
   @気を主る
     肺が自然界の「清気」を吸入し、体内の「濁気」を排出すること。
     宗気の生成
   A宣発(せんぱつ)
     宣発は外、上に向かって発散すること。
     肺の宣発作用に異常を生じると、精微の散布・濁気の排出・衛気の温煦・防御機能や汗の排出
     などに異常を呈する。
   B粛降(しゅくこう)
     内、下に下降させることで、肺と気道を清潔にするとは、肺や気道の異物が取り除かれることをいう。
     従って、肺の粛降作用に異常を生じると、清気の吸入、清気・水穀の精微・津液などのかゆ下輸、
     気道の清潔状態などに異常を呈する。また、大腸の蠕動運動を促す。
   C通(疏通)調(調節)水道
     水道とは水液代謝の通路を意味し、通調とは疏通・調節を意味している。
     人体の水液の代謝は非常に複雑で、脾の運化作用、腎の気化作用と肺の粛降作用の3つの生理機能
     肺の粛降作用は、脾の運化作用によって運ばれてきた体内の津液や水穀の精微と呼吸した清気を
     下の腎に運行し、さらに膀胱に輸送し、腎と膀胱の気化作用によって尿をつくり、体外に排泄する。
     これが肺の水道を通調する生理機能で、この機能が衰えると、水液が流れなくなって
     痰や飲(水っぽい痰)が出たり、水が皮下に溢れて浮腫となる。
    肺気不宣(はいきふせん)
    肺失粛降(はいしつしゅくこう)
    肺気虚(はいききょ)
     カゼなどが長引いて肺気を消耗した場合・あるいは他の臓腑の気虚が肺に及んだ場合にみられます。
     肺気虚では二つの方面に症状があらわれる。一つは肺臓の気虚による呼吸機能の減退と咳や喘鳴であり、
     もう一つは衛気の虚による感冒などへの抵抗力減弱です。
    肺陰虚(はいいんきょ)
     陰虚証の特徴として、陰虚内熱の症状
     慢性的な肺の組織障害や喀疾分泌の減少を呈するものをいう。

  5.腎(水) 冬
   成長・発育・生殖に関する働き。「余分な水分を排泄」
   生命力の源でもあり、生きるために必要な精気を貯蔵して、西洋医学でいう「腎臓」の働きと関係がある。
   
   @精を蔵す
    
腎の蔵精作用は,発育成長と生殖機能を有していることを意味するので,
     腎精不足になれば,年代に応じそれぞれの発育成長と生殖機能の病理変化を呈する。
     腎陰=先天の陰気+腎精
       「元陰」とか「真陰」といい,人体における陰液の源であり,五臓六腑を滋潤,滋養する作用がある
     腎陽=先天の陽気+腎気
      
「元陽」とか「真陽」 人体における陽気の源であり,五臓六腑の生理機能を推動・温煦する作用がある.
       例えば心陽・脾陽の温煦・機能の推動,全身を温めて体温を維持したりしている
    
腎気とは腎精より化生し蔵精・封蔵・気化の作用を持ち,腎精を貯蔵したり,
     脾より運ばれた後天の精を貯蔵したりして,腎精に化生する働きを主っている。
   A水を主る
     腎陽との関連(肺・脾の援助)
     腎の気化作用(清濁の区別)
     腎の開合作用(尿量の調節)
      
   B納気を主る
     「肺は呼吸を主り,腎は納気を主る」といわれ,人体の呼吸運動は肺のみならず腎も関与している。
     肺は取り入れた清気を粛降作用により腎に下輸しているので,腎の摂納作用は肺の粛降作用の一部。
     しかし,腎の納気作用が正常に行われないと正常な深い吸気ができなくなる
    腎陰虚(じんいんきょ)
     腎の陰液不足によるもので、腎虚の症候以外に熱証(虚熱)を呈し糖尿病や肺結核症などの慢性消耗性疾患、
     神経系の難病、自己免疫疾患、不妊症など広くみられる証。
    腎精不足・腎虚(じんせいふそく・じんきょ)
     骨格発育不良・知力減退・運動能力の発達不良あるいは減退・性機能低下による生長・発育・生殖・栄養代謝
     ・神経機能維持などの機能減退
    腎陽虚・命門火衰(じんようきょ・めいもんかすい)
     腎気の温煦作用が著しく低下した症状。各臓腑の陽虚証のうちで最も程度の重い陽虚証。
     腎陽虚衰のために気血の循環が無力となり、全身、筋、骨への温煦作用が減退し、
     糖尿病、慢性腎炎、副腎皮質機能低下、インポテンス、全身の代謝低下、免疫機能低下など見られ、
     甲状腺機能低下症は、本証の典型的な例です。
    膀胱湿熱・泌尿器・生殖器炎症、結石(ぼうこうしつねつ・ひにょうき・せいしょくきえんしょう・けっせき)
     膀胱炎や尿道炎、尿路結石症、前立腺炎。中医学では膀胱に湿熱が侵入したと考える。
    腎不納気(じんふのうき)   
     肺気虚証に腎気虚証(腎陽虚証の軽度なもの)が合わさった状態
     老人の肺気腫、小児や老人の喘息などによくみられます。肺腎気虚の本質は腎気虚にある。
     呼吸困難、呼多吸少、動くと息切れ
    腎気不固(じんきふこ)
     腎の気の不足で、固摂(こせつ)機能が低下し、更に排尿後腎気虧虚により、下元の固摂失職を招く証候です。
     多くは加齢で腎気の衰弱(老人の場合)、或は幼少で腎気が不十分による(子供の場合)

 五臓の相生

  肝→心→脾→肺→腎→肝
    ・「肝(かん)」は「血(けつ)」を貯えるところで、その「血」は「心(しん)」によって全身に運ばれます。
     全身を栄養する「肝」にある「血」が「心」の働きにより循環されます。
    ・「心」は「脾」を生ずる。
     「心」は常に働き陽気の多い臓であり、その陽気を受けて「脾」が働きます。
    ・「脾」は「肺」を生ずる。
     「脾」では「肺」が「気血」を巡らす為に、必要な「肺気」が作られます。
     肺は吸入された清気(外気)と脾胃の運化作用で作られた水谷の精気を結合させて宗気を生成する。
    ・「肺」は「腎」を生ずる。
     「水」を動かすのは「腎」の働きでありますが、必ず気を必要とし、その気を「肺」が送っています。     

   「怒り過ぐれば肝を傷り、喜び過ぐれば心を傷り、思い過ぐれば脾(胃 腸)を傷り、
         悲しみ過ぐれば肺を傷り、驚き過ぐれば腎を傷る。」
   ・肝が悪いと怒りっぽくなる ・
   ・心臓が悪いと良く笑うタイプの人が多くみられる
   ・脾(胃腸)の弱い人は常に沈み込んだり考え過ぎて思い患いしやすい
   ・肺の悪い人は悲しみに沈みやすい
   ・腎の悪い人は諸事に恐れおののく。


 2. 西洋医学と東洋医学の補完       吉井伸光堂    吉井 忠先生