扉を開く鍵 2


「……で、お前は、何をしにきたんだ?」

テッドは、先ほどまでのティルに向けていた、柔らかい表情を一変させ、昔のような思い つめた暗い表情になっていた。

そして、カナイを仕草だけで招くように、家の中へと入っていった。

「……冷たいな。偶然、見つけただけだよ」

その変化を寂しく思いながらも、カナイはテッドの後を追った。

テッドは無言のまま、カナイのためにいすを用意し、そしてお茶をいれた。

お互いが正面に向き合いながらも、テッドはしばらく視線も合わせようとせず、ただ、お 茶をすすっていた。

カナイはため息をついて、苦笑した。

「……おれ、そんなにテッドに嫌われてるのか?」

150年ぶりの再会だ。

確かに、先ほどの自分の行動に問題があったのは認めるが、少しくらい懐かしそうにして くれてもいいのに……、とカナイは本気で悲しくなったが――。

「ちがっ――!!」

慌てたように、否定しかけて、また口をつぐんだテッドに首をかしげた。

「違うのか? だったら、なんでおれに対して、そんなに身構えてるんだ?」

もう、襲い掛かったりしないのに、と言うと、テッドは、今度は苦しそうに表情をゆがめ た。

「テッド?」

「違うんだ……」

苦しそうに、それだけ言うと、テッドは両手で持っていたコップを机の上に置いた。

そして、立ち上がり、壁に立てかけてあった、弓矢を持ち出してきて、カナイの前に置い た。

「……これは?」

そのテッドの行動がわからず、カナイは再び首をかしげた。

150年前、テッドは弓を得手としていた。

ただ、その当時の弓は木製で、かなり古びてはいたが、テッドが、大事に手入れをして 使っていたのをカナイは覚えていた。

だが、目の前に置かれたのは、古びた、鉄の弓だった。

さすがにこの長い年月に、テッドの木の弓が耐えられなくなり、鉄の弓に変えたのかと思 い、その弓を手にとり眺めてみたところ、どこか、見覚えがあるような気がした。

カナイは、どこで見たのかを思い出そうと、その鉄の弓を睨み付けるように見ていたが、 次のテッドの言葉に納得した。

「アルドの、弓だ」

「ああ、どおりで――」

見覚えがあるはず、と納得して気の済んだカナイは、同時に、懐かしさに胸が一杯にな る。

共有の過去をもつ者が、そばにいて、自然とその会話がつながる――こんな他愛ないこと で、カナイは泣き出しそうなくらい幸せを感じた。

どうやら、自分で思っていたより、昔の思い出に飢えていたらしい。

なんともいえない、幸せそうで、愛しそうに、ほんの一年ばかりをともに過ごした仲間の 形見を眺めるカナイの様子を見ながら、テッドは罪悪感で胸が痛んだ。

「おれが、殺した……」

「……!?」

咄嗟に、言われた言葉が理解できなかった。

反射的に弓から視線をテッドに移したカナイは、その大きな青い瞳をこれ以上にないくら い大きく見開いた。

その瞳に写ったのは、くしゃっと顔を顔をゆがめて泣き出しそうになっているテッドの幼 い顔だった。

思わず、立ち上がり、条件反射のように慰めたくなり、頭を軽くなでた。

一瞬、ビクリと肩を振るわせたテッドも、カナイの手を振り払うようなことはせず、た だ、なでられるままになっていた。

しばらく、そのままの状態が続いたが、カナイは、うつむき加減のテッドの肩が、震えて いる事に気が付いた。

泣いているのか、と少し心配そうに顔を除きこんでみたところ、テッドは笑っているのだ と解り、安心し、テッドの頭をなでるのを止めた。

「笑うなよ」

他に言う言葉が見つからず、冗談ぽくしかる口調でカナイはそう言うと、わざと膨れっ面 をつくり、いすに座りなおした。

「わるい。でも、おれのほうが、かなり年上なんだけど?」

おとなしく頭をなでられておきながら、今更だけど……といったふうにテッドは付け足し た。

「知ってるよ。……でも、慰めたくなったんだ」

カナイは答えながら、既に冷めてしまったお茶に手を伸ばした。

また、しばらく沈黙の時が続いた。

けれど、先ほどまでの張り詰めた雰囲気はなく、どこか、空気は和らいだようだった。

「……聞いても、いいか?」

再びカナイが口を開いたのは、既に夜の闇が外を包み、テッドがランプに火を入れるため に立ち上がり、ランプを机の上に置いて再び向かい合わせに座ったときだった。

「ああ」

テッドは、ためらうことなく頷いた。

いつか、カナイに再び出会ったら、絶対に告げなければならないと思っていたことだっ た。

「……あいつは……――」

ゆっくりと、途切れがちに、……言いづらそうに、テッドが告げる言葉を、カナイは静か に聞いていた。

―――――

カナイは、あの時、エイリール要塞での戦いの後、最後に攻めて来た船団に向かって罰の 紋章を使った。

その後、それまでにない倦怠感に襲われ、仲間に罰の紋章の呪いが降りかかるのを恐れ、 仲間の制止する声に耳も貸さず、その場を逃げ出したのだ。

しかし、どうにか、罰の紋章はカナイを喰らうことなく、カナイは再びオベルへと足を運 んだ。

仲間たちに、自分の無事だけでも知らせておこうと思ったのだ。

再会できた仲間達は、例外なくカナイの無事を喜んでくれた。

しかし、その時には既に、テッドは姿を消しており、その他にも行方がわからなくなっ た仲間もおり、主だった仲間全員には、再会することはできなかった。

……アルドも、その一人だった。

テッドの言葉から、アルドは、テッドとともに、その後しばらく旅をしたことがわかっ た。

おそらく、ついてくるなと言うテッドに、アルドはいつもの笑顔で、邪険にされても気に することなく、無理やりついていったのだろう。

その様子が、カナイには容易に想像できた。

「……あいつは、バカだ。このおれの真の紋章の呪いも、ちゃんと教えたのに……。それ でも、おれについてきて、いつも笑ってたんだ……」

――気を、許したつもりはなかった。

――馴れ合った、つもりもなかった。

――それでも、自分でも気づかないうちに、あいつの存在を、嬉しいと、そう思うように なってたんだ……。

そう言って、テッドは小さく笑った。



【To be continued】





1を書いてたときは、弓使いの方は出てくる予定ではなかったのですが、
なぜか、こういうことに…。

すでに多くの方が使われているネタ
(テッドの鉄の弓はアルドの、ってやつ)
を持ち出させていただいてます。

私も、そういうことなのかな〜っと漠然と考えていたもので…(汗)

次、死にネタです。苦手な方はご注意下さい。

(05.02.19)




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