「仲間になってくれませんか?」
いきなり目の前の少年が、カナイに向かってそんなことを言ったので、カナイは驚きに眼を見開いた。
偶然の出会い 《前編》
カナイがその少年に出会ったのは、デュナン湖の南岸にあるクスクスの街と、サウスウィンドウの間に広がる草原でだった。
1人、自由気ままに旅をしていたカナイにも、同盟都市とハイランド皇国の戦争が一旦は休戦に向かいかけたものの、再発したとの情報は届いていた。
だからこそ、今は平和になったトランを目指し、ラダトの街へ急いでいるところだった。
その途中、モンスターに襲われているこの少年3人、少女3人の集団に出会い、思わず助けたのだったが……。
「……仲間?」
「はい、ぜひお願いします!」
元気のいい目の前の少年は、赤い変わった胴着を着ており、その少年の持つ武器も変わっていて、カナイは名前がわからなかった。
だが、武器のことは解らなかったが、その少年のかもし出す雰囲気が、どこか解放軍のリーダー、ティルに似ていて、彼は強くなるだろうと、カナイの直感がつげていた。
まあ、そのことはおいておいて、『仲間』と言う言葉に、あることを思いだし、カナイはどう答えたものかと戸惑いの表情を浮かべた。
彼のまっすぐな真摯な瞳に、断ることが悪いことのように思えてしまったからだ。
「リオウ君、どうも、彼、困ってるようですよ。」
その後ろから、その少年より2,3才くらい年上かと思われる、弓を持った少年が、苦笑しながら言ってきた。
正直、助かったような気がして、コクンと頷いた。
「ごめん。……おれ、急いでるところがあるから……。」
半分本当で、半分嘘だった。
同盟都市とハイランドの戦火は、もう、湖の対岸まで広がっていた。
つい数日前、同盟都市の盟主であったミューズ市の市長が暗殺され、ミューズがハイランドの手に落ちた。
もう、すぐそこまで、禍の種は広がっているのだ。
少しでも早く、戦争に巻き込まれないようにこの地を離れなければならない。
「だから、悪いけど……。」
ちょっとした罪悪感を感じながら、やんわりと断ったおれに対して、その赤い胴着の少年は肩を落とし、本当に残念そうにため息をついた。
が、それ以上に、彼の後ろにいた少女たちの落胆と剣幕に驚いた。
「えー!! どうして!? どうしても、ダメなの!?」
「リオウの誘いを断るなんて!! どんな理由があるってんだ!?」
可愛らしいピンクの胴着を着た、茶色い短い髪の少女と、その少女と同じくらいの年齢の、少しきつめの整った顔立ちの少女だった。
「いや、その……。」
2人がかりで詰め寄ってくる少女たちにたじたじになっていると、リオウと呼ばれた、赤い胴着の少年が2人の少女を呼び止めた。
「ナナミ、アイリも。落ち着いて。それじゃあ、脅迫だよ。」
その少年に明らかに好意を持っている様子のアイリと呼ばれた少女は、少し顔を赤らめて横を向いた。
ナナミと呼ばれた少女は、それでも納得がいかない様子で、今度はリオウ自身に飛びついていった。
「だって! これから、絶対強い人が必要になるのに!! ジョウイを取り返すためだって!! ……あ!」
ナナミという少女が、自分で言いかけた言葉に何かを思ったのか、いきなり慌てたように口を押さえた。
周囲の人間、動物も、少し気まずそうな顔で、リオウを心配そうに見ているようだった。
そのリオウ自身は、少しだけ寂しそうに笑っただけだった。
だが、その寂しそうな笑いが、少しだけ気にかかった。
『ジョウイ』というのは、彼にとって、どのような位置を占める人間なのだろうか。
「……ごめんなさい。ムリを言って。……でも、できたら本当に仲間になってくれたら、心強いんだけど……。」
「…………………。」
全く、含みも何もない、純粋な願いだった。
彼は、自分の力をしっかりと見極めており、そして、物事の要、不要をしっかりと区別できる良い目を持っているようだった。
そして、目の前の人間を認め、その力量を冷静に見極め、あるがままを素直に認められる広い心も持ち合わせているように窺えた。
なんとなくではあったけど、例え、敵として出会った相手であっても、その相手が自分の仲間になると認めれば、彼は心からその相手を信じるのだろうと、そんなことを考えた。
彼に興味がなかったと言えば嘘になる。
だけど、その興味より、戦争に巻き込まれることへの不安感の方が強かった。
……ティルに似ているかもしれないと思った時点で、なんとなくだが、感づいていた。
(彼は、『天魁星』だ――。)
ミューズ市が落ちるその更に何日か前、星が大きく動いた。
新たな『天魁星』が出現し、その周囲に宿星があつまりつつあると――。
カナイは静かに首を振った。
「……本当に、ごめん。」
「……そう、ですか。……残念です。」
そう言って、リオウはあっさりとあきらめてくれたようだった。
まだ、2人の少女たちは納得いかない様子で何かブツブツ言っていたが、もう1人の少年が、カナイに少し言いずらそうにしながらも、声をかけてきた。
「あの……、急いでいるというのは、わかっかったのですが。……できたら、サウスウィンドウにまでだけ、付き合っていただけませんか? ……その、僕達だけでは、少しばかり、頼りないもので……。」
彼の後ろで、今まで成り行きを見ていたらしい、アイリに良く似た顔立ちの少し大人びた少女と、体格はいいが、おっとりした感じの少年がニコニコとカナイに笑いかけていた。
「ええ、お願いできないでしょうか?」
「そーだ。お願いだー。」
その様子にカナイは苦笑した。
モンスターの襲撃には、もうこりごりなのだろう。
確かに、彼らの戦闘レベルでは、この草原は少しばかり厳しいのかもしれない。
だが、全く進むのがムリなわけでもないようだったが……。
「……いいですよ。サウスウィンドウまででしたら。」
結局、承知してしまった。
仲間になることを断ってしまった事に対しての、ほんの少しばかりの謝罪のつもりだった。
こちらの事情もあるが、彼らにとっては、切実な問題だったのだろう。
だからこそ、少しだけでも、彼らの手助けをしてあげたいと思った。
彼に、少しだけ興味があったから。
その、おれの言葉に、リオウは嬉しそうに笑い、ナナミとアイリという少女は、少しばかり何か文句を言ったが、結局はどこかでホッとしたように、嬉しそうに笑った。
サウスウィンドウまでは、そう距離はなかったものの、モンスターの来襲は結構多く、彼らはおれの手助けを受けながらも、順調にレベルを上げていった。
「やっと、着いた!」
サウスウィンドウの門をくぐると、ナナミは大喜びで飛び跳ねた。
「広そうな街ですね。……皆さんとちゃんと落ち合えるのでしょうか?」
弓使いの少年――キニスンが、少しばかり不安そうにつぶやいた。
彼らは、ハイランドに落とされたミューズ市から逃げてきたらしく、このサウスウィンドウで離れ離れになった仲間達と合流する予定なのだと聞いていた。
そのキニスンの言葉に、ナナミとアイリも不安そうな顔をした。
リオウは、キニスンの言葉は聞こえていただろうが、大して気にした様子もなく、キョロキョロと辺りを見回していた。
その様子に苦笑しながら、カナイが「とりあえず、宿屋に向かってみたら?」と言ったその瞬間、はっと知っている気配を感じて振り向いた。
そこには、熊のような大男が立っていた。
「よお! 無事だったか。」
嬉しそうに笑いながらリオウに近寄ってくる相手に、カナイは見覚えがあった。
男の方は、カナイに気づいているだろうに、アイリを見て「どこで引っ掛けてきたんだ? やるねえ。」とリオウをひとしきりからかい、アイリに「熊さん」と紹介されて軽い憤慨を見せた後、グリグリとリオウの頭をなでた。
そこで漸くリオウを解放し、カナイに向き直った。
「よお。」
「……どうも。」
ニヤリと笑いかけるビクトールに、嫌な予感がしたものの、逃げるほどでもないだろうと、返事をしたカナイから視線をはずすと、今度はリオウに笑いかけた。
「リオウ、いい物、拾ってきたじゃねえか。」
「? いい物?」
何を言われているのかわからないらしいリオウは、素直に問い返している。
「……おれは、物じゃありませんけど?」
「まあ、いいじゃねえか。」
また、嬉しそうにニヤリと笑うビクトールを無視して、リオウたちに挨拶して去っていこうとしたカナイの腕を、ガシッと太い腕が引きとめた。
「まあ、まてよ。力を貸してくれ。」
「お断りします。」
「なぜだ?」
「……善良な一般市民を巻き込もうとしないで下さい。」
「おまえの何処が一般人なんだ? ……関りたくない、と?」
「……正直、そうです。」
「……どうしてもか?」
「はい。どうしても、です。」
白い火花を散らすビクトールと、カナイに、慌てたようにリオウが口をはさんだ。
「ビクトールさん! カナイさん、何か急ぎの用があるらしいんです。それをムリ言って護衛してもらっただけで……。」
「……………。」
リオウの言葉に、ビクトールの目がギラッと光った。
「……ルカ・ブライトの凶行を知ってて、それを言うのか?」
「はい。」
「それ以上に、大切なことがあると? それとも、自分には、関係のないことだと?」
「……そう、です。」
どちらに対して返事をしたのか、ビクトールは敏感に感じ取ったようだった。
「…………そうか。」
そう言ってビクトールはため息をついた。
カナイには、カナイの理由がある。
確かに、ルカ・ブライトをこのまま放置してはいけないことは、わかっていた。
だが、それ以上に、この呪われた紋章を身に宿した自分が、戦争に関ることがよいことだとは思えなかった。
ようやくビクトールがあきらめてくれたと思い、ホッと息をついたところ、ビクトールはその腕を離さず、ズルズルとカナイを引きずって歩き始めた。
「……あきらめたんじゃ、ないんですか?」
「ああ、いや、……あきらめたぜ。説得を。」
「…………。」
要は、力づくて仲間にしてしまえという事らしい。
「ビ、ビクトールさん!」
慌てたようにリオウが呼び止めるが、ビクトールが止まる気配がなく、カナイは仕方なしにため息をつき、呪文を発動した。
次の瞬間、リオウたちはまばゆい雷光と、空気をつたってきたような軽いビリビリとした振動に当てられ、眼をつぶった。
「……………。」
そして、それが収まった後、恐る恐る目を開けたリオウ立ちの目の前には、少しばかり焦げ臭いにおいがあたりに漂い、プスプスと音を立てて地面に倒れ付すビクトールの姿があった。
「……カナイ、さん?」
「ああ、おどろかせたね、ごめん。」
ニッコリと先程までと変わらない笑顔でリオウに笑いかけるカナイを、リオウはポカンとした表情で見つめていた。
「彼、大丈夫だよ。……以前の彼の上官が実践してみせてくれたから。……あの時は、もっとひどかった……。」
苦笑しながら、どこか遠いところを見つめるように、そんなことを言うカナイにつられて、リオウも笑った。
リオウの後ろの仲間たちは、少しばかり困った顔でカナイとリオウを見ていた。
キニスンだけが、一応ビクトールの心配して様子を見ているようだったが……。
そんな光景を見、今度こそ立ち去ろうとしたカナイに、リオウはにっこりと笑った。
「本当に、ありがとうございました。気をつけて行ってください。」
「……ありがとう。君も、気をつけて。」
その笑顔に、やはり軽い罪悪感を感じながらも、この笑顔が失われないことを祈ることしか、自分にはできないのだと言い聞かせ、そのまま背を向け歩き出した。
【To be continued】
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