「……は?」

当然フッチは、いきなり言われた言葉の意味がわからなくて――いや、意味はわかるが、一体何が言いたいのかわからなくて、目を丸くした。





9.約束 《後編》





「サスケ? 一体、どうし――……。」

「だから、泣けって言ったんだ!!」

「意味がわからないんだけど……?」

全く何の前触れも、説明もなしに、いきなり泣けと言われたところで、うんと言えるはずもなく。

サスケも、そんなことはちょっと考えれば……ってか、考えなくともわからないか? と、ちょっとばかり呆れた風にフッチは座ったまま、目の前に立っているサスケを見上げた。

「ああ! その顔!! 馬鹿にしてんな!? やっぱり、オマエ、性格悪くなったぞ!!」

「……完全に否定はしないけど。……一体、何故、俺が今、ここで、泣かなければならない?」

「――オマエが、泣きたいのに泣けなくて、我慢しているからだろう!?」

フッチの頭は益々混乱した。

「我慢なんて、してない……けど?」

「うそつけ!!」

フッチの言葉を、サスケが瞬時に否定した。

さすがのフッチも、コレには少々ムッとした。

「――サスケ。……いい加減にしろ。……俺を怒らせに来たのか?」

スーっと声音が低くなり、サスケを見る目も細められた。

その様子に、サスケはハアとため息をついた。

そして、すとんと、先程まで座っていた椅子に腰をおろした。

「……俺に回ってくる役目じゃないと思うんだよな〜。……でも、頼まれちまったのは仕方ないし……。…………俺も……、気には、なってたし……。」

そうしてブツブツ小声で言い始めたサスケに、フッチもまたため息をついて、そして苦笑した。

サスケが突っ走って、自分が振り回されて、それで『彼』がいつも不機嫌そうに、乱暴に止めてきた。

……まあ、サスケの突っ走る原因は大抵『彼』だったし、2人があまりに暴走した場合は、フッチが2人を止めたこともあった。

そんなことを思い出し、『彼』の顔が浮かんできて、ドクンと心臓が鳴った。

けれど、平静を装ったまま、フッチはサスケを諭すように、笑いかけた。

「……わからないよ。サスケ。」

その、無理やり作った笑みに気づいたのか気づいていないのか、サスケはハァーっと大きく息を吐いた。

そして、今度こそ観念したのか、フッチの目を真正面から見返してきた。

サスケの自分とはまた違う、濃い茶色の瞳が、フッチの瞳に映り、その真剣さにフッチは言葉を失った。

――サスケが何を言うのかは予想はできなかった。

ただ、とても、真剣なことなのだということだけは、嫌と言うほど理解した。

キュッと唇を引き結ぶ。

「……アイツが――、来た。……何の前触れもなく、突然。」

「………――――。」

『アイツ』――。

名前をはっきり言われたわけじゃない。

けれど、サスケが誰を指してそう言っているのか、フッチには間違え様がなかった。

ドクドクと、心臓がうるさく脈打つのが聞こえる。

「――いつ……?」

「……ちょうど1ヵ月前だ。」

――1ヵ月前。

それは、「彼」――ルックが消える、ほんの数日前という計算になる。

「……もっと、早く来るべきだったんだけど、……俺も、なんとなく……へこんじまってな。」

「……ムリはない。……それ、で……、『彼』……は?」

「……俺も、国際情勢ってヤツは無視できない立場にいるからさ。……アイツがその時には何してたかってのは、知らなかったわけじゃなかったんだけど……。なんとなく、いつもの調子で『一体、何しに来たんだ〜!!』って、条件反射みたいに怒鳴っちまったんだよな。……そしたら、また、めっちゃバカにするみたいに、冷たい目しやがって、そのまま、また風で吹っ飛ばされた。」

「………。」

真面目な顔を崩して、ちょっとふざけたような、いつものサスケらしい顔をたぶんつくっているつもりなのだろう、サスケの顔も、どこか寂しさを感じさせた。

「……で、いつもと同じみたいに文句を言った俺に、アイツが言ったんだ。」

「……なんて?」

聞きたかった。

自分は、彼とほとんど話しなどできなかった。

そんな彼が、サスケには自分から話をしに行った。

――敵軍にいた自分には言えなかったことなのか?

……それとも、自分に、だからこそ、言えなかったことなのか……?

何を彼は言い残したのだろう?

知りたくて、でも同時に知りたくないと訴える気持ちもフッチのどこかにあって、心臓は緊張のあまりドンドン早くなっていく。

――けれど、聞かなければならないのだと、フッチは自分に言い聞かせた。

フッチが、緊張し、葛藤しているのに気づいていたのか、いないのか、サスケは少し間を置いてから口を開いた。



――――――



『だいたい、何で僕が君なんかに頼みごとをしなきゃいけないのか、いまだに理解できないんだけどね。……君みたいなバカしか浮かばない自分が甚だしく不幸だと思う。……まあ、仕方ないから、言っとくよ。』

『おい、てめえ――。』

『――フッチを……、アイツを慰めてやってよ。……どうせ、アイツって、弱くて泣き虫のくせに、結局強いから、最後の最後に僕の前に立ちふさがる。……そして、その後、自分のした事に泣くんだ、心の中で。』

『……ルック……?』

『――自分には泣く資格なんかないからって、勝手に考えて、思いつめて。……本当にバカとしかいえない。』

『おい! それはひどいんじゃないか!? 大体、オマエが止めれば済むこと――。』

『……ホントに、君ってバカのまんまだ。最悪なくらい。……頼りないにもほどがある。……でも、君みたいなバカな方が、いいのかもしれないね。』

『何が言いたいんだよ!!』 

『……フッチに伝えてよ。『君は君が正しいと思うことをやれ。……迷うな。畏れるな。……君は、君の思うままに、生きろ。――それが正しい。』って……。』

『――ルック……?』

『――確かに、頼んだからね。……サスケ。』



―――――――



「―――っつ……!!!」

フッチは思わず息を呑んで目を見開いた。

――信じ、られなかった。

けれど、サスケがそんな嘘をわざわざ自分につきにくるとは思えないし、大体にして、頼まれもしないのに、サスケがルックのふりをしてことをこんな風に自分慰めにくるとは思えない。

サスケは自分が言うように、本当に、任務以外では直球の事しかできない。

だから、自分を慰めるために、ルックを使うことはありえない。

サスケ自身が自分を慰めようとするのなら、絶対に自分の言葉で、慰めてくるだろう。

――だから、このメッセージは、本当、なのだ。

胸が、痛かった。

――嬉しくて。

……同時に、とても、悲しかった――。



「……人のこと、バカバカ言ってたわりに、自分が一番バカなことしてるって、自覚があったみたい、だな。……それに……、アイツは、俺たちが思う以上に、オマエのこと、本当に好きだったんだ。」

――わかりにくいやつだよな。

――最初から、最期まで。



目の前にいるはずのサスケから発せられている言葉なのに、なぜか、とても遠くから聞こえてきたような気がした。



『ルックくん、フッチくんのこと大好きだったよ!!』



戦争が終わった直後に姿を消した、あの黒髪の少女もそう言っていた。

自分だけが、気づいていなかった。



――彼が、どれだけ自分のことを大切にしてくれていたか。

――好きでいてくれたか。

――自分のことを、知っていてくれたか……。



「……ルック……!!」


――声を、聞きたかった。

――顔を、見たかった。

――これからも、同じ時間を、過ごしていきたかった。

――呼びかける声に、応えて、欲しかった。

――もっと、語り合いたかった。

――時間など、いくらでもあると、嵩をくくっていた。



こんな、別れ方をするなんて、想像もできなかった。



「……ルック――!!」



頬を、何かが伝い落ちる。

ポタリと、膝の上に落ちてしみを作る。

胸から、何かがあふれてきて、止まらない。



――息が、苦しかった。

――大好き、だったのだ。

――もっと、一緒に、いたかった!!

――今までも、これからも――!!!!!



「あ、あ……。あああああああああ―――!!!!!!!!!」



悲鳴のようなフッチの叫びに、サスケも胸が引裂かれるような痛みを感じた。



ただ、顔を両手で覆って泣き叫ぶフッチが、悲しかった。

(本気でバカ野郎だ、ルック!! ……誰よりも、大事に思ってたくせに。……悲しませたくなかったくせに!!)

15年前、サスケはフッチとルックに初めてであった。

一緒に協力攻撃を組まされて、ルックには散々な目に合わされた。

その事や、普段の人を馬鹿にしたような視線にむかついて、ルックに突っかかっていくと、必ずフッチが止めに入った。

同じく散々な目に合わされてて、何でこんなヤツを許せるんだと、そのフッチにさえ本気でムカツイタこともあった。

『ルックって、ホントは優しいんだよ。』

フッチがルックのことをそう言うのが、信じられなかった。

――でも、いつ頃からか、気づいた。

ルックが、明らかにフッチに対して、自分に対するものとは違う優しい目を向けていることに。

その事について、文句を言ったサスケに、ルックはまたいつものバカにした眼を向けた。

『君とフッチは違うだろう? どうして、同じように扱わないといけない?』

シレッとそう言うアイツがむかついて、やっぱりその後喧嘩になったけど、あれでルックがフッチのことを大切に思ってることは嫌と言うほど解った。

――今回のことにしても、そうだ。

でも――。

(そんなにフッチが大事なら、泣かせるような真似、なんでしたんだ!?)

ただ、ルックは、フッチが泣くだろうということを理解していた。

大事な人間を、泣かせて、悲しませてまで、ルックのやりたかったこととは――?

その答えは、もう、永遠に返ることはない。


サスケには、フッチを慰める術など思いつかず、側にいることしかできなかった――。


どのくらいの時間が過ぎただろう。

フッチはただ静かに、涙を止めた。

「……フッチ?」

「……ああ、……すまない、サスケ。……取り乱して……。」

「いや――。」

フッチの目は赤かった。

明らかに泣いた後が見えた。

それを直視するのがつらくて、……悪い気がして、サスケは視線を脇にずらした。

そのサスケに対して、フッチはただ笑った。

「――サスケ。ありがとう。」

「俺は――。……何も……。」

「……君という存在がいたことが、ルックにとっても、……俺にとっても幸運だったと思う。」

フッチはそう言って、息を大きく吐いた。

「……うん、……さっきより、ずっと気持ちが軽くなった気がする。……無意識に強がっているだけかもしれないけど、それでも――。」

「……フッチ……?」

「……俺は、ルックのことを大事な友人だと思ってた。……でも、彼は、そう、思ってなかったんじゃないかって、思った。……今回のことがあって。……でも、違った。」

「……ああ。」

「……どうしてもっと色々と相談してくれなかったのか。一人で決めてしまったのかって、いくらでも文句が出てくる。……けど、彼は彼なりに、何かを求めて、そして、後悔することなく散っていった。……それを阻止した俺を、恨むでもなく、全てに納得して――。それがわかっただけでも、俺は、幸せ、だと思う。」

「……物分りがよすぎじゃねえ? ……前からずっと思ってたけどよ。」

納得いかなさそうに、サスケが言う。

そのサスケに、フッチはただ笑った。

「――そうかな?」

本気でそう思ってるらしいフッチは、不思議そうに首をかしげた。

そのフッチから、もう、張り詰めたような危うさを感じない。

――泣く事で、フッチは今、ルックの死を乗り切った。

(結局、こいつのことを一番わかってたのは、アイツだってことか?)

だったら、やはり、どうして――……という疑問にどうしても戻ってしまう思考を無理やりサスケは前に戻した。

「……オマエがいいなら、それで、いいよ。……俺は、約束、果たしに来ただけ……だからな。」

「――うん。」



そうして、フッチは、いつもの、誰をも惹きつける綺麗な、幸せそうな笑顔で、サスケに微笑みかけたのだった――。



【END】





…えーと…、意味がわからないです。……自分で書いておきながら…(滝汗)
またまた、途中から、自分が書きたい内容がわからなくなって、混乱して、中座していた作品。
…一応最後まで書き上げたものの…微妙。
それでも、少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。



(05.12.26)



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