噂を聞いた。

何でも、光を発することで、願いをかなえてくれるという泉があるという。

そんな、おとぎ話のようなことを信じたわけではなかったが、ティルは少しばかり興味を持って、その噂の元の村を訪れることにした。





心の中に… 《前編》





「……こんな話を聞いてきたんですが。」

「知らないね。」

辿り付いた村で、ついでに消耗品を買おうと道具屋へ入り、そこの店主にその噂について尋ねてみたところ、先程までにこやかに対応していた店主の態度が一変した。

いぶかしげに思いながらも、ティルは、これ以上は聞いても無駄だと考えて、代金を払って店を出たのだった。



道具屋を出て、周囲を見回す。

のどかな村だ。

村の北側には高い切り立った崖が聳え、村の東西は慣れないものが立ち入った場合、必ず迷うと言われるほどに、深い森に覆われていた。

この村へ訪れるまでの道中で立ち寄った近隣の町村では、この村は天然の要塞だと昔から言われていると言っていたが、確かにその通りかもしれないと思った。

とりあえず、時間的にそろそろ宿を探すべきだろうと、道を歩いていた村人らしい相手に声をかけた。

その村人は、なぜか必要以上に無愛想にティルに宿屋を教えてくれた。

その時までは、何故だろうと考えていたが、宿屋に入って気がついた。

明らかに、堅気ではなさそうな男たちが、大勢その宿屋に滞在していたのだ。

その男たちの狙いは、簡単に予想できた。

ティルがこの村を訪れる理由となった、『泉』だ。

(ああ、だから……。)

村人たちが、鏡に興味を示す自分に、つっけんどんな対応になったのも頷けた。

もし、その泉が本当にあった場合、今まで村人が大切に守ってきたであろう、欲深い連中がそれを求めて何をしでかすかと警戒するだろうし、もし無かった場合にも、やはりこれらの胡散臭い連中が何かをしでかすかもしれないと、迷惑しているのだろう。

彼らは早い目の夕食を取っていたようだった。

これからおそらくその『泉』を探しに行くのだろう。

宿屋の親爺に部屋を訪ねたところ、すでに部屋は満員で、無理だという話だった。

親爺の方も迷惑をこうむっているのか、客であるはずのティルに、かなりおざなりな対応だった。

それに苦笑しつつも、大して気にせず、ティルは野宿をすることにした。

とりあえず、腹ごしらえは必要だろうと、食事を頼み、席についた。



食事の間も、その『鏡』を探してやってきたであろう男たちは、ライバルたちに必要以上に殺気だった気配をかもし出したり、我関せずといったように周囲の喧騒が聞こえていないような態度で食事をしている人間など、様々だったが、その中で1人、ティルの目を引く人物がいた。



「………………。」

客ではなかった。

客と思われる人間たちは、大した使い手などいない、単なるゴロツキといった感じの人間だったが、その客たちの間を、泳ぐように動きまわり、給仕をしている青年に目が自然と引き寄せられた。

――平均より整ってはいるが、特に目立つ容姿をしているわけではない。

黒い髪、黒い瞳の20歳前後に見える青年だった。

……普通にしていれば解らないくらいに、うまく隠してはいるが、明らかにこの宿にいる人間の中で、最も腕が立つと思われた。

その青年は、ティルの視線に気づいたのか、ふとこちらを見て、ほんの一瞬ティルと視線が交差した。

互いに何かを感じ取ったようだったが、青年は、まったくそのそぶりを見せずに、自然な様子で給仕を続けていた。

「―――。」

確かになんとなく気にかかる青年ではあったが、特にティルに害意があるわけでもないと判断できたので、ティルは気にすることを止めたのだった。





夜半、善良な村人たちは全てが眠りにつき、村の周囲で男たちが活動を開始していた。

泉は光る。

だから、昼間より夜の方が捜し易いというのは、誰もが考えることのようだった。

ティルも例にもれず、森の中を歩いていた。

「…………………。」

そして、感じる。

泉を捜すために森の中を徘徊しているはずの男たちの気配が、1つずつ、しかし確実に減っていっている。

争う声は聞こえない。

剣を打ち合う音ももちろんだ。

……殺気を放つ人間の気配も、モンスターの気配もない。

しかし、確実に、何かが起こっている。

そして、その何かが、自分にも近づいてきていることに、勘で気づいたティルは、森の中、少し開けた場所に出て、その真中に立つと、周囲の気配に集中した。

「……隠れてないで、出てきませんか?」

「――やっぱり、気づいてましたか。」

ティルの近くまでそれは来たものの、ティルが気づいていると解った時点で、動くのを止めたものがいた。

少し待ってみて、それが一向に近寄ってこないので、ティルは呼びかけることにしたのだった。

そして、返って来たのは、思った以上に落ち着いた、どこか品があるとさえ感じられる若い男の声。

そして、ついで現れた姿は――。

「……やはり、あなたでしたか。」

つぶやいたティルに、宿屋の給仕の青年は苦笑した。

「よく気づきましたね。……やっぱり、見かけどおりの少年じゃなかったんだ。」

「――それはどうも。」

青年には、敵意も害意もなかった。

ただ、純粋な驚きを感じながらも、どこか納得したような表情。

そして、ティルを真っ向から見返す真摯な瞳をしていた。

彼が、いくらあまりよろしくない種類の人間であろうとも、問答無用に男たちを片付けていたとは、半ば信じられなかった。

「……他の人たちは?」

「――眠ってますよ。明日の朝には目が覚めるでしょう。……それがどこかは、運次第ですが。」

「……運?」

奇妙な事を言うな、と、疑心的に首をかしげたティルに、青年は右手を見せた。

「……瞬きの紋章――ですか。」

「はい。」

なるほど。

この青年に殺気がなかったことが、漸く理解できた。

これほどの強さを持っていて、邪魔なヤツラがいる。

そう言った場合、乱暴ではあるが、全員を討ち取ってしまった方が、後腐れなくてすむというのに、彼はわざわざ面倒な方法を選択して、血を流さずに解決してきたのだろう。

――この青年は。

不思議な青年だと思った。

ただ、感心して、青年を見つめていたティルに、青年は苦笑した。

「……君は、この方法では無理だな。……でも、自分の欲のために、他の人間がどうなってもいいと考える、そう言った輩でもないみたいだ。――そんな君が、どうしてこの村にきた?」

「願いをかなえてくれる泉があると聞いたもので。」

「――金が欲しいわけでもないだろう? 土地も違うだろう。戦う力――は君には充分にある。人を支配したいわけでもない。……君は、何を望む?」

青年はまっすぐにティルの瞳を見返していた。

「……それをあなたに答えることに、何か、意味が?」

青年は、ティルの返答に、なぜか寂しそうに笑った。

「そうだね。『意味』はないかもしれない。……ただ、君の願いはかなえられることはない。……そう、答えることが出来るくらいだ。」

「――俺の願いも聞かずに、何故、そういえるんですか?」

もとより、かなえられる願いでないことは理解している。

だからといって、真っ向から否定されるのはあまりいい気分ではなかった。

だから、少し睨みつけるように青年を見た。

青年は、何かを哀れむように、そして、どこか遠くを見つめるような瞳で、ティルを見返していた。

「――ここには、『願いをかなえる泉』なんて、存在しない。……あるのは、空間の歪みだ。」

「…………………。」

青年が言っている意味がよく理解できなかった。

それを読み取ったのか、青年はティルに説明するように言葉を続ける。

「その歪みは、まるで泉のように地面の上を弛んでいる。だから、『泉みたいだ』と表現する人は多かった。……それが噂になって、『泉』になったんだろう。……そして、『願い』。……これは――。」

青年はここで大きく息を吐いた。

「何よりも強力な武器があれば、金と富と名声は本当に容易に手に入る。……その、武器の元になるものが、手に入るとしたら――?」

青年はここで言葉を切った。

そして、静かにティルを見る。

ティルは唇を噛み締めた。

――理解した。

おそらく、自分の『願い』を、それでかなえた者がいたのだろう。

そして、その人物の願いは『金』『富』『名声』――。

だからこそ――。

「……なるほど。それで『願いがかなう泉』になったんですね。」

「そう。」

青年は静かに頷いた。

「……確かに、俺の願いは叶わないな。……あなたの言う通り。」

「――君が何を求めてここにやってきたのかは解らない。……でも、君のような人がこんな夢物語のようなものにすがって叶えたいと思うことは、……とても難しいことなんだろうね。」

とても残念そうに、青年はつぶやいた。

そう言う彼自身にも、富も名声も必要ないものなのだと、ティルは理解した。

だからこそ、青年は、ティルがそれを望んでいないということを、いち早く理解できたのだろう。

最初から無理だとはわかっていたが、それでも、かすかにどこかで期待していたのだろう。

ティルは、ほんの少しだけ、胸が痛むような気がした。

その胸の痛みに気をとられている間に、青年は、ティルに背を向けて歩き始めていた。

「え?」

てっきり、その青年は、いくらティルが真実その『武器の元』になるものを求めてきた人間ではないと理解しても、同じように排除するべきだと言ってくるかと思ったのだ。

それなのに、青年は、ティルには何もする気がないようだった。

「どうして、俺は一緒に排除しようとしない?」

「……だって、必要ないから。」

あっさり返された言葉に、ティルの方が言葉に困った。

どうすればいいかわからず、ただ、青年の後を追う。

青年も、特に気にした様子もなく、ティルが付いてくるのを嫌がらなかった。

そのまま青年は、気絶させたらしい男たちのところへと歩いていき、そして、宣言どおり彼らを『どこか』へ飛ばすのを、ティルは黙ってみていた。

「聞きたいんですが、村の人たちは、その『噂』について、どう思ってるんですか?」

噂は完全に本当ではなかったが、完全に嘘でもなかった。

だが、村人たちは、この、使いようによっては『富』となるものに対して、いい感情を持ってはいないようだった。

――村の宝を狙う輩を警戒していたのかとも考えたが、今思い返せば、そういう、何かを隠すようなそんな気配もなかったように思った。

だからティルは、疑問に思ったことを尋ねることにした。

「……彼らは知らない。その『空間の歪み』のことは。……ただ、その歪みに子供が囚われて――。……消えた。」

「――!!」

「空間の歪み。異世界への入り口。……通常、人は、その道を通る事はできない。だが、例外的に、そこを越えてしまうものがいる。……神隠しというものにあったものは、このような空間の歪みに囚われたものかもしれない。」

だから、あれほどに、村の人たちはその『噂』に過敏に反応したのだろう。

そして、そんな欲深い連中に忠告してもムダだと考えたのか、自業自得だと思ったのか、それとも、すでに忠告して、嫌な目に会ったのか……。

多分、どれかであり、『噂』で集まってきた人間には極力関りたくないと考えたのだろう。

「……詳しいですね。」

「……聞きかじりだけどね。」

「そうですか?」

青年は、まだ何か隠しているように思えたが、ティルは深く追求する気も、必要もないと考えた。

「――あなたは、俺の願いを尋ねましたよね。」

「ああ。……でも、聞いても、叶えることはできない。」

「それはいいんです。……なんとなく、あなたになら言ってもいいかと思ったんです。」

「――聞いてもいいのか?」

「……ええ。」





【To Be Continued】



ラプソディア設定込みといっても、本当に、微妙…(汗)
『青年』…名前出てないです。
…出す気無かったな…。
…ラプソの主人公の彼…のつもり…(汗々)




(05.11.14)



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