「――様。フッチ様!」

その声に、フッチは今現在、自分が事務処理中であることを思い出した。

仕事中に、一体何を考えていたのか……。

すでに、何度か声をかけていたのだろう、そのフッチの直属の部下である若い竜騎士――ユウトは、フッチのいつもと違う様子に、心配げな表情を向けていた。

フッチを心酔する――といっても過言ではないくらい、フッチに敬愛の念を向け、暇さえあればフッチから何かを学ぼうと勤勉な様子をみせるユウトに、フッチは好感を持っていたし、彼自身、同年代の中ではかなり優秀だった。

「ああ、悪い。……で?」

いぶかしげな表情のままではあったが、ユウトは、用件を告げた。

「それが……、侵入者が、いる、模様です。」





9.約束 《前編》





「………………。その不確定な報告はどういう意味だ?」

侵入者がいるなら、もっと大きく、幹部や現在警備中のものが警戒し、その気が伝わってくるし、連絡も緊急として回ってくるだろう。

だが、まったくその様子はない。

「……見慣れない装束の男を見たのですが、見張りや来客担当の者はしらないと。……ですが、なんとなく気になりまして……。」

一応、警備の者に告げたのだが、相手にされなかったのだという。

それで、フッチに相談しようと思ったらしかった。

「……そうか。わかった。」

その騎士の仕事熱心さと、人の気配をよむ鋭さにフッチも信頼をおいていたので、気のせいであればそれはそれでいいと思いながら、一応調べてみることにした。

「……勘違いであれば、お手数をかけて申し訳ないのですが……。」

ほんとうに、申し訳なさそうに言う相手に、フッチは柔らかい笑みを浮かべた。

「かまわない。少しでも何か感じたら、報告してくれればいい。」

そのフッチに、ユウトは、本当に嬉しそうに頬を染めて下を向いた。



フッチはユウトが侵入者を見たという、場所を訪れた。

そこは、竜洞内部、竜騎士たちの居住区の一角だった。

「……ここ?」

「はい。」

生真面目に頷くユウトに、フッチはいぶかしげにあたりを見回した。

侵入者が実際にいた場合、このような場所に何の用があるだろう?

ここには、竜洞の機密などありはしない。

「…………………。」

それでも、フッチは彼の言葉を疑っているわけではなかったので、ひとまず、彼の他に怪しい人影を見た者がいないか、聞き込みをしてみようと考えた瞬間――。

「下がれ!」

フッチの命令に、ユウトは一も二もなく後ろへ飛んだ。

その瞬間――。

キンッ――!!

硬質な音がその場に響き、フッチの前に何かがコトリと落ちた。

それに目をやり、ユウトはゴクリと唾を飲んだ。

忍道具――手裏剣。

(忍がいるのか!?)

警戒心をフルに湧きたてられ、周囲の気配を探り始めた。

だが、ユウトには自分たちを狙うものの気配は感じ取ることができなかった。

その事に、悔しさを感じて歯噛みをしながらフッチの指示を待った。

フッチは、少し緊張したように厳しい顔で辺りの様子を探っていたようだったが、急にフッと表情を和らげた。

「ふざけてないで、出て来たらどうだ?」

「! フッチ様!?」

そのフッチに、ユウトは驚いた。

こんな、いくら未熟とはいえ、自分には気配すら感じ取る事ができない相手に向って、『ふざけている』とフッチは言っている。

しかも、警戒も解いてしまっているようで――。

信じられない思いでフッチを見上げた。

フッチの強さがそうさせるのか、それとも、他に理由があるのか――。

唖然としているユウトの前に、1人の男が現れたのだ。

本当に、突然。

「ちぇっ。面白くない。」

笑うようにそう言いながら姿を現したのは、青い装束に身を包んだ、フッチと同じくらいの年の、精悍な顔の男だった。

目の前に確かにいるのに、ユウトには、まるで風が吹いただけ程の気配しか感じられなかった。

ものすごい、達人であることが、ユウトにもわかった。

ユウトはさらに警戒を強めた。

相手は一見こちらに敵意がないようにも思えた。

が、これほどの使い手。

油断は禁物のはず――。

そう考えているユウトに、男は楽しそうな目を向けてきた。

「ダメだなあ〜。そんなに固くなってたら次の行動が遅くなるぞ。……それに警戒しすぎ。」

その言葉がユウトには馬鹿にされているように聞こえて、握り締めた愛用の槍を男に向けて構える。

「黙れ! 侵入者!! 一体何の目的で、竜洞に――。」

「……うーんとな。……やっぱり、偵察……かな?」

ちょっと考えるようにそう言う男に、さらに馬鹿にされた気分になって、ユウトはカッと頭に血を上らせた。

「貴様――!!!」

叫びながら男を取り押さえるべく槍で攻めかかったユウトの攻撃を、男は軽く避ける。

楽しそうに笑いながら。

それが悔しくて、ユウトは必死になって男に向っていったが――。

「――っ!」

「はい、これで、終わり。」

気がついた時には、ユウトの喉元にナイフが突きつけられていた。

「くそう!」

瞳に涙を滲ませて悔しがるユウトに、さすがに罰が悪そうに頭をかいた男が、さっきから黙って傍観していたフッチに顔を向けようとして――。

「……お……い……?」

「ユウト、よくやった。気をひいてくれてありがとう。悔しがることはない。コイツ相手だと、俺も一対一じゃ、厳しいからね。」

フッチは背中に背負っていた大太刀を、いつのまにかその男の背中に突きつけていたのだ。

「お、おい! ちょっとまてよ!! オマエ、何考えてんだ!?」

男は慌てたように抗議する。

「それは、こっちの台詞だ。しばらく、大人しくしていてもらおうか。――ユウト。」

「はい!」

フッチが男の気をひいている間に、ユウトはすでに男から逃れてフッチの隣にいた。

悔しそうに男を睨みつけながら。

そして、フッチには尊敬の目を向けながら。

それから、フッチの呼びかけに、心得たように答えて、捕縛用の縄を準備し――。

「悪かった! 悪かったよ! フッチ!! 頼む、止めてくれ!!」

「……なんだ、あっさり謝ったな。……つまらない。……せっかく、面白い交渉材料が来てくれたと思ったのに。」

「どこと!? 何の交渉をするつもりだったんだ!! おまえ、性格悪くなってるぞ!!」

「そうでもないと思うけどね。――ごめん、ユウト。混乱させて悪い。……こいつ、俺の友人なんだ。」

「……ご友人……ですか……?」

「そう。だから悪いけど、内密に。」

「……フッチ様が、……そう、おっしゃるなら……。」

不承不承気味にそう言うと、もう一度男を睨みつけてから、フッチに頭を下げて、ユウトは持ち場へと戻っていった。

「……で? 一体、何しに来たんだ? ……サスケ。」

ユウトが去った事で、ユウトの前での柔らかい表情を少し翳らせて、フッチは目の前の男の名を呼んだ。

呼ばれた男――今ではロッカクの里の副頭領となったサスケは、少しおどけたように肩をすくめたのだった。





「……で?」

「大体の予想はつけてんだろ。」

ぶすっとふてくされたような顔で、そう答えたサスケに、フッチはただ曖昧に微笑んだ。

その微笑に、サスケはどこかいつもと違う張り詰めたような危うさを感じて、唇を噛み締めた。



あの後、急遽、サスケを来客として、手続きをとり、来賓室の一室を貸し与えた。

そして、その夜、ようやく時間に都合をつけたフッチは、サスケの元へと訪れていた。

「……まあ、そのくらい元気そうなら、よかった……とも思ったんだが……。」

サスケはそう言いながら、頬を少し赤らめてプイッと横を向いた。

そう言うところが、昔と全く変わってなくて、フッチはフッと笑った。

「――ありがとう。」

「礼、言われたくて来たわけじゃねえよ! ――オマエが、また、泣いてんじゃないかって、そう――……あ!」

「……『また』? ……俺、サスケの前で泣いた事なんて、あったか?」

本気で不思議そうに首をかしげるフッチの前で、サスケは「あー!!」とうめきながら項垂れて自分の頭をグシャグシャとかき混ぜた。

サスケが何をしたいのかが解らなくて、フッチは困ったように眉をひそめた。

サスケはしばらくそうして項垂れていたが、何かを吹っ切ったように顔を上げた。

「畜生! 俺は回りくどいことは嫌いなんだよ!!」

「知ってる。」

「だから、直球で言わせて貰う!!」

「どうぞ?」

「泣け!!」

バッと立ち上がって、普通ならほとんど目線が変わらないはずの相手を見下ろす体勢になったサスケは、そのままビシィっとフッチに指を突きつけながらそう言った。



【To Be Continued】




お題で前後編って…。ありえん…。
短くまとめるように気をつけないと…(T_T)

幻想水滸伝3の少し後。



(05.12.22)



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