「……うーん……、名前からして、すごそうなお酒……。」

造っている途中でさえ、それほどはお酒に弱くないはずのエリーが、匂いで酔いそうになるくらいだった。

「……武器にもなるって、どんななんだろ?」

そう思いながらも、さすがに味見をしてみる気にもならず、出来上がったばかりのお酒を、徳利に入れた。

「うん、これでよし! ダグラスに、もう、文句は言わせないわよ!!」

そう張り切って、とりあえず、連日の調合で疲れた体を休めるために、エリーは寝室へと移動したのだった。



次の日――。

「ダーグラス!」

例によって例のごとく、シグザール城の前で門番をしていたダグラスの元へ、エリーが何かを抱えて駆け寄ってきた。

「エリー? 何か用か?」

今は、特に、エリーに何も依頼していなかったよな、と、のんきに考えながら、仔犬のように自分になつく、年下の少女を微笑ましく見ていた。

この、いくつになっても可愛らしい、少女はとても、微笑ましくて、ずっと見ていたい気分になるのだ。

「うん! これ!!」

「……なんだ?」

差し出された徳利を見て、酒だということはわかるが、見たことのない形の徳利から中身が想像できず、エリーに尋ねた。

「えへへ〜。それは飲んでのお楽しみ。」

「……怪しいもんじゃねえだろうな?」

徳利を受け取り、半分からかいながらも、胡散臭そうにそう言うダグラスに、少しだけムッとしながら、エリーは反撃する。

「違うよ! こないだ、ダグラスが私のことバカにするから!!」

「んあ? なんかしたか?」

心当たりが思い浮かばなかったダグラスは、本気で首をかしげたのだが、それすらエリーは、バカにされた気分になって、頬を膨らませた。

「とにかく! したの!! それあげるから、感想聞かせてよね!!」

そう言って、くるっと背を向けて職人通りの方へ帰っていくエリーを見ながら、結局エリーは、どういうつもりでこれをダグラスにくれたのかもわからず、ダグラスはまた、首をかしげたのだった。



「へえ〜、これがエリーからもらった酒か?」

どうせなら大勢で味見をして感想を聞かせてやろうと思ったダグラスは、飛翔亭に昼間エリーからもらった酒を持って行った。

予想通り、エリーの調合の腕を信頼しているいつものメンバー――ハレッシュ、ルーウェン、ロマージュは、興味津々でダグラスの元へと集まってきた。

わざとカウンターに座って、ディオに許可を取り、グラスを人数分借りて分配する。

「……これは……。」

「……ああ……。」

お互いの酒の好みの違いの所為で、何年もの間、口さえ利かなかったという兄弟喧嘩をした前科があるほどの酒好きのディオと、クーゲルが、自分たちにも分けられた酒のグラスを見て、何かに気付いたようにつぶやいた。

他の若手の冒険者たちは、その2人の様子には気付かずに、今まで見たこともない酒を、グイッと勢いよくあおった――。



―――――――――――。



数分後、そこには、酒に強いことが常識とされる、冒険者たちの屍――、もとい、突っ伏した姿が累々と転がっており、苦笑しながらディオとクーゲルが風を仰ぎ、水を与えたりしていた。

「あ゛〜……、俺にも、水……。」

「ああ、少し待ってろ。」

顔を上げることすら出来ないダグラスに、普段全くと言っていいほど表情の変わらないクーゲルが、顔に笑いを浮かべながらそう言い、ダグラスの手元に、水の入ったグラスを置いてやった。

「おまえさんたち、いつもの酒みたいに無茶な飲み方するからだ。」

少しばかりあきれたような声でそう言うのは、ディオだった。

「マスター……。……私が、こんなに衝撃を受けるほどの酒なんて、存在するとは思わなかったわ……。」

この4人の中では、最も酒が強い――、いや、おそらく飛翔亭に来る客(正確には客ではないが)の中でも、最も酒に強いと思われるロマージュが、どこかつらそうではありながら、比較的まともに言葉を発した。

ダグラスは、苦しそうにうめいているが、他の2人に至っては、声も出せない様子だった。

「まあ、そうだろうな。」

あっさりディオは頷いた。

「ダグラス、エリーはおまえにこれを渡すとき、何か言ってなかったか?」

問われて、朦朧とする意識の中、ダグラスは昼間のエリーとの会話を思い出す。

「……なんか、おれが……、エリーをバカにしたとか……。……この酒飲んで、感想が聞きたいとか言ってたけど……。」

「それよ!! あたっ……。」

ロマージュは、何か思いついたように叫んだが、その声が自分の頭に響いて、眉をしかめた。

「それって、何がだ?」

ディオに問われて、ロマージュが苦笑する。

「ダグラス、この間、お酒のことで、エリーを子供扱いしてたでしょ? それが悔しかったのね。……すごいお酒造って、見返してやるって思ったんじゃないかしら?」

それと、これと何の関係が……、と、不快感や、痛みからでなく眉をひそめたダグラスに、ディオは笑った。

「ああ、なるほど。だから、この酒を造って、ダグラスをうならせてやりたかったのか!」

「…………それって、おれが悪いのか?」

よくわからないが、バカにされたと思ったエリーが、ダグラスに仕返しをするために、こんな非常識な酒を用意したのかと思ったのだ。

「いや、エリーのことだ。きっと、悪気はなかったのだろう。純粋に、ダグラス、おまえさんの感嘆の言葉が聞きたかったんだと思うがな。」

言いながら、ディオは自分のために注がれたその酒を、舌の上で転がすように、ほんの少しだけ口に含んだ。

「……それにしたって……、これ、ある意味、凶器……だぜ。」

ぼやくように言うダグラスを視界の端で捉えながら、ディオは酒の味を楽しんでいた。

想像どおり、大昔に一度だけ飲んだことのある、非常きついが、それがかえって、この酒自体のコクと深みに強く働きかけ、言いようのない、味わい深さを出している酒だった。

「まちがいない、この味だ。」

「ああ。」

ディオの言葉に、クーゲルも頷く。

「……マスター、この酒、なんだか知ってるの?」

ロマージュが、2人の様子を見て、問い掛けた。

「ああ、『竜ごろし』っていう幻の銘酒だ。なんでも、竜でも眠らせることが出来るとかいう伝説が在るらしい。20年ほど前に、誰かしらがザールブルグで造ってたらしいが……、そういや、とんと見かけなかったな。」

『幻の銘酒』というからには、味わい方によって、非常によいものなのだろうが――。

「……おれは、もうごめんだ……。」

そう言って、ダグラスはカウンターに沈んだのだった……。



次の日、まだ少しクラクラする頭に叱咤をいれて、門番をするダグラスの前に、昨日と同じくエリーが現れた。

「ダグラス! 昨日のお酒、どうだった?」

満面の笑みで、ダグラスの誉め言葉を期待しているのだと一目でわかる様子のエリーに、ダグラスはウッと言葉を詰まらせた。

「あ……ああ……、あれには、参ったよ……。……すごいな。」

エリーを傷つけないように、それでいて、嘘ではないように、ダグラスは言葉を選びながら返事をした。

「ほんと!? よかった〜!! 気に入ったら言ってね!! いっくらでも造って上げるから!!」

ぴょんぴょんと、飛び跳ねんばかりに喜ぶエリーの姿を見て、ダグラスは複雑な笑みを浮かべた。

この姿を見てもわかる。

エリーには、全く悪気はなかったのだろう。

それは、わかる。

わかるのだが、だから、始末に悪いと言えなくもない。

ダグラスが、『微笑ましい、可愛い』という意味で言った言葉を、『バカにされた』と捉えたエリーにも、誤解される言い方をした自分にも否はあるのだが、だからと言って、毎度こんな事をされては、こちらの身が持たない。

「エ、エリー……。」

「なあに?」

「……おれも言葉に気をつけるから、……おまえも、あんまり恐ろしいもの造るのは止めてくれよ。」

「?」

ダグラスの、どこかおびえたような、遠くを見るような視線に、エリーは意味がわからず、ただ首を傾げたのだった――。



……………………。



「なあ、クーゲル。」

「ん。」

「ダグラスの置いていったこの幻の銘酒、どうする?」

「……2人で片付けるか。」

「そうだな。」

ダグラスたちが、生ける屍と化した次の夜、結局、それを取りにこなかったダグラスを、ある意味でかしたと思いながら、飛翔亭の兄弟は、顔を見合わせてニヤリと笑ったのだった……。


【END】


1パターン書き終えたあと、「これでいいのかな…?」
と不安になったため、分岐という形で2パターン書かせてもらいました。
「どちらかでも気に入っていただければ…。」のつもりが、予想外に両方気に入っていただけたようで、本当に幸せです。

朝凪さま、本当にありがとうございました!!



(05.05.23)



BACK