森の木々の隙間から、かすかに見える空には、星が輝いていた。

月が輝く明るい夜なのだと、ようやくそこで気が付いた。

森は木々に覆われ薄暗かったからか――。

それとも、ティルの心が違うものに囚われていたせいかもしれない。





心の中に… 《後編》





「――親友を、とりもどしたかったんです。」

「……命を?」

「……そう。」

「そうか。」

青年もまた、空を見上げた。

おそらく、青年も、誰か大切な人を失った経験があるのだろう。

「――失った命は、もう、二度と戻らない。それは、誰にも不可能だ。……期待したい気持ちは、僕にもわかる。……でも――。」

青年はつらそうに、本当に悲しそうな目をティルに向けた。

「あきらめるしか、ない。」

ティルは黙って頷いた。

青年が、本当にティルの気持ちを思っていってくれているのがよくわかった。

だから、素直に頷く事ができた。

「さあ、もう、村に戻った方がいい。……君なら大丈夫なのかもしれないけど、この森にも強いモンスターはいる。」

青年は、ティルにそう促して、自分はその近くにあった倒木の幹に腰をおろした。

「……君は?」

「俺は、ここで夜を明かす。……多分、もういないと思うけど、……近づく人間がまだいたらいけないからね。」

「――それも聞きたい。……あなたは、なぜ――。」

「……異世界から召喚された生物を使って作られた武器、それがどれほどの威力を持つものなのか、僕は知っている。……二度と、あんなものは作られるべきではないんだ。」

語彙を強めた、断言するような言葉に、ティルは少しばかり驚いた。

物静かな、落ち着いた青年だと思っていた。

なんとなく、だが、彼は、「これは悪い」「これは悪くない」と明確に、冷静に分類して、感情のままに動く事をしないような、そんな感じがしていたのだが……。

彼は、おそらく、この空間の歪みにより生み出された何かにより、大切なものを失った経験があるのだろう。

……だからこそ、二度と、それが起こらないようにしたいのだと、理解した。

「そうですか。」

ティルはただそうつぶやいて、その後は2人とも無言だった。



確かに、正義感だけで動く人間がいないとは言わない。

実際に、そんな人間をティルは知っている。

だが、そんなひとは稀有であり、彼のように、何かが原因でありそのため、コレをしているのだという方が、なんとなく理解し易かった。



結局、ティルとその青年は、夜が明けるまでその場にいたが、ほとんど何も話すことはなかった。





朝になり、ティルは、その青年の顔を改めて見上げた。

太陽の光の下、新たな気持ちで見た彼は、不思議な雰囲気を纏った青年だった。

何処がどう不思議なのかと問われれば、答える事はできないような曖昧なものではあったが、彼に出会えたことが、なんとなくよかった、と思えるような、そんな気持ちのよさをかもし出していた。

「行くのか?」

「ええ。……ここにいる用もなくなりましたから。」

そう言って笑うティルに、青年も笑った。

「――1つ、言い忘れてたことがある。」

「なんですか?」

「……失われた命。それは確かに取り戻す事は、不可能なことだ。……でも、その相手を思う心があれば、その相手は、いつまでも自分の中に生きている。――本当に、イキイキと――。……確かにその人がいた。その時を自分は覚えている。だからこそ、幸福な時間があったのだと、信じられる。……それがどれほど短い時間であったとしても――。……これは僕の勝手な考えだから、君が違うと思えばそれまでなんだけど……。……僕は、本当に、そう、信じているし、確かに、僕のここには、彼らが生きている。」

青年は、自らの胸に手を当て、何かを抱きしめるような仕草をし、そして、優しい笑顔を浮かべた。

「――いいえ。……その、通りだと思います。」

ティルはそう言って、青年に笑いかけた。

青年も、嬉しそうにティルに微笑みを返してきた。

村では、男たちが荷物を残して1人残らず消えてしまった事に、また神隠しが起こったと、噂をしていた。

だが、自業自得だとも――。

男たちはいづれまた、この村に戻ってくるかもしれない。

だが、この青年がいれば大丈夫だろう。

「じゃあ、道中、気をつけて。」

青年の見送りの言葉に頷くと、ティルはその村を出発した。



願いはかなえられることはなかった。



でも、この村に来て、1つの出会いがあったことは、素直に喜ばしいことだった。



――本当に不思議な青年だった。

見かけで言えば、ティルより少し年上だが、ほとんど同じ歳のはずだ。

だが――。

「……すごく、安心できたんだよね……。……なぜか。」

まるで、人生の先輩に、大切なことを教わったような、そんな満足感と、感謝の気持ちを感じた。



彼が言うには、空間の歪みは、それほど長くは出現しないのだそうだ。

長くて、数ヶ月から1年。

短ければ、ほんの数時間で消える。

今回は長い部類に入るが、そろそろ消えるような兆候を示しているらしい。

その歪みが消えれば、彼はこの村を去るのだろう。

彼が排除した男たちが戻ってきたとき、要はその歪みが消えていればいい。

そうすれば、おそらく彼にやられたことすら記憶にない男たちは、『泉』を探し、いずれ、見つからないと判断するだろう。

そして、自分たちが何時の間にか知らない場所に飛ばされたのは、その『泉』の所為なのだと、思い込むようになるのだろう。

――同じく、村人達も。

そして、いずれ、この村は本来の静けさを取り戻すだろう。

――何事もなかったかのように、あの青年の存在を知ることもなく……。



「あ……。」

そんな事を考えながら、草原を歩いていたティルは、あることを思い出して、立ち止まって村の方を振り返った。

「……名前、聞くの忘れた……。」

そう言えば、自分は彼に名乗らなかったし、彼もティルに最後まで名乗る事はなかった。

もう、二度と会うことはない相手かもしれなかったが、名前くらい聞いておけばよかったと、今更に気がついた。

「まあ、いいか。」

そんな人間もいたと、ティルが覚えていればいいのだ。

ティルはクスリと笑うと、もう振り向くこともなく、ただ、前へと足を進めた。

彼は、とても気持ちのいい青年だった。

それで、いいのだ。

ティルは1人心の中で頷くと、次に進む目的地を考えることにした。



「さて、今度は何処へ行こうかな――。」



また、新しい出会いがあればいい。

ほんの少しの出会いでも、心に残る何かが得られればそれでいい。

「ソウルイーターも、さすがに1日2日しか関らなかった相手の魂を盗み取ろうとはしないしね。」

虚勢でもなんでもなく、「そうだろ?」と、ニコッと笑いながら右手に語りかけながら、ティルはその手を太陽にかざした。

革の手袋に覆われた右手に刻まれた紋章は、目に見えることはなかったが、なんとなく、「その通りだ。」と、ティルのよく知っている声が、苦笑気味にそう言っているのが伝わってくるような、そんな気がした。



そして感じる。



テッドは、確かにティルの中に生きている。



だからこそ、彼ならこう答えるだろう。

こんなふうに笑うだろう。

ここではやっぱり怒るだろう。



そんなことが、容易に想像できる。



「うん、その通りだ。」



そして、ティルは、先程別れてきた青年の顔を浮かべて、にこりと笑った――。





【END】



…不完全燃焼…(汗)
言いたいことが表現しきれてません…(泣)
最後、無理やり終わらせた感が…。
すいません〜(脱兎)


(05.12.02)


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