朝からのあまりの天気のよさに、マリーは、一週間かかりきりだった依頼を放りだし、散歩にでかけた。
空はすがすがしいまでに、晴れ渡り、夏の白い雲がヴィラント山にかかっているのが見えるくらいだった。
せっかくだから誰か誘って、ヘーベル湖辺りにピクニックにでも行こうかと考えたマリーの目に、見知った人物たちが見えた。
「ナーイス、タイミング!」
ニンマリ笑って、マリーは駆け出した。
大切な日は…?
「すまぬな。ダグラスは、今、任務でザールブルグを離れている。今月半ばを過ぎなければ戻らない予定だ。」
「そんな、謝らないで下さい。……お仕事ですもん。こちらこそ、お邪魔して、申し訳ありませんでした。」
そこに立っていたのは、青い鎧に身を包んだ、黒髪、長身の騎士。
そう聞けば、誰もが寸分の疑いもなく、彼の名前を口にする。
シグザール王国、王室騎士団の中でも最高位にある聖騎士隊、その隊長であるエンデルク・ヤード。
その前に立ち、ペコリと頭を下げたのは、小柄な少女。
昨年、ザールブルグの高等教育機関であるアカデミーに在籍する錬金術師見習の少女、エルフィール・トラウムだった。
少女は、その台詞の割に、沈んだ顔をしていて、その少女に対して、エンデルクもほんの少しだけ困ったような顔をしていた。
「おーい! エンデルク! エリー!!」
そんな2人の様子には気づかず、マリーは元気よく声をかけた。
「マルローネ?」
「マリーさん!?」
マリーの思いっきり明るい声に、その接近に気づいていなかったエリーは、ポカンとした表情を向けた。
エンデルクは、マリーに気づいてはいたが、そのあまりにも明るい声に、少しばかり嫌な予感がした。
「ね、ね、ピクニックに行こう!」
「はい?」
「……………。」
あまりにも唐突な言葉に、一瞬何を言われたのか解らず、エリーは聞き返した……つもりだった。
「よっし、決まり! じゃ、出発よ!!」
「え? え!? マリーさん!?」
「……待て、マルローネ。」
「行き先は、ヘーベル湖よ! ちょうど、ヘーベル湖の水もストック減ってきてたし、妖精さんに頼んでもいいんだけど、直接行ったほうが、効率いいし。」
全く人の話を聞いていないマリーは、1人でどんどん話を進めていく。
どうしたものかと、ちょっと慌てたエリーだったが、そのマリーの様子にプッと噴出した。
「マリーさん。エンデルク様はムリだと思いますが、私だけでよかったら、付き合いますよ。」
「えー!? エンデルク、ムリなの?」
ようやくエリーの言葉が頭に届いたらしいマリーは、不服そうにエンデルクを見上げた。
「……今は、一応、勤務中だ。」
「融通きかしなさいよ。」
「……何故、おまえの勝手な都合に、付き合わなければならん?」
「いいじゃない、別に。いい天気だし。」
「…………。」
いつものこととは言え、あまりにも脈略のない、人の迷惑を考えないマリーに、ハアと、これ見よがしにエンデルクは大きなため息をついた。
そんなエンデルクに、マリーは少しムッとした。
「ちょっと、エンデルク!! そんなに嫌ならいいわよ、別に!! エリーと2人で行くから!! よおし! エリー!! ベルゼンブルグ城まで、行こう!! 確かエリー、行った事ないでしょ!?」
「え……? ……はい……。」
それはどこだったかな〜? と、頭にクエスチョンマークを浮かべながら、マリーにずるずる引きずられるエリーを見て、エンデルクは息を吐いた。
このままでは、マリーに1人付き合わされるエリーが、気の毒に思ったのだ。
「……わかった。待て。許可を取ってくるから、少し待っていろ。」
「最初っから、そういえばいいのよ!」
勝ち誇ったかのように、ふんぞり返るマリーを見て、エンデルクは何もしないうちから疲れたような気分になり、同時に、振り回されてばかりだと、マリーに気づかれないよう苦笑した。
結局、総勢3名となった、ピクニックのメンバーは、簡単な野宿等の用意をして、その日の昼前にはザールブルグを出発した。
とりあえず、行き先はヘーベル湖。
往復にかける日数プラス1日で、5日くらいの行程を予定していた。
1日目、2日目と、何事もなく過ぎ、3日目の朝、へーベル湖へと到着した。
実際に出発した後、一番はしゃいでいるように見えたのは、エリーだった。
その様子を、エンデルクが優しい瞳で見詰ているのに気がついたマリーは、不思議そうに首を傾けた。
「なに? エンデルク。何考えてんの?」
少し先を、アイテム採取のためにキョロキョロしながら歩いているエリーに聞こえないくらいの声で、マリーは問い掛けた。
「いや?」
「嘘よ。……あんた、絶対なんか、考えてる。……もしかして、エリーのこと、……気になってるの?」
少しばかり、面白くなさそうにそうつぶやくマリーに、エンデルクは、意外なものでも見るかのように、少しばかり目を見開いた。
そして、マリーにも気づかれないように、ニヤリと笑った。
「まあ、気になっているといえば、気には、なっているな。」
「……………。ムダよ。だって、エリーには、ダグラスがいるじゃない。」
ますます面白くなさそうに、ふてくされたように言うマリーに、エンデルクは微笑ましさを感じた。
「マルローネ。……私が、ダグラスに劣っていると?」
「……そういう意味じゃ……。」
マリーは、自分の顔を覗き込んでくるかのように、体勢をかがめるエンデルクから、プイッと顔をそむけた。
「……エリー、可愛いもの。……仕方ないわよ……ね。」
エンデルクの顔を見ようとしないマリーに、エンデルクは自分の口元が不自然にゆがむのを感じた。
「ああ、そうだな。……あの歳の少女にしては、彼女はあまりにもすれていない。……とても純真で、好ましい性質を持っている。」
「……そうね。」
(どうせ、私は、『純真』なんて言葉、似合いませんよ!)
マリーは、エンデルクがエリーを誉めるのを、嬉しい反面、どこか、ムカムカする気持ちで聞いていた。
おもむろに、道端に落ちている石を蹴飛ばす。
エリーは、本当に、とても可愛い。
それは、間違いない。
自分だって、一途に慕ってくれるエリーを誰より可愛いと思う。
けど、今は、とても複雑な気分だった。
他の誰かが言ったなら、「そうでしょう!!」と、自分のことのように得意げに胸を張って言うだろう。
なのに、相手がエンデルクだと、それができない。
理由なんて、わかりすぎるくらいわかっている。
……だからこそ、悔しい。
先ほどまでの上機嫌は何処へやら、意気消沈してしまった様子のマリーを、エンデルクはいつになく、新鮮な気分で見ていた。
このまましばらく、マリーに珍しく「焼きもち」なるものを焼かせるのも楽しいかと思ったが、マリーの性格を考えると、あまり引っ張るのも、後の事を考えると好ましいことではないのもわかっていた。
完全にへそを曲げられると、下手をすれば何ヶ月も口を利かず、姿さえ見せに来なくなるかもしれない。
「……マルローネ。今日は、何日だ?」
いきなり、今までの会話から関係のないことを振られて、マリーは怒りを沸騰させた。
「何よ!! 7月12日に決まってるじゃない!? 私をバカにしてるの!?」
いきなり声を上げて怒鳴ったマリーに、今まで採取に集中していたエリーがびっくりした表情で振り返っていた。
「マ、マリーさん? ……どうか、したんですか?」
「いや、気にしなくていい。」
「モガー!!」
マリーの口を押さえながら、そういうエンデルクに、エリーは首をかしげた。
エンデルクの腕の中で、マリーが必死にもがいているのがわかったが、エンデルクがマリーにおかしなことをするはずがないと信じていたので、エリーはちょっとだけ苦笑いをして、採取を再開した。
エリーが視界の範囲内で、しかも声がちょっとやそっとじゃ届かないくらい先に行った後、エンデルクはようやく自分の腕の中で暴れていたマリーを解放した。
「なんなのよ!?」
「明日は何日だ?」
マリーは、一瞬顔を真っ赤にして、次に、ぎりっと歯をかみ締め、エンデルクから飛び退いて、一定の距離をとると星と月の杖を構えた。
「……喧嘩、売ってるんなら、買うわよ?」
エンデルクは臨戦態勢をとったマリーにもかまわず、言葉を続けた。
「明日は、13日だ。」
グッと、マリーは杖を握る手に力を入れる。
「星と――。」
「ダグラスの誕生日、だ。」
魔法攻撃をエンデルクに向けて発しようとしたマリーは、その言葉に呪文をとめた。
「……。」
その呆然と固まった様子のマリーに、エンデルクはフッと笑った。
「そう、ダグラスの誕生日だ。……意味がわかるか?」
「……ダグラス、今、ザールブルグにいないわよね? ……確か……。」
「そうだ。聖騎士としての任務を私が与えた。」
エンデルクの部下である聖騎士のダグラスは、先月エリーの誕生日に告白をして、めでたくエリーと付き合い始めたところだった。
それだからか、7月のダグラスの誕生日に、エリーがイベントの用意をして楽しみにしていたらしいのだ。
「……なのに、肝心のダグラスが、いないってわけか。」
どうもエリーは、ダグラスが任務を受けてザールブルグを出ていることを、つい3日前まで知らなかったのだ。
エリーがちょうどマリーと採取に行っている日に、ダグラスが報告に行ったらしい。
「ああ。仕事だから仕方ないと笑ってはいたが、どうも落ち込んでいるのが丸分かりでな。……気になっていたのだ。」
自分に責任があるわけではないとは言え、どうも既知で、好ましく思っている少女に落ち込まれたのに、エンデルクは気にしていたらしい。
それで、採取に来ていつもの明るさを取り戻したエリーにほっとしたのだ。
「なーんだ!」
心底安心したかのように笑うマリーに、エンデルクは意地悪そうな笑みを浮かべた。
「それで、お前は何を怒っていたのだ?」
「え? え!? べ、別に……。」
「その、杖を構えた姿で言っても説得力はないと思うが?」
指摘されて、マリーはあわてて杖を背中に隠した。
「何でもないわよ! エンデルクが、変に話題をそらすから、腹が立っただけで……。」
「そうか?」
クイッとマリーの顎を持ち上げ、その青い瞳を覗き込む。
マリーは、エンデルクの漆黒の瞳に自分の顔を見つけて、どんどん顔が熱くなるのがわかった。
「そうよ! 大体、エンデルクが変なこと言うから……。」
「本当のことしか、言ってはいない。お前が、考え違いをしただけだろう?」
「……そうだけど……。」
くやしい。
7つの差は大きいのか、いつまで経っても子ども扱いされている気がする。
マリー自身、自分の無鉄砲で、考え知らずなところがあることは自覚している。
エンデルクから見れば、子供っぽくてしょうがないのかもしれないが、いい加減、大人扱いして欲しいものだ。
そんなことを考えていたマリーに気づかず、エンデルクはエリーに目を移した。
「やはりエルフィールは、女らしく、イベントというものが好きなようだな。お前と違って。」
別に、エンデルクはさらっと事実を述べただけだったのだが、マリーはそれをいやみと捉えた。
「ちょっと! エンデルク!? 私が女らしくないっていうの!?」
「……そうは、言っていない。」
「どうこがよ!? 確かに、エリーみたいにお菓子作りも、料理もうまくないけど、イベント事は、好きよ!! シアの誕生日には欠かさず、プレゼント持って遊びに行ってるわ!!」
「……ほう?」
マリーの台詞に、エンデルクの目が鋭く光った。
その光に、いやな予感を覚えて、マリーは一歩退いた。
「では、ちょうどいいから、聞こう。お前の誕生日は11月5日だな? ……私の誕生日はいつだ?」
「……えーと……あれ?」
答えようとして、はたと気づいた。
(い……いつ、だったっけ……?)
慌てて記憶をたどるが、まったく思い出せない。
目の前で冷や汗を流しながら、顔を青くしていくマリーに、やはりな、とエンデルクは気づかれないようにため息をついた。
そして、視線を移した先に、一騎の馬を発見した。
「……あれは……。」
「え?」
つぶやいたエンデルクの声に反応して、マリーも視線をそちらに向けた。
そこには――。
猛スピードでかけてくる一騎の白馬。
それを操るのは、まだ若い、青い鎧を身に着けた1人の騎士だった。
「ダグラス!!」
「エリー!?」
お互いに、どうしてこんなところにいるのかわからないまでも、偶然の再会にエリーは興奮し、喜びで満面の笑みを浮かべながら自分の隣で馬から降りたダグラスに飛びついた。
「どわ!!」
そのエリーの行動に驚きながらも、ダグラスは引き離そうとはせず、少しばかりよろめいた体勢を立て直し、自分の首にすがりつくエリーをきつく抱きしめた。
「お帰り! ダグラス。……誕生日までには、帰ってこれないって聞いてたのに。」
「ああ、ただいま。……いや、俺も、さすがに間に合わないかとは思ったんだが、……ちっとばかし、こいつにムリ言ってな……。」
言いながら、ダグラスは自分の愛馬の首をやさしく叩いてやった。
馬は嬉しそうに嘶いた。
「……ダグラス、つれて帰ってくれて、ありがとう。」
そう、礼を言うエリーに、馬はまんざらでもなさそうに、笑ったように見えた。
しっかりと、長年別れていた恋人のように、再会を喜んで抱き合う2人を見ながら、マリーは笑った。
「さっすが、ダグラス。エリーの為なら不可能も可能にしますってか?」
「……さすが、か。まあ、ダグラスらしいがな。……で? 先程の質問の答えは?」
うまく状況が変わって、話をそらすことができるかもしれないと、甘く考えたマリーの思惑通りにはいかず、エンデルクは話を戻した。
ほのぼのした微笑ましいカップルを視界に入れながら、エンデルクはいつもの彼らしくないすこしばかり黒い微笑みを浮かべてマリーを見ていた。
「あはは〜……。」
(やばい、やばい――!!)
覚えてなかった。
実際、今まで、誕生日がどうのなんて考えたこともなかったのだ。
だが、よくよく考えてみれば、エンデルクはマリーの誕生日にさりげなく、マリーの喜ぶことをしてきてくれたような気がする。
……他人の好意は、その意図、意味に問わず、ニコニコと受け入れてしまう自分が、このときばかりは恨めしかった。
後から簡単に、礼とかはしていたが、それとはまた、意味が違う。
(誕生日プレゼント、だったのね〜〜〜!?)
また、冷や汗をだらだら流すマリーに、エンデルクはフッと笑った。
「まあ、おまえが鈍く、気が利かないのは十分解っている。今更だ。」
なんとも救いようのないお言葉に、マリーは言い返せずにトホホ〜と、下を向かざるを得なかった。
「まあ、興味があると言うのなら、今年は期待しておく。」
そう言って、エンデルクはエリーと2人の世界をつくっているダグラスの元へ、歩きだした。
ということは、今年はまだだということで……。
「わかった。……期待、しててね。」
そう言って、その広い背中に体当たりして、少しばかり驚いたような顔を向けたエンデルクの頬に、背伸びをしてキスをした。
「……約束。」
言ってから、顔がものすごく熱を持つのを感じた。
柄にもない事をやってしまったと思った。
だが、後悔しても遅く、エンデルクの顔が見られなかった。
そのまま、照れ隠しにエリーとダグラスに向かって走り出した。
「おーい! エリー!!」
「マリーさん? どうかしたんですか?」
頬を赤らめて、慌てた様子で走ってくるマリーに、エリーが不思議そうに訊ねた。
「い、いや、べ、別に、なんでもないよ?」
慌てて否定して、ダグラスに目を向けると、どうやら、今、ようやくエリー以外の人間がそこにいたのに気がついたらしく、罰の悪そうな、照れくさそうな顔を横にむけていた。
そのダグラスを微笑ましく思う。
エリーが好きで、愛しくて、たまらないと思っているのがよくわかる。
「……よかったね、エリー。」
「え?」
「だって、ダグラスの誕生日、明日でしょ? 一緒に過ごせるじゃない?」
一瞬、驚いたような顔をしたエリーが、マリーの後ろに立つエンデルクを見て、はにかんだように微笑んだ。
「……はい。」
頬をほんのりピンクに染めて頷くエリーが可愛くて、ダグラスなんかにはもったいないくらいだと思った。
そして、チラリとほんの少しだけ首を動かしてエンデルクを盗み見た。
エンデルクは、先程マリーと話していた場所から、動いてはいないようだった。
(まさか、硬直しているわけじゃあないわよね……。)
そう思って、よくよくエンデルクの顔を見てみると、マリーの視線に気づいたのか、エンデルクは口元を歪めて微笑んだ。
その笑顔が、いつもマリーが見ている笑顔の中でも、飛び切り優しく、艶美に見えて、思わず、グリンッと首を回してその微笑から顔をそむけてしまった。
エンデルクが、先程の自分の行動を喜んでいることがわかって、それが嬉しいのか、恥ずかしいのかわからず、マリーはその場にしゃがみんでしまった。
(モー!! バカバカ!! 覚えてなさいよ!!)
そして、わけがわからないまま不思議そうに自分を見るエリーとダグラスには気づかず、1人ひたすら見当違いな報復を考えるのだった――。
【END】
6000hit キリリク。大政さまリクエスト。
・エリーのアトリエ時代付近
・マリーが主人公
・エリーも出演
・ほのぼのとした恋愛話(カップリングはお任せ)
で、書かせていただいたつもり…です。
…主役のはずのマリーのほのぼの恋愛話がはっきり言って薄い…。
これはどうかと思い、違う相手でも書きかけたのですが、日付(7/13)が間に合いませんでした…(汗)
(自分でつけといて…)
手直しして、そのうち、お見せできれば…と思います。
申し訳ありません!!
こんな駄文を押し付けまして…m(_ _)m
このような文でも、すこしでも楽しんでいただけたなら、幸いです。
おそくなりまして、本当に、申し訳ありませんでした。
(05.07.13)
大政さまより、お礼として、素敵なイラストを頂きました。
…私の方が喜ばせていただいたような気も…(汗)
大政さまより頂いたイラストはこちら。
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