風を知らない星たち (後編)
みなの視線が、一気にアップルへと移る。
その周囲の様子に気づいていないのか、アップルはフッチに駆け寄ると、フッチの腕をつかみ、揺さぶった。
「間違いはないの!? 本当に、彼だったの!?」
アップルの声は悲鳴のように聞こえた。
信じたくない気持ちと、やはり、と思う気持ち。
フッチがこんな嘘をつくことはありえないと知りながらも、嘘であって欲しいと願うアップルの気持ちが、手にとるようにわかった。
「……おれが、あいつを、間違うと、思うんですか……?」
そう静かに答えたフッチに、アップルは、ハッと気が付いたように、フッチの腕を放した。
今の自分の行動を、恥じているかのようだった。
「そうか……。風……、あいつ、か」
アップルより一瞬遅れて、ルシアも気が付いたようだった。
そのつぶやきに、ヒューゴが驚いたように声をあげる。
「母さん! 知ってるのか!?」
「ああ、知っている。だが、……そいつに関しては、フッチ自身に聞いたほうがいいだろう。……フッチ、黙っていては、何の解決にもならん。言いたくないのかもしれないが……」
みなの視線が、フッチの戻る。
「いえ、ルシアさん。気をつかって下さって有難うございます。……けれど、もう大丈夫です。……決めましたから」
その言葉に、フッチがそいつの見方をして暴れるのではないかと、数人が身構えた。
フッチは、もう一度、心を落ち着けるために、息を吐いた。
「仮面の神官将の名前は、ルック。トラン、デュナンの2つの大戦において、魔法兵団長を務め、勝利に大いに貢献した人物だ。……そして、真の風の紋章の継承者でも、ある」
「まさか!」
「なんで、そんな奴が……」
部屋のいたるところでそんな声があがる。
一気に騒がしくなった室内で、シーザーが手を打って、注目を集める。
「静かにしてくれ。敵の正体の一面がわかったのは、大きな情報だと思うけど、そいつは後回しだ。……今、話し合うべき事は、フッチがそいつの仲間か、否かだろ?」
「さすが、軍師だ。冷静だな」
フッチは、本当に感心してそう言った。
騒がしかった室内が、シーンと静まり返った。
「お褒めに預かり、光栄です。で、あんたは、どっちなんだ?」
「……君は、どちらだと、思う?」
フッチは、シーザーにいつものように柔らかい、きれいな顔で微笑みかけた。
シーザーは頭をかきながら、ため息をついた。
「そういう言い方は、自分を不利にするだけだぜ」
「ああ」
シーザーの警告にも、フッチはいつもの笑みを崩すことなく、認めた。
「………あんたは……、いや……」
シーザーは、何か言いかけて、口を閉じた。
「フッチ殿。われわれは、あなたを疑いたいわけではありません。しかし、あなたが何もおっしゃってくださらないのなら、残念ながら、疑わざるを得ないのです」
部屋に入ってから、今までひとことも口に出さず、話を聞いていたパーシヴァルは、シーザーが口をつぐむのを見て、自分から話し始めた。
パーシヴァルは、真摯な黒い瞳でフッチを見ていた。
「フッチどの。話してはくださいませんか? ……あなたは、先ほど、騙すつもりはなかった、とおっしゃった。騙しているつもりもなかったと」
「聞こえて……いた、のか……」
フッチは、苦笑した。
あの時、ポツリとつぶやいた言葉――聞こえていたとは思っていなかった。
「フッチ」
アップルが促すようにフッチの名を呼ぶ。
フッチは眼を閉じ、天井を仰いだ。
それから、決心したように、先ほどとは違った強い光を湛えた瞳を前に向け、その場の全員を一旦見回すと、口を開いた。
「おれが、戦う相手が彼だと気づいたのは、ブラス城でのことです。……敵の指揮官として悠然と歩いてきた姿を見て、一目で気がつきました」
ここでまた、ザワザワと騒がしくなったが、フッチはかまわず続けた。
「……それを、今まで黙っていたのは、……個人的な感情の為です」
フッチは、気持ちを落ち着ける為に軽く、唇を噛んだ。
「認めたく、なかったから」
アップルは、フッチの柔和な、いつも人を穏やかな気持ちにさせてくれる、優しい顔が、泣き笑いになっているのに気が付き、胸が少しだけ痛んだ気がし、手を胸の前で握り締めた。
「では、今日、そのルックとやらに会っていた理由は!?」
焦れたように、フレッドが声を上げた。
先ほどから、何回もフッチに食いつこうとしていたが、その都度、フランツに止められており、かなり感情が高ぶっているらしかった。
その彼を見て、改めて自分達若年の戦士たちに優しかった、あの老年の戦士が思い出された。
あの老戦士も、今のルックを見れば悲しんだことだろう。
「あの、石版が見たかった。あそこに行けば――」
「答えになっていない!!」
フッチの言葉を最後まで聞こうとせずに、フレッドは声を荒げる。
そのフレッドの様子にも、特に意に介したようなそぶりは見せず、フッチは一旦途切れた言葉を続ける。
「あの石版を見て、考えれば、心が決まるかと思ったんだ。――彼と向き合うことから、逃げることがないように――。……そこに、ルックが現れた」
「なぜ、石版に――」
こだわるのか、というその場にいた大半のメンバーの疑問を代表したパーシヴァルの言葉は、アップルにかき消された。
「じゃあ、フッチは、ルックと戦う事を決心したと言うの!? どうして、ルックを止めようと、あなたはしなかったの!? ……一体、何を話したの?」
まくし立てるように、早口で問い詰めてきたアップルの様子が、フッチにはどこか遠くに感じた。
「……言葉らしい言葉は交わさなかった。……ただ、彼が、この争いを止める気がないということだけが、わかっただけだった」
「そ……う……、そう、なの……」
アップルが、本当に残念そうに、力が抜けたようなつぶやきをもらした。
アップルも、ルックの性格を知らないわけではない。
ルックは、決して自分の言葉を覆すようなことはせず、自分が言ったことは全てやりとおすという、その年齢、外観からは想像もつかないほどの強い意志をもった人間だった。
それを自分よりよく知っていはずの、フッチがこういうのだから、本当に、止めることは不可能だったのだろう。
「……ということは、だな、フッチさん、あんたは、このメンバーとこれからも戦う気があるといことだな? 決して裏切るつもりなんか、ないと」
何かを言いかけたまま、口を閉ざし、黙って聞いていたシーザーが、ようやく、確認のような、今までの会話をまとめるような言葉を発した。
そのシーザーの瞳から、眼をそらすことなく、フッチは静かに肯定した。
「ああ、そうだ」
とたん、集まったメンバーたちのなかで、比較的落ち着いて、フッチの話に耳を傾け、様子をうかがっていた穏健派たちから、安堵のため息がもれた。
フッチの曖昧な返事や、行動から腹を立てていた、血気盛んな武闘派たちは、まだ完全には納得しきれていないものもいるようだったが、おおむね、普段のフッチを彼らも自分達なりに理解していたつもりだったので、不承不承納得したようだった。
自分に対する空気が徐徐に和らぐのを感じながら、フッチは言葉を続ける。
「裏切ったつもりはなかったし、今後も裏切るつもりもなかった。……ただ、黙っていたことに関して、戦場に出る以上、自分の感情を優先させてしまったのは、戦士として、部隊の一員として問題のある行動だった。……言い訳のしようがない。申し訳、ありません」
フッチは、言葉とともに、ふかぶかとその場にいた仲間達に頭を下げた。
その行動で、まだ納得しきれていなかったものたちも、フッチに対する疑いを消したようだった。
完全に、自分に対する緊張感をもつ、硬い空気をかもし出す者が感じられなくなってもフッチは、うつむいたまま、顔を上げることができなった。
自分の言った言葉に嘘はない。
後悔しているわけではない。
ただ、自分を取り巻く仲間達の気質が好ましくて、幸せで、……同時に、悲しかった。
ルックも、本来、この暖かい人々に囲まれているはずだった。
――共に、この城で過ごしていけるはずだった。
今は、遠く離れてしまった、かつての友と、笑いあい、共に過ごしたその時が脳裏に浮かび、フッチはひとり、こみ上げる熱いものをこらえていた。
【END】
一応、書きたいことはそれなりに、書けた…かな。
まだまだ、甘いですけど…。
難しいなあ〜。
キャラをもう少し効率よく出せたらよかった気がします。
(05.01.19)
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