扉を開く鍵 1


グレッグミンスターに立ち寄った際、カナイはこれ以上とないくらい懐かしい顔を見つけた。

まだ、自分が、この紋章の呪いもなにも知らず、同年代の友人たちと笑いあっていた頃、この世の不幸を全て背負ったかのような暗い表情で、彼に近づく仲間達を全て拒絶していた少年。

彼のあの性格、態度の原因が、ある程度理解できるようになってから、どのくらい経ったのだろう。

再び会う事ができたらなら、以前よりはましな関係が築けるのではないかと、心のどこかで期待していた相手だった。

姿形は記憶にある少年のままではあったが、その表情がまったく違った――。

あまりに驚いて、思わず気配を隠して後をつけたところ、街の中心近くにある大きな屋敷に入ったきり、出てこなかった。

その屋敷が見える場所で、少年――テッドを待ち伏せながら、近くを通りがかった人に誰の屋敷かを尋ねると、意外な返答が返ってきた。

帝国五将軍のひとり、テオ・マクドールの屋敷だという。

そのような大物の屋敷に、何の用事があったのかは解らなかったが、テッドは夕食時をまわり、日が暮れてしまった後、ようやく屋敷から出てきた。

そしてテッドは、そのまま、この日一日中屋敷を見張っていたカナイに気づくことなく、どこかへと歩き出した。

カナイはその後を、また、つけてみた。

150年前なら、いい加減、自分を尾行する人間に気づいたはずであろうテッドは、何の疑いも持たないのか、そのまま自分の家らしい帝都の隅の小さな家にと消えていった。

「……かなり、無用心だな……」

ぽつりともらした自分の言葉に苦笑する。

ここは戦場でもなんでもない。

明確な敵がいないのだから、油断していても仕方がないのだろうと、自分で結論をつけた。

ただ、ここ何十年か忘れていたいたずら心が、湧き上がってくるのが感じられる。

カナイはニヤリと笑った。

「ちょっと、おどかしてみよっかな〜」

そうつぶやくと、カナイはやっと現在宿泊している宿屋に足をむけた。

次の日、カナイは、朝飯をいつものようにひとりでとった後、グレッグミンスターを散策するために宿をでた。

昼過ぎから、テッドの家と思わしき建物の入り口近くの物陰に隠れ、気配を消したまま、じっとしていた。

それから、そう時間も経たないうちに、ずいぶん早く、テッドは帰ってきた。

昨日、見たときと同じように、テッドはとても柔らかい表情で、歩いていた。

カナイの知っている、周囲を全て拒絶しているかのような、頑なな雰囲気はかけらも見受けられない。

その彼が、どう反応するか、カナイはとても興味があった。

テッドが、自宅の扉に手をかけた瞬間、カナイは気配を消す事を止め、殺気をテッドに向けて放ち、普段はマントの下に隠してある双剣を、片方だけ握ると、テッドに躍りかかった。

一瞬、ビクリを反応したテッドは、玄関脇に立ててあった棒のようなものを咄嗟に握り、カナイの剣を受け止める。

本気で斬りかかったわけではなかったが、それでも受け止め方が悪ければ、棒は真っ二つに折れていただろう。

その受け止め方に気づき、完全に腕が鈍っているわけではないのだとわかって、カナイは笑いがこみ上げてきた。

だが、ここで、まだ引く気はなかった。

一瞬消えかけた殺気をなんとか持続させ、顔を確認される前にその場を飛び退くと、自分であることを認識される前に、顔を見る余裕など与えないほどの速さで、テッドと切り結ぶ。

紋章術はテッドとは比べ物にならなかったが、もとより、体術に関しては、カナイはテッドよりはるかに長けており、また、速さに関しても、かなり自信があった。

思惑通り、テッドは防御するのが精一杯な様子で、目線がカナイとは全くあっておらず、自分を襲ってきた相手がカナイであるとは気が付いていないようだった。

必死で、目はカナイの武器を追い、テッドの注意は全てカナイから繰り出される攻撃に集中されていた。

カナイにとっては幸いなことに、テッドの家は本当に帝都の外れにあり、人通りがほとんどなかった。

テッドは壁を背にしないよう、体勢を変え、カナイに押されて道を後ずさりながらも、何とか攻撃を防ぐことに成功していたが――。

「うわっ!!!」

後ろ向きに進んでいた為、道に出来たくぼみに気づかず、足をとられ、テッドは背中から地面に倒れこんだ。

すかさず、カナイはテッドの上にのしかかり、剣を顔の横に突き刺した。

「くっ……」

悔しさからか、背中を打ちつけた痛みからか、顔をゆがめたテッドは、ここでようやく、カナイの顔に視線をうつした――。

そして、驚いたのか、ポカンと口を開けた。

「あ……」

「やあ、テッ……」

ドと続けようとした言葉は、途中で消えた。

カナイはすさまじい殺気を感じて、瞬時にテッドの上を飛び退くと、今度は自分に襲い掛かってきた黒い棒――おそらく棍を受け止めた。

15〜16歳くらいの黒髪の少年が、すさまじい怒りを称えた瞳でカナイを睨みつけていた。

「え…と…?」

カナイは、戸惑いながらも、襲い掛かってくる少年の棍を交わしながら、状況を判断しようとしたが――。

「お前! 何者だ!? テッドに何を――!!」

その言葉で、状況が理解できた気がした。

この少年はテッドの知り合いなのだ。

いつから見ていたのかは解らないが、確かに自分の行動は、盗賊などのならず者に見られてもしかたがないものだ。

この少年が怒るのは無理もないと思ったが、そう易々とやられてやるつもりはなかった。

次々に繰り出される少年の技を、カナイは自らの身軽さを武器にかわしながら、間合いを取っていった。

少年は、その年齢を考えると、中々の使い手のようだったが、それでもカナイの相手には程遠かった。

ただ、純粋に友を守ろうとする、思念が伝わり、その素直な感情、カナイに対する怒りを湛えたきれいな漆黒の瞳は、どこか、人を引きつける魅力のようなものを感じさせ、カナイの表情を柔らかいものにと変化させた。

少年もまた、カナイの力量に気づき、自分では適わないかもしれない、けれど、簡単に引くわけにはいかないと決心したところに、そのカナイの表情が変化していくを見て、自分の力量をバカにされていると感じ、怒りと、悔しさに顔をゆがめた。

カナイはその表情に、そろそろ誤解を解いたほうがいいか、と、この場をおさめるのに最も適した人物にチラリを視線をむけたが、まだ、テッドは目の前にいるカナイが信じられないのか、呆然とした表情のまま、固まっていた。

カナイは、ため息をついた。

「悪かった!」

少年の間合いから抜け出したカナイは、大声で叫び、両手を上げた。

そのいきなりの行動に、少年も驚いたのか、一瞬動きが止まったが、さっきの怒りと悔しさから、簡単にその言葉を信じる事ができず、油断してはいけないと自分に言い聞かせるように、全身からカナイに対する警戒のオーラを発していた。

「テッド! いつまで放心してるんだ! 何とか言ってくれ!!」

カナイが呼びかけると、ようやくテッドは緩慢な動きで立ち上がり、少年の隣に立つと、肩を叩いた。

「……一応、あれ、俺の知り合い。……たぶん……」

(『あれ』呼ばわりの上に、たぶんですか――)

その言われように、カナイは苦笑し、ようやく剣を鞘に戻した。

武器を収めたことに、いくらか警戒が薄れたものの、少年は、いまだカナイに怒りと警戒をあらわにしたするどい眼をむけながらも、棍を降ろした。

「……知り合いにしては、おかしな挨拶の仕方だと思いますけど……?」

少年は、猜疑心を隠そうともせず、あからさまに信用できないとカナイに問い掛けてきた。

カナイは、苦い笑いが止まらなかった。

「悪い。ちょっとした、いたずらのつもりだったんだ」

「……いたずらにしちゃあ、性質が悪すぎると思うけどな」

テッドがため息をつきながら、そう言った。

その言葉にも、カナイは笑いが浮かぶ。

「……あまりにも、懐かしかったものだから――」

『懐かしい』という言葉を口にしたとたん、胸が締め付けられるような気がした。

少年は、テッドと、目の前にいるカナイの会話を聞き、カナイの感情の変化を敏感に察知し、しぶしぶながらも2人が知り合いであるということに納得したようだった。

それでもカナイに対してまだ、硬い表情は解けないものの、あからさまに警戒をすることはなくなったようだった。

「……わるい、ティル。今日は、帰ってくれないか?」

「え? どうして? テッド」

ティルと呼ばれた少年は、かって知ったるかのように、テッドの家にそのまま入ろうとしたところ、テッドにそういわれて、怪訝そうにテッドに問い返した。

そして、チラリとカナイを見た。

いくら知り合いとは言っても、ティルにとってはまだ警戒すべきと判断した相手を、親友のテッドと2人きりにはさせたくなかったのだ。

そのティルの心配に気づいたカナイは、自業自得とはいえ嫌われたものだと、また苦笑した。

「別に、おれは、一緒でもかまわないよ、テッド。そのほうが、……ティルだっけ? も、安心できるだろ?」

テッドにそういいながら、ティルに笑いかける。

ティルは複雑な顔をしながら、テッドを見た。

テッドは一瞬、黙ってろという風にカナイに視線で訴え、ティルの方へ向き直った。

「……今日の、ところは……、頼む。一生のお願いだよ」

ごまかすように笑いながらそう言うテッドに、ティルはあきらめたようにため息をついた。

「わかった。じゃあ、今日は帰る」

「わるい」

「けど! 明日、絶対、話を聞かせてもらうからな!!」

そう言うと、もう一度カナイに眼を向けたが、特に何も言うことなく道を引き返していった。

「悪かったな!」

その後姿にカナイはもう一度声をかける。

ティルは振り向かなかったが、ひらひらと片手を振り、そのまま走り去っていった。

その姿が見えなくなるまで、お互いに何も言うことなく、カナイとテッドは、道に立っていた。




【To be continued】




やってしまいました。
「よみがえる刻、その想い」の別バージョン。
今回は、テッドと4主(カナイ)がグレッグミンスターできちんと(?)遭遇しています。

(05.02.13)




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