ガッシャ―ン――!!

「きゃあ!」

結構、はでな音を立てて、机の上に置いてあったアイテムが床に落ちた。

原因は雇ったばかりの黒妖精ポッケ。

ヘーベル湖への採取を頼んだので、今から出発するつもりだったのだ。

そのポッケが初めてのお仕事に浮かれて踊り、机の脚にぶつかって――。

「ああ! ごめんなさい、おねーさん……。」

「……大丈夫。気にしないで。怪我はなかった?」

「――うん。」

昨日完成したばかりのアイテムをひっくり返したことで、エリー以上にショックを受けたらしいポッケは、ウルウルと大きな瞳に涙を溜めて項垂れた。

「ほらほら、気にしない! また作ればいいだけなんだから。ね? だから、採取の方、しっかりお願いね?」

「うん!!」

そう言って、ポッケは出発した。





せめて隣に





そのポッケの姿を見送って、エリーはため息をついた。

確かに、アイテムはまた作ればいい。

ただ――。

「……大丈夫、よね?」

単に、ひっくりかえっただけ。

武器でも戦闘時にしようするモンスター撃退用アイテムでもない上、速攻性の効果はないはず。

「と、とにかく、きれいに片付けないと……。」

エリーは慌てて掃除にとりかかった。



ドンドン。

工房の扉が力強く叩かれた。

こんな叩き方をするのは1人。

ちょうど、片付けが終わったところだったエリーはホッとして扉を開けた。

「いらっしゃい、ダグラス!」

「おう、邪魔するぜ。」

もう習慣と化したやりとり。

エリーはダグラスが自分に何かを頼みに来てくれるのが嬉しかった。

採取に付き合ってもらったら、おそらくこれ以上ないくらいに面倒を掛け捲っている。

その上、賃金を払っているとはいえ、明らかに格安。

最初の頃は、それが申し訳なくて、でも、どうしようもなくて――。

それが、最近、ダグラスがエリーにアイテムを直接依頼するようになってくれた。

これは、ダグラスに認められるくらいにエリーの調合の腕が上がったということであり、何より――。

「エリー、この間のヤツ、すっげえ、よかったぜ。また、今度も頼む。」

「――!! うん!! もちろん!!」

ダグラスの役に、ようやく立てるようになったということ。

それが嬉しくて、嬉しくて、エリーは最近本当に品質、効果に注意してどんどん調合を繰り返し、結果、ますますダグラスに誉められるアイテムを作り出す事に成功していた。

そのエリーのアイテムは、ダグラスだけでなく、ザールブルグ中の評判にもなっているのだが、エリーにとっては他の誰よりもダグラスの賛美が嬉しかった。

ダグラスにしてみれば、自分に懐いた年下のガキに、可愛い可愛いしてくれてるだけの感情なのかもしれないが、今はそれで満足だった。

今日のダグラスは、いつものようにアイテムの依頼をして、いつもは座って飲んでいくエリーが出したお茶を「時間がないんだ。」と言いながら立ったまま、一気に飲み干して仕事に戻っていった。

その慌しいダグラスを見送りながら、ちょっとばかりの寂しさ感じた。

その感情を頭を振って払い、エリーは頼まれた依頼品に取り掛かるべく、調合台に向った。

品質がいいものを作れば、ダグラスのあの大好きな笑顔が見れる。

そしたら、今の寂しさなんて吹き飛んでしまうのだから。

頼まれたのは、「時の石版」。

ダグラスにしたらちょっと珍しいような気がしたが、それはまあ、おいておくとして。

ランプを使う調合で、その火加減も出来上がりに影響してくる。

エリーは真剣な表情で、小さな火を見つめていた。

「…………?」

どのくらい調合に集中していただろうか?

エリーは頭がクラッとするような感覚を覚えた。

「……疲れた……?」

そんなことはない。

確かに昨日まで調合をしていたが、それ程こんを詰めたつもりはなかったし、何より昨晩はぐっすりと眠って体を休めた。

「……――――?」

目の前が霞む。

指先の感覚までがあやふやになってきたことに、エリーは慌てて火を止めた。

やはり、気づかないうちに疲れていたのではないかと考えて、とりあえずどうせこのまま調合を続けても、失敗するだけだとあきらめて立ち上がった――。

「……あ――。」

立ち上がったと同時に、足から力が抜けた。

ドサッと工房の床に倒れこんだエリーは、朦朧とする意識の中、1つのことに思いついた。

(まさか――。)

そのまま、エリーの意識は途切れた……。



「……昨日は、ちっと悪かったよな。」

ダグラスは次の日、城へ行く前にエリーの工房へよることにした。

本当は、昨日の夜に行きたかったのだが、仕事が終わったのは夜中を回る少し前だったのだ。

昨日の昼間、あまりに慌しくエリーの工房を訪れて、そのまま立ち去ったことが気になっていた。

今日は遅番で、昼間からの仕事だったため、お茶の一杯くらい付き合ってやれると考えて、我ながら過保護だと自嘲した。

まだガキなのに、知らない人間ばかりの街で、1人暮らしを余儀なくされたエリーは、最初に出会ったらしい自分に、どこか甘えているような感じがある。

故郷に小さな妹のいる上に、子供好きなダグラスは、そのエリーが微笑ましく、しかたない、面倒見てやるか、という気分で可愛がっていた。

「様子、見に行ってやるか。」

苦笑しながら、ダグラスは、すでに通いなれてしまった職人通りを1人、歩いていた。



ドンドン

工房に辿り付いたダグラスは、いつものように扉を叩く。

よほど調合に切羽つまっていない限り、エリーはすぐに顔をだす――はずだった。

「……エリー?」

待っても顔を出さないエリーに、ダグラスは首を傾けた。

昨日の昼間会ったときは、忙しいなんてことは言ってなかったし、採取に行くなら自分に声をかけるだろう。

ダグラスの注文した依頼も、期限はまだまだ先で、今からそんなに切羽詰って調合を始める必要などないはずだったし――。

ダグラスは、扉をそっと押してみた。

「………………。」

扉は対して抵抗もなく、すんなりと開いた。

無用心にもほどがある。

「おい、エリー……――!!!!!」

鍵も掛けずに寝てるのかと、二階の寝室へ向って大声で叫び、エリーを叩き起こそうとしたダグラスは、工房の真中に倒れている人影に気づき、慌てて駆け寄った。

「――! エリー!?」

心臓が早鐘を打った。

単に、調合中に疲れて眠っているだけじゃないのかと、頭の中で考えたが、なんとなくおかしいことにも気づいていた。

「エリー!?」

側に膝をつき、ぐったりとしたエリーの様子を確かめる。

外傷はない。

頬に手を触れ、脈を取り、息を確かめ――。

「……息を、して、ない……?」

そんな馬鹿なと、思いながらも、自分がそんな初歩的なことを間違うはずがないと頭のどこかが冷静に告げる。

何度も何度も、既に冷たくなっている体を確かめる。

悪いと思いながらも胸――心臓にも手をやって……。

「ば……かな……。」

音のしない工房の中、ダグラスは、自分の心臓の音だけが煩く響くのを聞いていた。

何かの間違いだと、思いたかった。

だって、昨日はあんなに元気に――。

「エリー!?」

親しい人間の死を、見たことがないわけではなかった。

騎士などという職業上、それは、とても近しいところに存在するものだった。

だがそれはあくまで、任務中の不慮の事故など、想定できる範囲の、危険な状況下でのことで――。

こんなザールブルグのまん中の、安全なはずの住居の中で、自分が守っていると自負していた少女が……。

「エリー!!!!」

信じたくないと言う気持ちと、信じられない気持ち……。

2つが交差して、ダグラスはただ、エリーを抱きしめて呆然とすることしかできなかった。

ドクドクと煩い心臓の音を聞きながら、ダグラスは工房の中を見回す。

外傷が無いからといって、エリーの死が自然のことだと言うのは早計だとも考えられた。

だが、いつもと変わりない、エリーの工房。

片付けが下手なエリーは、いつもある程度部屋を汚していたが、それ以上に荒らされた形跡はなかった。

物取りの犯行ではない?

だからと言って、エリーが、誰かに怨まれているとは思えなかった。

では、やはり――?

いつ、エリーは倒れた?

――わからない。

病気のような、そんなそぶりはあったか?

――なかったはずだ。

だが――。

「……昨日の晩、ここにきていれば――!!」

その時、すでに手遅れだったかもしれない。

それでも、何かできたかもしれない。

もう遅いから、という理由で訪れるのを躊躇した自分を、激しい後悔が襲う。

そして、怒り……。

何もできない、自分に。

どれほど腕を鍛えても、どれほど守りたいと思っても、自分はこれほどに無力なのかと――。

「ああああああああ―――!!!!!」

ドゴオッ!!

工房の床に打ち付けたダグラスの手はジンジンと鈍い痛みを伝えてきた。

割れたらしい拳からジワリと血が滲み、床を汚す。

「……エリー……。」

つぶやいた声は、力なく、いつものダグラスの覇気など、全く感じることができなかった。



「……ダグラスは、まだ来てないのか!?」

そのような声に、エンデルクは何事かとそちらを向いた。

どうも、ダグラス直属の上司が、勤務時間になっても現れないダグラスに腹を立てて怒鳴っていたようだった。

いつも任務に忠実で、真面目なダグラスが、遅刻するとは珍しいと、半ば感心しながら、エンデルクは怒鳴っている年配の聖騎士に向って歩いていった。

「少し落ち着け。……あのダグラスのことだ。無断欠勤は考えにくい。何か聞いているものはいないか?」

「エンデルク隊長――。も、申し訳ありません。しかし――。」

何かエンデルクに言い訳をしかけたその騎士に、エンデルクは、やんわりと、しかし反論は許さないというような雰囲気を出すことだけで黙らせた。

「あ、あの、エンデルク様。」

「なんだ?」

「ダグラスが今朝、職人通りの方へ歩いていったのを見たのですが……。」

若い、ダグラスと同年代の聖騎士が、恐る恐るエンデルクにそう告げた。

その騎士が今朝見回りに出た際、聖騎士の鎧を着込んだダグラスの後姿を確認したというのだ。

「……そうか。」

『職人通り』と聞くだけで、ダグラスの目的地はほぼ限られる。

武器屋か、あの『赤い屋根の工房』か――。

おかしい、と思った。

すでに聖騎士の鎧を着たダグラスが、その2つに寄り道をすることもあるだろうが、だが、そこに寄った所為で任務に支障をきたすとは考えにくかった。

――何か、不測の事体にでも遭遇したのではないだろうか?

「わかった。私は一度出る。……ダグラスが来たら、私が捜していたとだけ伝えてくれ。」

そう言いながら、エンデルクは城門を潜り抜け、職人通りの方へと向った。

職人通り――いや、赤い屋根の工房を目指す途中、エンデルクはすれ違う人に、ダグラスのことを訪ねた。

数人から、ダグラスがいつものようにこの道を歩いて例の工房へ向ったという証言はとれたが、それ以降の行動は伺えなかった。

「………………。」

エンデルクは、自分も昔通いなれたこの道を、まっすぐと目的に向って歩いていた。

そして、赤い屋根の工房の前に立つ。

ここまで、いつもと違うことは何一つなかった。

街は、平和そのもので、あのダグラスが対処し切れない出来事が起こったなど、まず、考えられないと思った。

トントン。

扉を叩く。

ここにダグラスがいるという確証があるわけではない。

だが――。

「……?」

返答がない。

出かけているのか、と、思ったが、明らかに中に人の気配がする。

「失礼。」

一言断りながら、エンデルクは扉を開けた。

そこには、白いマント、青い鎧の聖騎士の姿が――。

「ダグラス――。」

声をかけかけて、その様子がおかしいことに気づいた。

ダグラスから感じられる気は、『怒り』そして『悲しみ』。

「……ダグラス?」

「――隊長。」

何かを抑えたような、静かな声でダグラスが答えた。

瞬間――。

キンッ――!!

硬質な音が工房の中に響き渡った。

「ダグラス!?」

いきなり剣を抜いてダグラスがエンデルクに斬りかかってきたのだ。

ダグラスが相手をエンデルクだと認識していないはずがなかった。

明らかにダグラスは自分を『隊長』と呼んだ。

ではなぜ――?

ダグラスの剣を自らの剣で受け止めながら、エンデルクは考える。

剣を交わすことで、エンデルクは、ダグラスの感情を読み取ることができた……。

剣をあわせることが楽しい。

強くなりたい。

ぜったいに、勝ってやる。

といった、いつもの気持ちのいいダグラスの真正面からぶつかってくる感情とは、程遠い。

辛い。

苦しい。

悲しい。

――痛い。

そう言った、負の感情が、エンデルクを襲う。

「ダグラス!」

ガキンッと、大きな音を立て、ダグラスの剣は弾かれた。

そして、そのまま床の上に落ち、カランカランと音を立てた。

そしてまた、ダグラスもうつむいたまま、ガクンと膝をついた。

もう、エンデルクに打ちかかってくる気力もないように、項垂れたダグラスを視界に止めながら、エンデルクは部屋を見回した。

いるはずの、工房の主がいない――。

いや……。

最初、ダグラスが座り込んでいたあたりに、横たわった人影が見えた。

内心の軽い動揺を抑えながら、エンデルクはその人影に近づいた。

そして、やはり、と思う。

エルフィール・トラウム

この工房の現在の主。

ダグラスを慕い、無邪気に笑い、明るく話すその様をよく知っていた。

その少女が、今、ぐったりと力なく、床に横たわっている。

エンデルクもまた、エリーの息を確かめ、脈を取る。

冷たくなったその体からは、生命の息吹をまったく感じることができなかった。

人の死など、見慣れてしまったといっても過言ではないエンデルクではあったが、それでも全く平気かと言われるとそうではない。

やるせない思いを感じながらも、それを仮面の下に隠し、ダグラスを振り返った。

自分でさえ、衝撃を受けた。

ダグラスでは、それはいかほどのものだったのか――。

……想像に、難くなかった。

すでに血の乾いた手の甲が見えた。

行き場のない自分への怒りをぶつけたのだろう。

そして、それでも抑えきれない感情を、エンデルクに不条理だとわかっていながら、ぶつけてきたかったのだろう。

エンデルクなら、自分に押し負けることがないと、信じているからこそ、ダグラスは遠慮なく飛び掛ってきた。

そして、今――。

「……すいません、隊長。」

「いや……。」

「申し訳も……。」

漸く少し落ち着いたらしいダグラスは、『何か』をこらえながら、必死でエンデルクに向って言葉を紡ぐ。

その『何か』がなんなのかわかってはいたが、それは気づかない振りをするのが、礼儀というものだ。

ダグラスは、いつもより数倍小さく見えた――。



【To Be Continued】




(05.10.18)
(05.10.31up)



…題名、思いつかなくて…。
内容とあまりあっていない気が…。
…リクエストからも外れてます…(泣)

リーフィ様、ご期待に添えなくて申し訳ございませんでした。



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