偶然の出会い 《後編》
数歩進んで立ち止まり、カナイは思い切ったようにリオウを振り替えった。
「カナイさん?」
カナイの背中を見送っていたリオウは、そのカナイの行動に不思議そうな顔を向けた。
「リオウ。……君は、これから、とても辛い、厳しい運命に立ち向かうことになる。それでも、あきらめないで欲しい。自分だけで思いつめたり、悩んだりしないで。……君には、とてもいい仲間が大勢できる。彼らを信用して、どんな状況でも前に向かって歩く事を忘れないで。……そうすれば、きっと奇跡が起こるから。」
「……それは一体?」
カナイの言う事が解らないのだろう。
リオウは困ったようにカナイの顔をみつめてきた。
「うん、ごめん。今、こんなこと言っても、意味がわからないだろうけど。……何より、君には必要の無い忠告かもしれない。……それでも。……頭のどこかにとどめておいてくれたらなと、俺は思う。」
「……よく、わからないんですが、でも、……ありがとうございます。」
意味がわからなくても、カナイが自分を心配してくれているのはよくわかったので、素直にリオウはお礼を言った。
その言葉に、カナイはちょっと照れたようにも見える笑みを浮かべて、今度こそリオウの前から去って行った。
そのカナイの姿が草原に消えていった頃、ようやくビクトールが起き上がった。
「……やっぱり、行っちまったか。……やれやれ、えらい目にあったぜ。」
「……今のは、ビクトールさんが、悪いですよ。」
「まあ、そうだな。……しかし、何も『アイツ』の真似をしなくてもいいだろうに……。」
リオウが意外に思うほどに、ビクトールはあっさりと自分の非を認めて頷き、ブツブツと何かを言っているのを、不思議に思ってリオウは訊ねた。
「カナイさんと、知り合いだったんですか?」
「まあ、な。一度しか会ったことはなかったが、アイツは、俺がけしかけた本気のフリックをあっさり昏倒させてくれた。」
「ええー!! フリックさんを!?」
今まで黙って聞いていたナナミが、そのことに驚きの声をあげた。
「それは、すごいですね。」
リオウも感心したようにつぶやく。
「あの時も、仲間に勧誘したんだが、あっさりと断られた。ほんの少しでも戦に関りたくないという姿勢を、最初から最後まで崩すことはなかった。」
言いながら、ニヤリとリオウに笑いかけた。
「何?」
「おまえさんが、戦争に関るかもしれないって、アイツは知ってたんだろ?」
「えーと、どうかな。……ミューズから逃げてきたっていうのは言ったんだけど……。」
「じゃあ、気づいてる。あいつは。なのに、おまえの護衛を引き受けた。おまけに、忠告みたいなことまでやって。……だから、ちょっとは脈があると思ったんだがなあ……。」
言いながら、ビクトールはカナイが消えていった方向を遠く見つめながら、残念そうにつぶやいた。
「それは――。」
どういう意味なのかビクトールに尋ねようとしたリオウの言葉は、ナナミの叫びに遮られた。
「もー! そんなこと言っても仕方ないじゃない!! それより、フリックさんは?」
ナナミがいっこうに動きそうにないリオウとビクトールに痺れを切らしたらしかった。
ナナミにとって、リオウの仲間になることを拒んだ相手など、もうどうでもいいのだろう。
「ああ、フリックなら、宿屋にいる。おまえさんたちの着くのを首を長くして待ってるよ。」
「なら、急がなくっちゃ!! ほら、行こ、リオウ!!」
無理やりナナミに腕をひかれ、苦笑しながら引きずられていくリオウを見ながら、3年前に別れたままのある少年を思い浮かべた。
「……おまえも、リオウに、ティルの姿を重ねたか……?」
ビクトールは、返るはずのない答えを求めるようにつぶやいた。
ティル――ティル・マクドール 『トランの英雄』
「全然、似てねえのに、な。」
生まれた国も違えば、育ちも、その環境も境遇も、全く違う。
顔立ちも、かもし出す雰囲気も、その性格さえも。
それでも、どこか、似ていると感じる。
「……おれは、また同じ失敗を繰り返してるんじゃないだろうな?」
自分さえ巻き込まなければ、ティルは、あれほど苦しむことにならなかったのではないだろうか?
今更、どうしようもないことを思い、ビクトールは自嘲する。
「今、どうしてるんだろうな……。……アイツは。」
ふと目を向けると、かなり先へ進んでしまったリオウとナナミが早く来いとビクトールに手招きしているのが見えた。
その無邪気な様子に、純粋な笑いが浮かぶ。
その2人に手を軽くふって応え、歩き始めた。
「忠告、ありがたく受け取るさ。」
ビクトールは、地面に倒れたまま、リオウに告げるカナイの言葉をしっかりと聞いていた。
こいつを1人、悩ませるようなことだけは、絶対しない。
自分に誓う。
あの、星読みに長けていると思われるカナイがあんなことを言うのだ。
すでに、リオウはこの戦乱の渦から逃れられない運命なのかもしれない。
今回は、故意ではなかった。
同じことを繰り返さないためにも、リオウが安全に生きられるためにも、ただ、保護してやりたかっただけだった。
だが、状況はそれを赦してはくれなかった。
だからこそ――。
こいつが、前を向いて歩いていけるように、盾になり、剣になり、前に立ちはだかるものを払っていくのが、今、自分に求められることなのだ。
「ビクトールさん、早く――!!」
「おう!」
焦れたように叫ぶリオウの元へ、足を速めて近寄る。
無邪気に笑いかけるリオウの頭をクシャクシャとなでる。
「わ! 何するんですか!?」
リオウは慌ててその手から逃れて、抗議するような眼差しをむけたが、ビクトールが笑っているのを見て、すぐに笑みに変わった。
子供らしい、とても明るい顔だ。
ティルからは、失われてしまったと言っても過言じゃない表情だった。
あの、カナイというやつも、見た目の年齢からすると、どこか子供らしくない表情をする。
だいたい予想はついている。
アイツも、ティルと同類なのだ。
(だいたい、テッドってやつと友人だって言ってた時点で気づかない俺もどうかしてんだよな。)
真の紋章の継承者が、皆、あんなふうに、子供が子供らしい笑顔を消してしまうような、そんな運命にあるというのなら、絶対防いでみせる。
自分に、どこまで対抗できるかはわからない。
それでも。
「リオウ。あの、カナイってやつの言ったこと、よーく、覚えとけよ。」
「ビクトールさん?」
「俺は、……俺たちは、おまえの味方だからな。」
「??? いきなり、どうしたんですか?」
「なんとなく、言っておきたくて、な。」
「そんなの、言われなくても、解ってますよ!」
無邪気にそう言って笑うリオウに、一瞬言葉が詰まった。
「……そうか。」
「そうですよ! あ! ナナミが呼んでる。行きましょう、ビクトールさん!!」
「おう。」
そして、速足で駆け出した。
何事も、あきらめない。
それが肝心なのだ。
「あきらめたりしないぜ。」
だから、おまえたちも、全部をあきらめたりするなよ、と、ビクトールは届かないと解っている相手に語りかける。
いつかまた、再会したときに、笑っていられるように。
(しっかり、リオウを見守っていくさ。)
ビクトールは、そう、心の中にある2人の姿に誓った。
「……大丈夫ですよ。……『天孤星』のビクトールさん。」
1人、草原を歩いていたカナイは、なんとなく思いついて、そんなことをつぶやいた。
自分とも、そしてティルとも又違った強さを持った少年、リオウ。
そして、彼の持つ紋章は「始まりの紋章」――光に属する紋章。
きっと、彼のこれからの進み方によって、それは、彼に幸運をもたらすだろう。
「きっと、彼なら、大丈夫。」
そう、届かないと解っている相手に向かってつぶやくと、後ろを振り返ることなく、カナイは足を速めた。
彼のこれからの進む道に、幸多かれと祈りながら――。
【END】
(05.08.17)
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