扉を開く鍵 4


話を終えたテッドは、まるで、カナイからの叱責の言葉を望むかのように、 唇を噛み締めて、下を向いた。

けれど、カナイはテッドの考えとは裏腹に、嬉しそうに微笑んだ。

「そっか……」

ただ、それだけを言って黙ったカナイを、不思議に思い、テッドは顔を上げた。

「……え?」

カナイは、微笑んでいた。

本当に、嬉しそうに――。

「どうして、責めない?」

「どうして、おれが、テッドを責めないといけないんだ?」

疑問を口に出したテッドに、カナイは本当に不思議そうに首をかしげた。

「責める権利があるとしたら、それは、アルドだけ。そのアルドがテッドを責めたりしな いのなら、おれがする事じゃないだろう?」

「だけど……」

フフフ……と、カナイは笑った。

「ここで、おれがテッドを責めたりしたら、逆にアルドに怒られると思うな〜」

「だって、お前、アルドと結構、仲、良かっただろ?」

テッドの言葉に、カナイは当時のことを思い出す。

確かに、アルドはカナイによく話しかけてきた。

けれど、優しい気質のアルドは、仲間たちのほとんどに好かれていたし、第一、カナイとアルドの話は、ほとんど、テッドに対することだったように思う。

だからこそ、テッドがアルドに心を開いていたことがわかっただけで、カナイは満足だっ た。

「そうだね。結構仲は良かった。だからこそ、彼が幸せだったとわかっただけで、おれは満足してるよ」

ニッコリと、150年前と全く変わることのない、少女めいたきれいな顔で、それ以上に変わることない、優しい微笑みで、テッドに笑いかけたカナイに、何か言おうと口を開い たテッドは、結局何も言うことなく、口を閉じた。

静かな沈黙の時が流れた。

その静寂を破ったのは、今度は、テッド、だった。

「……本当に、アルドは、後悔していなかったと、思うか?」

――幸せだったのだろうか、と……。

膝の上に置かれたテッドの手が、ぎゅっと力をいれて握り締められたのがわかった。

答えるのは簡単だった。

けれど、それを言う前に、確かめたいことがあった。

「……テッド」

先ほどまでとは少しトーンの違う、カナイの声に、またうつむき加減になっていた顔を、 はじかれたように上げた。

カナイの顔から微笑みが消え、しごく真面目な顔でテッドを見ていた。

「ひとつ、聞くよ。……君は、アルドの言葉を理解してる?」

しかられた子供のように、不安げな、泣きそうな表情を浮かべ、テッドは口を開いては、何かを言おうとして、口を閉じ、またしばらく迷ったように視線をめぐらし、唇をかみしめた。

カナイは、決して急かしたりなどはせず、テッドが答えを発するのを、じっと待ってい た。

「……全く、理解してないわけじゃ、ないと思う……。……けど、あいつが望んだよう に、行動できているかなんて、自分じゃ、わからない――」

かなり長いこと、躊躇って、それでも、なんとかカナイの問いにテッドは答えた。

カナイとしては、ちょっと物足りなくはあったけれど、それでも、当時のテッドと比べる と、十分変化が見られる答えに安堵した。

自分達は、肉体的に成長はしないけれど、精神的にはいくらでも変化できるのだ。

カナイ自身も、自分の変化はよくわからないけれど、目の前のテッドは明らかに変化しているということは理解できた。

テッドは、変わった。

それも、良いほうに――。

「それで、いいと思うよ。少なくともおれは。……アルドの言いたいこともわかるけど、 テッドはテッドだもの。テッドが、アルドを理解して、アルドが望んだように行動したい と思うのは嬉しい。それは、テッド自身が変わるために、必要な一つのステップだと思 う。……だけど、アルドの思う通り、考える通りにテッドが行動する必要はないだろ う?」

テッドは、カナイの言葉を聞いて、わからない、といった風に首を振った。

「……アルドが望んだように、行動したいと思うことは悪いことか……?」

「……テッド、おれの話を聞いてた? 誰も悪いなんて言ってない」

カナイの答えに、テッドは本当に泣き出しそうな表情を浮かべ、叫んだ。

「けど――!! わからない! わからないんだ!!」

テッドのその様子は、小さい子供が、大人の言いたいことを理解できず、癇癪をおこした ように泣き喚くのに似ているような気がした。

テッドは、本当に、自分がどうするべきなのか、わからないのだろう。

カナイも、どう言ったらいいのか解らなくて、口を閉ざして思考をめぐらせた。

――アルドがこう言ったから、ではなくて、テッドがこうしたいから、という気持ちで行 動することが重要なのだ。

その時、ふと、カナイの思考の隅に、何かが引っかかった。

その引っかかったものが何なのか、カナイは必死に考えた。

そして、カナイの脳裏に浮かんできたのは――。

爛々と光る黒い大きな瞳でカナイを睨み付け、自分では適わないと知りながらも、テッド のため一歩も引かずに、カナイに向かってきた少年――ティル。

「……テッド。……ティルは、テッドの、友達?」

テッドは、あまりにも思いがけない言葉に、泣き出しそうだった顔が、一気にきょとんと した不思議そうな顔になった。

「それが……?」

「友達、なんだね?」

「ああ、そうだ、けど……」

「彼のことが、大切?」

カナイの言いたいことが解らないながら、テッドはただ、聞かれるままに答えていた が――。

「……大切、って言葉じゃ、言い表せないくらい……。……あいつに出会う為に、今まで 生きてきたんだって、そんな、気が、するんだ……」

カナイは、あの少年と昨日のテッドの様子から、テッドが変わった原因があの少年にもある――つまり、それ程には、二人は仲がいいのだろう、と考えてたのだが、自分が思って いた以上に、テッドがあの少年のことを大切に思っていることを知り、おまけに惚気ともとれる言葉を聞かされて、驚きに目を丸くした。

(あのテッドが、こんなことを言うなんて……)

驚いたし、あの少年に軽い嫉妬を感じないでもなかったけれど、それでも、嬉しい気持ちの方が強くて、カナイは微笑んだ。

「……なんだよ……」

そのカナイの表情に気づき、テッドは照れくさくなったのか、少し顔を赤らめて、ふてく されたような表情になった。

「いや、なんでもないよ」

そのテッドの様子が可愛くて、笑いだしそうになるのをこらえながら、カナイは続けた。

「それじゃあ、彼に、ソウルイーターのことは?」

その名を出したとたん、テッドの表情は固まり、その顔を曇らせた。

「……話して、ない……」

「話す気はない? また、黙って彼の元を去るつもり?」

カナイは、テッドの表情の変化を見逃さないように、じっと見つめた。

テッドは、唇をかみ締めたまま、黙っていた。

「…………」

「…………」

「……あいつと、離れたくないんだ」

「うん」

ポツリともらしたテッドの言葉に、カナイは頷く。

テッドはつらそうに、顔をゆがめた。

「でも、一緒にいたら、また、ソウルイーターに喰われてしまう」

「うん」

「……黙って、離れていく、つもりだった」

「うん」

促すわけでもなく、問うわけでもなく、ただ、カナイはテッドの言葉に頷いていた。

「……一度、試したんだ。黙って、この都を出ようとしたら……。どうやって気づいたのか、あいつが、どこまでもついてくるんだ」

「うん」

「何で、ついてくるんだって聞いたら……、『だって、テッド、帰ってくる気ないだろ う?』って、けろっとした顔で言うんだ」

「……うん」

「だから、自分がついていくんだって。そう、言うんだ」

「……アルドに、ちょっと似てる?」

「……そうかも、しれない。結局、なんだかんだで、グレッグミンスターに帰ってきた ら、あいつの家の皆が、おれたちのことめちゃくちゃ怒って、それから『おかえり』って 言ってくれたんだ」

「うん。……うれしかった?」

カナイの言葉に、テッドは黙って頷いた。

「心配してくれたんだ。帰ってきたことで、喜んでくれてるんだ、って感じたら……悪い ことをした気分になった」

そういいながら、テッドは、自重するように笑った。

「そうだね。自分の家族とか、友達が、黙っていなくなったりしたら、誰だって心配する し、帰ってきたら安心する。……で、心配させた奴には、もう二度とやらないって思わせ るくらい叱らないとね」

にこっと笑いながらそう言ったカナイに、テッドは一瞬きょとんとした表情を見せたが、 次に、誰の事を言っているのかに気づき、ふきだした。

「そんなに、怒られたのか? あのとき……」

「怒られた、怒られた。――おれだけを犠牲にして、自分達が助かっても嬉しくないっ て。……これは、テッドにも当てはまる事だろう?」

「ああ、そう、だな……」



【To be continued】



な……長い……。
文もだけど、書き上げるまでが……!!
こんなに長くなるとは考えていませんでした。
あと一話で終わりです。
…当初考えていた予定と全然違う…。

(05.03.05)




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