「譲れない道」の続編です。
風を知らない星たち(前編)
石版の地で、ルックと偶然再会し、会話を交わしたフッチは、ルックが消えたあとも、しばらくその場に立ち尽くしたまま、動く事はなかった。
ルックは、そして自分もまた、各々の取る道を決めてしまった。
すでに、お互いに戦うことは、避けられない。
それには納得したはずだったが、やはり、心が痛むのを、抑えることはできなかった。
その痛みに耐えるよう、フッチは握り締めた拳に、さらに強く力をこめた。
その時、ふと気配を感じ、フッチがうつむいていた顔を上げると、石版の前に立っている自分から、そう離れていない場所にある大きな岩の影に、今回の盟主であり、炎の英雄―ヒューゴが立っていた。
その後ろには、あたりまえのようにフーパーが寄り添っている。
その様子が、自分とブライトに似ているなと、ふと思った。
「……フッチさん」
遠慮がちだか、どこか緊張したその表情と同じ、硬い声がフッチを呼んだ。
聞きなれたはずの、その青年に成りきらない少年の声の、その硬さに違和感を感じ、また、そんなに近くまで接近されて気づかなかったほど、自分が動揺していたことに、フッチは苦笑した。
「どうしたんだ? ヒューゴ」
ヒューゴのその思いつめたような、緊張した面持ちに、フッチはキュッと表情を引き締めると、問い掛けた。
(何か、城で問題でも起きたのだろうか?)
ルックが、このような本拠地に近い場所に現れた時点で、そのことについて留意するべきだったのではないか、と今更ながらにフッチは自分を叱咤したい気分に陥った。
だが――
ヒューゴが、スッと横に動いたかと思うと、その背後にいたフーパーが、一足飛びでフッチの飛び掛り、そのまま地面に押し倒した。
(――え……?)
飛び掛られる瞬間、フッチは咄嗟に、背中にある大太刀―ムラマサを抜きかけ、相手が通常のモンスターでないことに思い直した。
背中に、ムラマサの鞘を地面との接触で強く打ち付けた痛みと衝撃を感じ、次いで草と、土の感触を感じながら、目の前にあるグリフィンの大きな顔を呆然と見詰め、どうしてこんな状況に陥ったのか、フッチは少し混乱していた。
ジャリ…と頭の横で、土を踏みしめる音が聞こえ、フッチがそちらに目線を向けると、やはりそこにはヒューゴが硬い表情のまま立っていた。
「ヒューゴ……? これは一体?」
混乱した頭のまま、フッチはヒューゴに問い掛ける。
明らかに、自分がヒューゴに警戒されているのだと、遅まきながらフッチは気が付いていた。
ヒューゴはその質問には答えずに、無言で腕だけを動かし、何かを指示した。
一人分の足音がその場から遠ざかるのがわかった。
視線を巡らせたところ、ダックのジョー軍曹が城の方へ駆けていくのが見えた。
あの岩陰に、ジョー軍曹もいたのだと今更ながら気づき、彼は、おそらくフッチを捉えるための応援を呼びに行ったのだということも想像がついた。
確かに、フッチがその気になれば、容易くとまでは言えないが、彼らを蹴散らし逃げる事は可能だろう。
それくらい、フッチには力があり、そのことについて、彼らも十分に知っていた。
だからこそ、この場の人数で城まで連行することは避け、人数を呼びに行ったのだろう。
そのことについては理解できたが、自分が何故、彼らに取り押さえられなければならないのか、そのことについては、フッチには未だにわからなかった。
「ヒューゴ?」
さらに、答えを促すフッチに、ようやくヒューゴは口を開いた。
「……フッチ……さん。……あなたを、スパイ容疑で、城まで連行します」
淡々と述べられたその言葉に、ようやく、フッチは合点がいった。
フッチは、ヒューゴたちがこの場所に来たのは、自分がルックと別れ、一人呆然とこの場に突っ立っていたときだと思い込んでいた。
実際、ルックが去ったあとから、ヒューゴが顔を出すまでに、かなりの時間があったはずだ。
その間、ずっとあの岩陰に、3人がいたのだということなど、想像もしていなかった。
「……ああ、なるほど……」
あの場面を見られていたのなら、そう疑われてもしかたがないと、そういう意味で、フッチはそうつぶやいた。
すると、見る見るうちにヒューゴの表情が怒りに染まっていった。
その変化にフッチは驚き、眼を見開いた。
「『なるほど』だって……? あなたは!! この地に戦乱が広まるのを止める為に来たと言った!! そのあなたが、敵の首謀者とつながっていたというのか!?」
「ヒューゴ、それは……」
「あの言葉は、嘘だったっていうのか!? みんなを、騙してたって――!!」
「ヒューゴ!」
怒りの感情に支配されたヒューゴの耳に、フッチの声は届いていないようだった。
ただ、その感情のままに思ったことをフッチにぶつけている。
「ヒューゴ、聞いてくれ、おれは、君たちをだましてなんか――」
言いかけてフッチは、自分の中に矛盾を感じた。
騙すつもりも、裏切るつもりも毛頭なかった。
けれど、ルックの正体を知った時点で告げることをためらった事は、彼らを裏切る行為につながっていたのではないか、と気が付いたのだ。
「……言い訳は、城に戻ってから聞きます」
ヒューゴは、そう言うと、駆けつけてきた仲間達の手を借りて、フッチを起こし、城へ歩くよう促した。
フッチの両脇を固めるのは、ゼクセン騎士団のパーシヴァルとボルス。
後ろには、怒りをあらわにフッチを睨みつけるフレッドとそれに付き従うリコ、そのもう少し後ろにはフランツも、フッチに警戒しながら歩いていた。
そして、先頭をヒューゴとジョー軍曹が歩いていた。
ムラマサは、既に抑えられ、フレッドがその背に背負っていた。
特に抵抗する気はなかったが、そうでなくとも、この人数相手に、いくらフッチと言えど、勝てるとは思わなかった。
フッチは軽くため息をついた。
それに気づいたボルスが、鋭い目でフッチを睨み付けてきた。
「いい態度だな。裏切り者が」
「やめろ、ボルス」
それを、パーシヴァルがたしなめる。
「だが、パーシヴァル。こいつは、クリスさまにまで、正義面して、いかにも自分はこの戦いを止めに来た、などといっておきながら、影であざむていたんだぞ! これが許せるのか!?」
「その件については、みなの前で審議をする。ここで論じることではないだろう」
そう言いながら、パーシヴァルはフッチに視線を移した。
「ですが、わたしも、この件については非常に残念に思っています。フッチどのの強さには、感服していました故」
その言葉どおりの、本当に残念そうな表情を見て、フッチは苦笑しそうになり、慌てて頬を引き締めた。
これ以上、ボルスの怒りをあおることになっては、のちのち面倒ごとが残りそうに思ったからだ。
「……騙すつもりはなかった。騙してるつもりもなかった。が、結果的にはそうなるのかもな」
フッチは本当に小さな声で、ポツリと、そう、つぶやいた。
その言葉を、パージヴァルは耳に拾ったが、特に今すぐ聞き返す必要はないだろうと判断し、その後はみな話すことはなく、城までの道のりを急いだ。
【To be continued】
「譲れない道」もそうなのですが、ちょっと(?)ゲームストーリー無視しています。
ゲームでは、ヒューゴが紋章を奪われたときの集団戦闘で、
ササライが仲間になって、ルックの正体がわかる(のか?)はず…。
こういう場合、フッチならどうするのかが、書きたかったんです。
一応、前後編で考えていたのですが、あまりに長くなったので、
前・中・後編に分割しました。
…うまく書けないなあ…。
残念。
novel next