戦いの後…… (後)




思わず大声を上げて叫んだトウタにさえ、フッチは何の反応も示さなかった。

……いや、示す余裕など、すでになかったのかもしれない。

一気に全身から力が抜けてしまったかのように、フッチはその場に崩れかかった。

慌てて支えようと手を伸ばしたが、自分より背が高く、体格もはるかによいフッチを、元より腕力に自身がないトウタには受け止める事ができなかった。

地面にそのまま倒れこんだフッチの身体を、トウタは慌てて診察した。

月明かりのみの頼った状態では、はっきりと傷の状態を判別することは難しかったが、フッチの容態が芳しいものではない事だけは、はっきりと解った。

(かなり、深い――!!)

正直言って、今まで普通に立っていられたのが不思議なくらいに思えた。

「だめだ! ここでは治療できない!」

焦りが、トウタの口から無意識に心情をさらけ出す。

明かりが乏しい上に、満足な治療道具も持っていない。

せめて応急処置をと思ったところ、おくすりさえほとんど持ち歩いていないという事実を思い出した。

いつもだったら、万が一何かが起きても対処ができるよう、最低限のおくすり程度は持ち歩いている。

なのに、今日に限って、トウタは薬入れを完全に医務室においてきてしまっていた。

フッチが何か持っていないだろうかと、フッチの服を探りはしたものの、フッチもいつもは彼の相棒のブライトの背に荷物を括り付けているため、ほとんど持ち合わせていないようだった。

かろうじて、おくすりが1つ2つフッチのベルトにくくりつけてある小袋にあったため、それを無断で拝借する。
しかし、そんな程度では全然追いつかない。

何とかできないかと、辺りを見回したが、そう都合よく薬草など生えているわけは無く、打開策など見つからず、フッチをどうにか城まで連れて帰らなければならないと解っているものの、トウタ1人でフッチを運ぶ手段も思いつかなかった。

途方にくれ、人を呼びに行こうかとも考えたが、このような状態のフッチをこんなところに1人おいておくなど、けっして出来なかった。

その時……。

「あ〜……、ウィック……。夜風が気持ちいい〜ぜ…っと……」

明らかに、酒を飲んで上機嫌であることが伺える、聞きなれた声がトウタの耳に届いた。

その普段なら、苦笑して、「飲みすぎはよくないですよ」と注意するような状況の相手が、今のトウタには天からの助けのように感じられた。

「エースさん!!」

その切羽詰った声に、エースは、今までの陽気なほろ酔い気分が一気に吹き飛ばされるのがわかった。

そして、今までの挌下のモンスターにむける注意など比ではない。何か常ならないことが起こっていのだということを瞬時に理解し、本能としての緊張感が湧き上がってくる。

自然と表情が硬くなるのがわかった。

その声の主に対して怒りを感じたわけではない。

ただ、それが必要だったのだ。

今まで、ふらふらと足取り軽く、いかにも楽しそうに歩いていたエースの歩調が、トウタの声に反応して改まり、しっかりとした足取りになり、トウタのしゃがみこんでいる場所に一直線に近づいてきた。

「どうしたんだ、せんせい!! 一体、何が……」

言いかけたエースの視線が、トウタの前に横たわる人物に移ったとき、エースの顔色が変わり、何も言うことなく、エースが状況を理解したことがわかった。

「すみません。見てのとおりです。とにかく、彼を城へ運ぶのを手伝ってください!」

詳しい説明をしている時間が惜しかった。

エースも一も二もなく、頷くと、フッチを担ぎ上げ、速足で城の方へ歩き始めた。

鍛えられたフッチの身体はかなりの体重があるだろうに、エースの足取りはまったく危ういところが無く、トウタはそんな場合ではない事がわかっているのに、思わず感心してしまった。



病室の寝台の上にフッチをそっと横たえた後、エースはトウタが真剣な表情でフッチの身体を診察し、怪我の治療を行うのを見ていた。

エースが頼まれたのは、フッチを病室へ運ぶことだけだったし、医師であるトウタがすぐ側についているのであるから、そのまま宴会場へもどるなり、部屋に寝に行くなりしてもかまわなかったのだが、やはりフッチの容態が気にかかり、その場所を動けなかった。

フッチの怪我は、エースの目から見ても、かなりひどいものだということがわかった。

エースは、トウタが最後の傷を縫い合わせ、化膿止めの薬草を湿布し、包帯を巻き終えたのを見計らい、ようやく重い口を開いた。

「……どうなんですか? フッチの様子は……」

「ええ……、命に別状はありません。……もう少し手当てが遅れれば、どうなったかはわかりませんが――」

暗い表情を隠そうともせず、トウタが答えた。

その台詞に、エースはゴクリと唾を飲み込んだ。

それから、グシャグシャと自分の髪をかき混ぜて、呻いた。

「なんで、誰も気づかなかったんだ――!!」

叫んだことで、少し気が落ち着いたのか、エースは大きく息を吐いて、いつもどおりの彼に戻ったようだった。
『誰も』と言って、自分以外の人を責めているような口調だったが、エースの落ち込んだ表情を見る限り、自分が気づかなかったことを責めているように伺えた。

トウタ自身も、エースとほとんど同じ心情だった。

戦いの後、アップルはすぐにこの城を発った。

シーザーが、「せっかくこれから宴会なのに……」とつぶやきながらも、アップルと一緒に発つことに異論はないらしく、思いつめたような表情のアップルのことを、ちらちらと心配そうに見ていた。

ビッキーもまた、いつもは以前は宴会には参加し、そのままくしゃみをして消えてしまったが、今回は参加するという意思もなかったのか、気がついた時には、いつの間にか消えてしまった後だった。

ジーンはジーンで、まったくみかけからはその感情をみせることなく、それでもどこか思うところがあったのか、戦いが終わるとすぐ、適当な理由をつけて店じまいをし、すでにこの城を発っていた。

トウタもまた、宴会の間だけでも城から離れていようかとも考えたのだが、職業がらそういうわけにもいかないと、城に残っていたのだ。

だが――……

フッチは、どうしていたのだろうか……?

宴会が始まる前、シャロンは見かけていた。

嬉しそうに、同年齢の仲間達とはしゃいでいる姿があった。

あのシャロンを見て、フッチは去ることが出来なかったのではないだろうか?

フッチは優しい。

自分の感情より、他の人の感情を優先させてしまうことが多々あった。

しかし、今回の戦いでは――。

自分達、ルックを知る者たちが傷つかなかったということでは、決してない。

だが、それ以上に、フッチが傷ついていないはずがなかったのだ。

ここにいた、15年前のルックを知る人たち…いや、トウタ以外の面々は18年前からルックを知っていたが――、その中でも、リーダーと仲がよく、また年も近かったフッチとルック、そしてサスケは、同じパーティーに入っていることが多く、また、本人達も周囲から見てとても仲が良く、親友といっても過言ではなかったように思われた。

そのフッチが、ルックを倒せたことをよろこぶ仲間たちの中で、どんな気持ちで過ごしていたのか、トウタは医師として、いや、友人としてその心中を考えるべきだったのかも知れない。

おそらく、今現在この城にいる仲間達の中で、トウタが最もフッチの気持ちを理解する事が出来たはずなのだから――。

もしあの時、あの湖岸でフッチを見つけ、声をかけていなければ、今ごろフッチは……。

想像するだけで、トウタは血の気が引くのを感じられた。

だが、今、フッチはここに生きている。

目を覚ましさえすれば、必ず回復し、いつもどおりのフッチにもどるだろう。

――肉体の方は……。

だが――。


「一体、どうしたってんでしょうね……。怪我をしてることを黙ってるなんて」

自分の考えに没頭しかけていたトウタの耳に、エースの声が聞こえた。

確かに、他人が気づく、気づかないの以前に、自分が申告するべきなほどの傷だった。

トウタの頭に、倒れる前のフッチの様子が思い出される。

声をかけた直後のフッチを思い出す限り、何かを耐えていたような雰囲気は感じられなかった。

「痛み自体を感じていなかったのかも……しれません……」

『痛みを感じない』

これは、戦いを生業とするものにとっては、致命的なことだ。

そのような状態にフッチさんが陥ってしまうほどに、今回の戦いは彼にとってつらいものだったということを、今更ながらに思い知らされた。

『彼は強いから……』と、無意識の内にフッチさんなら大丈夫と、自分は決め付けていなかっただろうか?

「なんだって、そんな……」

エースの驚いた声が聞こえる。

彼も歴戦のつわものだ。痛みを感じないということが、戦場でどれほど危険なことなのか、トウタ以上に身をもって知っているのだろう。

「……―――、……!!」

そのとき、完全に意識を失い、身動きひとつしなかったフッチが、苦しげに何か言うのがわかった。

トウタは、意識が戻ったのかと期待をし、そっと呼びかけてみた。

「フッチさん?」

その声に反応せず、ただ、フッチは何かを言おうとしていた。夢の中で『誰か』に何かを告げようとしているかのように……。

「フッチさん」

もう一度、今度は、少し声を大きくして呼びかけた。

トウタの声に対する反応は依然と見られなかったが、再びフッチの口からもれたつぶやきは、はっきりとトウタの耳に届いた。

「ルック……! すまない――!!」

「――――――!!」

悲鳴のような、胸を引き裂かれるような響きをもった声だった。

トウタはしばし、言葉を失った。

この城でフッチに再会し、そして敵がルックであることがわかった後、トウタはフッチに問い掛けたことがあった。

「フッチさん。……ルックさんと戦う事に、抵抗はないのですか?」

フッチはいつものように柔らかく微笑みこう答えた。


「……敵に、心を移していては、自分の身が危ういんだよ……。……もう、割り切ったつもりだ」


 例え、戦う相手が大切な友人であったとしても、そのために自分が命を無駄にするつもりはない。
 自分が彼の事を大切に思うように、自分にも自分を大切に思ってくれる人たちがいるのだから……。
 ……それに、彼がどれほどの大罪を犯そうと、その根本にある彼自身の心は変わっていない。
 それを知らない人間に、彼の命運をまかせるよりは、……自分のこの手で、片を、つけたい――。


フッチは強い意思を称えた瞳で、トウタを見つめ、そう言った。

そのとき、トウタは、言外にフッチが告げていた言葉には全く気が付かなかった。

フッチのことを、こんなに冷たい人だったのか、とさえ思ってしまった。

今、その時のことを――あの瞳を思い出すとわかる。

フッチは、誰よりもルックを大切に思い、ルックのことを悲しんでいたのだ。

そして、周囲の人のために、自分の事も大切にしていた。

どれだけ、フッチはその葛藤に苦しんだのだろう。

口先だけで、結局自分の事しか考えず、相手の事も理解しようともせず、おまけに何の行動にも移さない、臆病者の自分とは、違うのだ。

再び、自分の思考に没頭しかけていたトウタは、人の動く気配を感じ、ハッと振り向いた。

バツの悪そうな顔をしたエースが、部屋を出て行こうとしているところだった。

「エースさん、あの……」

「わかってる。わかってっよ! ……誰にも言わないさ」

両手を広げていつものように軽く答えながら、エースは肩をすくめた。

しかし、その顔は真剣だった。

「誰でも、悩むし、後悔もするだろう。……友人と、戦っちゃ……な……」

そう言うと、そのまま、エースは扉を開けて出て行った。

その姿を見送った後、トウタは、再び寝台の上に横たわったままのフッチに視線をもどした。

トウタの瞳から一筋、涙がこぼれた。

……ルックが、・・・・・・そして何より、フッチがとても悲しかった。

トウタは静かに涙を流していた。

「……う……ん……」

どのくらい経ったのだろう。

フッチは身じろぎし、目を、ゆっくりと開いた。

始め、その瞳の焦点は合っておらず、ただ空中を無味乾燥に見つめているだけだったが、ふと、枕もとに人の気配を感じたのか、首をゆっくりとめぐらせた。

「……トウタ……くん?」

不思議そうにつぶやき、フッチは右手をゆっくりと持ち上げると、トウタの頬に指を滑らせた。

「……フ……チ……さ……ん……」

嗚咽で、言葉がうまくでない様子のトウタに、フッチはやはり、いつものように優しく話し掛けた。

「君は……、泣いてくれるんだな……」

「…………」

トウタは、もう言葉が出てこなかった。

そのトウタを静かに見つめながら、フッチは悲しみを称えた瞳のまま、それでも嬉しそうに微笑んだ。

「俺には、泣く資格なんてないからな……。……彼との最後の108星の仲間として、彼のために、泣いて欲しい――」

(資格がないなんて、そんなことはない――!!)

そう、トウタは言いたかった。

でも、きっと言葉にしてもフッチは否定するだろう。

それならば、彼が望むのなら、自分が泣こう。

――フッチの代わりに、ルックのために……。

フッチの気が済むのなら。

ルックが少しでも浮かばれるのなら。

夜を徹しての宴に、勝利に酔いしれる人々であふれかえる城の中、その一角の一つの部屋で、たった二人だけが、時空(とき)の中に取り残されたかのように、静寂に包まれ、友のために、その死を悼んでいた――。




【end】








真田は、結構トウタも使ってたんですよね。
武器が石だったはず・・・。
可愛かったから・・・・・・。
でも、TのルックなみのHP――。
ルックとの会話が、できたらトウタも欲しかったです。
彼には彼なりの思い入れがあったはず・・・・・・(妄想)



(04.12.23)


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