扉を開く鍵 3


「……お前の船から降りて、2年程、経った頃だったと思う。滞在していた村 が、盗賊に襲われたんだ」

初めから、村人を皆殺しにするつもりだったのだろう。

盗賊たちは、相手が女子供でも、容赦がなかった。

さすがに、見捨てる事はできず、テッドとアルドもできる限り応戦した。

だがやはり、多勢に無勢、抵抗むなしく、村人達の逃げ惑う悲鳴、断末魔の声が聞こ え、燃え上がる家々があたりを明るく照らす。

テッドの体力も限界に来ていた。

ふらつく体を、焼け残った家の壁に預ける。

そして、自分の右手に視線を移した。

(使うしか、ないか――?)

できれば、使いたくなかった。

戦時中でもなく、まして、ひどい言い方だが、こんな小さな村の災害に、自分が真の紋章 の力を解放すれば、間違いなくそれは人の口に上り、噂が広まる。

最悪の場合、あの女に自分の足跡を残す事になってしまうのだ。

そんな考えが頭をよぎり、自分に向けて放たれた矢に対する反応が遅れた。

(しまった――!!)

そう思ったと同時に視界に移った、黒い影。

その影は、テッドをかばい、矢の軌道上に踊り出た。

「あ――……」

テッドをかばった影は、テッドを狙ったはずの矢をその身に受け、地面にと倒れ付した。

一瞬、それがなんなのか、わからなかった。

だが、それを確認するより先に、自分に向けて矢を放った相手に向かって矢を放つ。

視界の隅で、その相手が崩れ落ちるのを見ながら、地面に倒れている黒い影に視線を移し た。

「……アルド――!!」

やはり、と言うべきか、テッドをかばった黒い影は、アルドだった。

慌てて、テッドはアルドの傍らに膝をつき、傷の状態を見た。

(……やばい……かも……)

アルドの傷は、けして軽いものではなかった。

テッドが、応急手当を行っている間も、アルドは、かすかに意識はあるようだったが、苦痛のうめき以外声を発さず、瞳も開こうとはしなかった。

「おい! アルド!! しっかりしろ!!」

テッドの必死の呼びかけに、アルドはうっすらと瞳を開け、何かを言おうとした。

「なんだ? ……どうして、欲しいんだ!?」

かすかにアルドの口から聞こえる言葉を拾おうと、テッドは耳をよせた。

「テ……ッド、く……ん……。け……が……は、な……い……?」

なんとか聞き取れた言葉に、愕然とする。

全身が、細かく震えた。

「……お前は、バカだ」

ポツリとつぶやく言葉をアルドは拾ったのか、苦笑して、「う……」とうめいた。

「バカやろう! おとなしく――」

テッドは、アルドを怒鳴りつけようとして、気づいた。

右手が――ソウルイーターが、反応、している。

その意味は――わかりすぎるくらいに、わかっている。

「や、やめろ!!」

魂を――、アルドの魂を、喰らおうとしているのだ――!!

テッドの、恐怖に震えた悲鳴のような声に、アルドはほとんど、残っていなかった気力を 振り絞って、彼を見た。

その目に映ったのは、恐怖に染まった瞳で、薄い燐光を放つ自らの右手を見つめ、おもむろに地面に打ち付け始めたテッドだった。

テッドから、その右手に宿る紋章の話は聞いていた。

……だから、今現在、テッドがおびえている理由――原因は、検討がついた。

アルドはフッと、頬が緩むのを感じた。

こんな状況であるというのに、嬉しいと、感じてしまった。

――自分の死に直面して、そんなふうに思う自分が不思議だった。

けれど、どこかで、そんな自分に納得していた。

アルド自身は、このままこの世を去ってしまっても、全く後悔などなかったが、それでは いけないことも解っていた。

このまま――、テッドに何も告げない、何も残さないまま、死を受けいれてしまっては、 テッドはますます自分の殻に閉じこもり、今度こそ、誰も寄せ付けなくなってしまうかも しれない。

自分の杞憂であればいいが、それでも、自分にできること――少しでも、テッドの心の琴線に触れる事ができた自分だからこそ、彼のためにしてあげることがある……。

――彼を、永遠の悲しみの螺旋を、ほんの少しかもしれないけれど、ほぐす事ができる……。

(ソウルイーター……。僕の魂をあげる。だから、最後に一度だけ、力を貸して欲しい。 ……彼と、話が、したいんだ……)

無駄かもしれないと思いつつ、アルドはままならない自分の声の代わりに、心の中で、 テッドのソウルイーターに語りかけた。

すると、ほんの少しだけ、体が軽くなった気がした。

……痛みが、消えた。

(ありがとう)

アルドはいつものように、微笑みを浮かべたまま、心の中でソウルイーターに礼を言った。

「テッドくん」

「っ……、アルド!?」

さっきは、声を出すことさえ辛そうだった、アルドのいつもどおりの呼びかけに、テッド は、驚きと、かすかな期待の入り混じった顔で、振り返った。

けれど、アルドは先ほどと全く変わらず、地面に横たわっており、顔色も悪かった。

しかし、その表情はおだやかだった。

……テッドには解った。

すでに、アルドの気配はソウルイーターのものと、同化し始めているということが。

「……! お、まえ!!」

「ごめん、テッドくん。君の心配していた通りの結果になってしまったね」

「心配なんか――!!」

この期におよんで否定をするテッドを、微笑ましく思いながら、アルドは続けた。

「でも、僕は後悔なんかしていない。今、とても満足しているよ」

テッドは怪訝そうに眉をひそめた。

その様子に、アルドは苦笑した。

「君が、僕に対して、心を返してくれたことの証明だからね」

言いながら、本当に嬉しそうに微笑むアルドに、テッドは叫んだ。

「たった……。たったそれだけで――!! お前は、命を落としても悔いはないって言う のか!?」

嘘だ、信じられない、と叫ぶテッドを、アルドはどうにかして慰めたかった。

彼は、見かけどおりの子供ではないはずなのに、それでも、見かけより、幼く感じてしまう。

(……ああ、彼は、大人にはなれなかったんだ……)

人と係わることを避けて、今まで来てしまったがゆえに、彼は、人と接することでしか学べない大切なことを、学ぶことができなかったのだ。

「テッドくん、聞いて。人は、誰しも、常に思い通りの結果を得られるわけじゃない。人 を思うことなんて、特に思い通りにはならないことが多い。……思い通りになって欲しい と願うことは、見返りを求めることと同じだ。友情であれ、恋愛であれ、それを求めるのは、当然のことのように思えるけど、正しいことではないと、少なくとも、僕はそう、思う」

テッドは、わからない、といった不思議そうな顔をした。

「僕は、君と共にありたいと、思ったからこそ、君についてきた。例え、君が同じように 思ってくれなくても、それでもかまわないと思っていた。確かに、君が心を開いてくれた らいいなとは、思っていたけど、その気持ちが全てじゃなかった。……もちろん、君が、 ソウルイーターの呪いを教えてくれた後も。……これは、僕にとって、とても誇らしいことなんだ」

「どうして!?」

「それだけ、自分の思いが強く、迷いがない証拠だったから……。……人の心は弱い。す ぐに騙され、迷い、そして、大切なものを気が付かないうちに、失って、後悔するんだ。 ……僕は、君から呪いの話を聞き、もし、怖がってん逃げ出していたなら、今ごろきっと 後悔していたと思う。だから、これでいいんだよ」

「けど――!!」

反論しようとするテッドの言葉を、わざと聞こうとせずに遮り、アルドは言葉をさらに続けた。

「……テッドくん。君はこれからもたくさんの人に出会う。――自分から、近づくのは難 しいかもしれないけれど、せめて、近寄ってくる人を受け入れてごらん。それから、考えるんだ。君が、その人と、共にいたいのかどうか」

「……考える……?」

「そう。そして、それでも、自分がその人といたいと思ったら、今度は、相手に選ばせるんだ。……呪いのことを話して、それでも君とともにいたいと願う人が、いつか、必ず現れる」

僕がいたようにね――と、アルドが笑う。

「お前みたいな物好き、そうそういるわけがない――」

「――最初から、あきらめてはいけない。……選ばせてごらん。大切に思う誰かが、ソウルイーターに喰われるたびに、君が後悔するというのなら――。他でもない相手に。それで離れていくようなら、その相手は少なくとも、喰われたりはしないだろう?」

「………」

「確かに、相手が離れていくことは、それはそれで悲しいことかもしれない。けれど、少 なくとも、それは君の所為じゃないし、相手が悪いわけでもない。だから、君が苦しむ必要はないんだ」

テッドは、アルドの黒い、澄んだ瞳を一瞬もそらさずに、見つめていた。

アルドもまた、テッドから瞳をそらすことはなかった。

「僕は選んだ。自分で。その結果がこれなんだから、選んだ自分の責任であって、君の所 為じゃない。だから、後悔なんかしていないし、して欲しくない。だって、……僕は、幸せなんだから――」

アルドは本当に幸せそうに、テッドに微笑みかけた。

「……君と一緒にいられただけでもよかったのに、その上、君が、僕のために、悲しんで、くれている……。本当に、嬉しい、ん……だ、よ」

君には、いい迷惑だったのかもしれないけどね……と、笑ったアルドの呼吸は、次第に弱 いものへと変わっていった。

「ア、ルド……?」

「残、念……。時間切れ、みたい……だ」

アルドは、急速に自分の体から力が抜けていくのを感じていた。

目の前のテッドは、泣きそうな顔で、何かを言っている。

けれど、既に、アルドの耳に、その声は聞こえなかった。

(――もっと、君に伝えたいことがあるのに……)

そう思いながらも、アルドは痛みを感じるわけではなく、ただ、深い、深い、眠りに落ち るような感覚にとらわれ、抗えないままその瞳を閉じた。

それが、アルドの最後だった――。



【To be continued】




本当に、どうしてこんな展開に…?

ホントに、アルドファンの方ごめんなさい。
真田捏造のアルドさんの心境…。

いろいろと、意見とかおありでしょうが、「こんな考え方もあるんだな」
くらいで考えてもらえると嬉しいです。

ご意見、ご感想お待ちしてます。
(苦情はできましたら勘弁願います…)

(05.02.26)



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