扉を開く鍵」の続編です。


時の中で重なるもの 《前編》






「……あそこが、解放軍の本拠地?」

「ああ、そうだ。」

トラン湖のほとり、カクの町の船着場にいたタイ・ホーに話し掛けてきたのは、20歳にはならないくらいの年齢の少年だった。

その容貌だけを見るに、女と見間違いそうになるほどの優しい顔立ちをしていたが、その腰にある、いかにも使い込まれているような双剣を見る限り、決して顔どおりの優男ではないようだった。

チラッと見ただけでそう判断したタイ・ホーは、相手が帝国軍のスパイではないかと、少し警戒していた。

その様子がわかったのか、少年は、クスリと笑い、手紙を出した。



「……これを、軍主……ティル・マクドールに、渡してほしい。」





「よお、タイ・ホー! 今日は、確かカクの賭場に顔出すって言ってなかったか?」

本拠地に戻ったタイ・ホーに、「もう有り金すっちまったのか」とばかりに、ふらりと城から出てきたビクトールが、ニヤニヤ笑いながら顔で声をかけてきた。

タイ・ホーが、賭場に出かけて午前様でないことは、今までになかったことだから、ビクトールがそう思っても仕方がないことだった。

「バカ言え。用事を頼まれたもんでな。」

言いながら、受け取った手紙を、ひらひらとビクトールに見せた。

「それは?」

「軍主に渡せとさ。」

その一言で、ビクトールの顔が険しくなる。

「帝国軍のヤツラか!?」

「いんや、ガキだった。」

「ガキだからって、違うとは言えんだろ!!」

のんきな様子のタイ・ホーに、また、ティルに帝国軍が難題でも吹っかけてきたと思い込んだらしいビクトールは喰ってかかってきた。

「おれは、違うと思うがねえ。」

そう言いながら、加えていた楊枝を吐き出し、ニヤリと笑う。

聞いたわけではなかったが、相手はどうも、ティルを直接知っている様子だった。

少しばかり警戒したタイ・ホーの様子を敏感に感じ取り、その上で笑って、「直接会いたい」ではなく、引き受けてもらえる確率の高い、手紙で対応を願ったのだ。

『返事は、手紙でかまいません。……彼に、確かめたいことがあるだけだから。』

そう言って、笑った顔は、どこか泣き出しそうにも感じられた。

「ってわけで、ティルは何処だ?」

「おれなら、ここにいるよ?」

とたんに、声をかけられたことに、タイ・ホーは少し驚きながら、首を回した。

普通に扉の方から聞こえたのなら、そんなに驚かなかったのだが、ティルの声は上から……2階の窓から聞こえてきたのだ。

「ああ、手紙が――。」

苦笑しながら言いかけたタイ・ホーの言葉は、途中で途切れた。

窓から飛び降りたティルが、タイ・ホーの手に在った手紙をすでに自分の手に持ち、開きかけていた。

「……………。」

飛び降りたことに、特に問題はない。

問題は、タイ・ホーが気付かないうちに手紙をとられたことにある。

一瞬、呆然となったタイ・ホーだったが、次の瞬間にはいつもの通りに戻った。

「確かに渡したぜ。返事は一週間以内に村の――。」

宿屋に届けてほしいと言ってたと言いかけたタイ・ホーは、手紙を見て苦しそうに顔をゆがめたティルの様子に、緊張が走る。

まだ、そこにいたビクトールも同様に、顔をひきしめた。



「……彼は、そこに……?」



ポツリとつぶやくように言うティルに、タイ・ホーは、渡さない方がよかったかもしれないと思った。

「ああ。」

「……どうした、ティル。……やっぱり、帝国軍がなんか言ってきたのか?」

ビクトールのその質問に、ティルは静かに首を振った。

「……違う。…………タイ・ホー。」

食い入るように見ていた手紙から眼を離し、思いつめたような、表情で、ティルはタイ・ホーを呼んだ。

「……なんだ?」

「今すぐ、カクに連れてって。」

「………………………。」

タイ・ホーは、返事をしかねた。

自分たちの総大将に、こんな顔をさせる相手のところに、おめおめと連れて行っていいものなのか、咄嗟に判断ができなかったのだ。

「ダメだ、ティル。」

返事をしないタイ・ホーの変わりに、ビクトールが憤然とした態度で言う。

「ビクトール?」

「手紙を見せろ。」

「どうして?」

本気で不思議そうに首をかしげるティルに、タイ・ホーはおや?と思ったが、少し頭に血が上っているらしいビクトールは、気付かなかったようだ。

「帝国のヤツラが、また、なんか、難題を吹っかけて来やがったんだろ!?」

言いながら、ビクトールはティルの手から手紙を破れるかと思えるくらいに強引に奪いとった。

だが、ティルが本気で阻止しようと思えば出来たであろう抵抗を、全くせずに手紙を見せたことからも、軍に関係することではないらしいことが窺い知れた。

ざっと、手紙に目を通したビクトールも、目を丸くして、いきり立っていた雰囲気が解消されるのがわかった。

そうなると、さすがにタイ・ホーも内容が気にかかり、横から覗き込んだ。



「テッドの親友――ティル・マクドールへ

  おれの名前は、カナイという。
  この名前に覚えはないだろうが、一度だけ、会ったことがある。
  グレッグミンスターのテッドの家の前だ。
  ふざけてテッドに襲い掛かったおれに、君はテッドを守るために飛び掛ってきた。
  覚えているだろうか?

  いきなり、手紙などどういうことだと思ったならすまない。

  テッドが死んだことを聞いた。  
 
  テッドのことが、知りたい。
  教えてほしい。

  彼は、最期に、君と会えたのだろうか?

  ……彼は、笑っていたかい?

  ――そうであれば、おれは嬉しい。

  君にとっては、つらいことで、訊くなと怒りたくなるかもしれない。
  それでも、一言でいい。
  教えては、もらえないだろうか?
  いきなりこんなことを尋ねて、本当にすまない。

  どうか、教えてほしい。」



ティルがどうしてそんな顔をしたのかは、その文面を読むだけで理解ができた。

ビクトールの肩から力が抜け、同時に、ティルを気遣うような表情になる。

「……こいつに、会いに行くって言うのか?」

「ああ。」

「手紙で、いいと書いてるぞ?」

「おれが、会いたいんだよ。」

そう言って笑ったティルは、とてもはかなく、そうして、何よりも美しく見えた。


  
結局、タイ・ホーが「わかった」と言ったので、止めることは敵わず、ビクトールは黙ってティルの後をついていった。

「ビクトール、心配しなくても、彼は大丈夫だよ。」

そのビクトールの姿を見ながら、ティルは苦笑する。

「……おれが気にしてるのは、そいつじゃない。」

そう言ったきり、黙りこんでしまったビクトールに、ティルは船をこいでいるタイ・ホーを目を合わせて笑った。

「まあ、おれも気に罹っていることはあるんだがな。」

目を合わせたタイ・ホーが、ティルにそう言った。

「何?」

「何故、会いたい?」

どうして、そんなことを聞くのかわからないという感じでティルの瞳が疑問を浮かべる。

「……彼は、そんなにタイ・ホーの気に食わなかったのか?」

「いや、逆だ。が、わざわざ、手紙でいいといっていることに対して、直接言いに行くといのが、わからん。」

「……テッドの……親友の昔の友人だって、聞いてたんだ。でも、親友は、すごく良くしてくれたのに、うまくお礼もいえなかったって後悔してた。おれは、その彼に、失礼なことをしたっきりだったからね。……それに、直接、聞いてみたいことがあるから。」

「そうか。」

それだけ言うと、あとは、黙り込み、無言のまま船は村についた。

村の宿屋の扉を叩くと、主が喜んでティルを迎えてくれた。

今にも、歓待のご馳走を用意しようと走りかける主を止めて、ティルはカナイの居場所を聞いた。

「ああ、その客なら、2階の1番奥の部屋です。」

「ありがとう。」

そう言うと、ティルはビクトールとタイ・ホーを残して、1人階段を上っていった。

「……主、その客はどういった感じだ?」

ビクトールの質問に、主は不思議そうに首をかしげた。

「お尋ね者には見えませんでしたよ? 感じのいい少年です。どこかの子息か……、そうでなければ、いいとこの従僕かもしれないですね。」

そう言いながら、とりあえず、2人分の食事を用意するために、去って行った。

残された2人は、不思議そうに首をかしげた。

「どうして、『子息』と『従僕』が並び立つんだ?」

「さあな。」


ティルは、主に教えてもらった部屋の前に立ち、ノックをしようと手を上げたはいいが、する勇気が湧かず、そのまま固まっていた。

けれど、いつまでも固まっていても仕方がないとばかりに気合いを入れ、扉を叩いた。

「はい。」

中から、青年にはなりきれない、少年の涼やかな声が聞こえてきた。

「…………………。」

記憶の中と、変わっていない声に、これから自分の口から告げなければならない内容、テッドの顔、そして、その声の主の顔がかわるがわる浮かび、声がでなかった。

「入ってきてよ。……ティル。」

中から聞こえた声に、顔がゆがむ。

彼は、この気配――『ソウルイーター』の気配を感じて、そして、そこにいるのが彼のよく知る継承者でないことを知っていて、ティルの名を呼んでいるのだ。

唇を噛み締め、ティルはそっと扉を開いた。

部屋の中では、ベッドに腰をかけたまま、扉の方を見つめていた彼が、ニコリとティルに笑いかけた。

「やあ、久しぶりだね。ティル。……来てくれて、ありがとう。」

その彼の微笑みは、とても美しく、それでいて、とても寂しい笑顔だった――。



ティルは促されるまま、部屋に1つしかない椅子に座った。

その間も、一瞬も外れないままのカナイの視線を感じていた。

……落ち着かなかった。

「わざわざ、来てくれるとは思わなかった。」

そう言ったカナイに、ティルは視線を合わせた。

どこか、悲しそうではあったけれど、ティルにあえて嬉しいという感情が、隠さずに伝わってくる。

ティルは、その好意的な眼差しに、自分はそんな眼を向けてもらえる資格などないと感じた。

けれど――。

「おれも、君に会いたかったから。」

自然と、そう言葉が口からこぼれた。

会いたかったのは、嘘じゃない。

テッドと過ごした、数年間。

その間にテッドを訪ね、そして、テッドの口から、『昔の友人』だと言うふうに紹介されたのは、目の前の彼だけだった。

「そっか。」

そう言って、また、カナイはニコリと笑った。

「……君の質問に答えに来た。」

「……うん。」

「おれは、テッドの最期を看取った。……テッドは、おれを庇って、自分から『こいつ』に、喰われたんだ。」

ティルは、カナイの前にテッドから譲られた紋章を宿す右手を見せた。

始終手袋で覆われているその右手を、このときだけは、カナイの前にあらわにした。

カナイは、何も言わず、その紋章を目で確かめると、まっすぐな眼差しでティルの瞳を見つめた。

ティルも、その瞳を決してそらすことなく受け止めた。

きれいで、優しげな青い瞳が、悲しげで、ティルの胸が痛んだ。

「おれに会えてよかったって。……泣きそうな顔をしてたおれに、泣くな、笑えって言ったんだ。」

「うん。」

「……テッドは、微笑みながら、逝ったよ。」

「そうか。……うん。……よかった。」

そう言って、カナイは、瞳の中にあった悲しみの感情を全て払拭させたかのように、とても幸せそうに微笑んだ――。



【To be continued】


「扉を開く鍵」の続編です。
ここでは、テッドの死を感じた4主がティルを訪ねています。
タイ・ホーはなんとなく。ちょっと書いてみたかったから…。
どんな話し方してましたっけ…?
別に、他の方でもよかったかなあ?


(05.05.20)


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