「やあ、ダグラス。調子はどう?」

あくびをこらえるタイミングを見計らったように、不意に後ろから声をかけられて、ダグラスは一瞬思考が停止した。

この声は、聞き間違えるはずがない。

ギギギ……と音がするような硬い動きで、ダグラスの首が後ろを向く。

「ブレドルフ王子……」

そこには、予想通り、ニコニコと笑う王子が立っていた。

「何か、悩んでるんだって?」

「い、いえ! そんなことは!!」

(だれだ〜!! んなこと王子に告げた奴は〜!!! ルドルフか!?)

内心冷や汗をだらだらと流しながら、ダグラスは否定する。

まさか、その犯人が隊長であるなど、ダグラスには予想もつかない。

「隠さなくてもいいのに。」

クスクスと笑いながら、ダグラスに近づいてくるブレドルフに、何故か恐怖を感じながら、後ずさりしそうな足を叱咤して踏みとどまる。

「ほんとうに、何も!!」

「うそつきだね。ダグラスは。」

王子は、ときおり警備の隙をかいくぐり、街へと繰り出す困った癖の持ち主ではあるが、目下の者をさげすんだり、不条理なことなど絶対しないため、臣下に慕われていた。

なのに、何故か、今、その王子が怖い。

いつもなら、ダグラスもこんなにうろたえたりなどはしない。

だが、ダグラスは、いつものダグラスではかった。

寝不足の上、普段それほど悩ませない頭を、ここ数日フル回転して可動させていたため、冷静な判断を取れないほど消耗していたのだ。

「プレゼントに悩んでるんだって?」

「は、いえ、その……。」

「女の子は、好きな男からもらえるものなら、何でも喜ぶのにね。」

「ですから……。」

「彼女は、お菓子作りが趣味なんだってね?」

「は……」

(どこで、それを!?)

「じゃあ、お菓子か、それに合う飲み物……って手もあるけど、それじゃあ、あんまり芸がなさ過ぎるだろ? だからね。」

ニッコリと笑う王子に、嫌な予感がする。

「花なんて、どうかな?」

「は?」

一瞬、何を言われたのか解らなかった。

何故、食べ物だと芸がなくて、花だといいのか。

そんなことより――。

「花……、ですか?」

「そう。花束。普段の君からはちょっと想像ができないものだろう? だから、新鮮な気持ちで、きっと喜んでくれるよ。」

ニーッコリ笑う王子の顔を、どこか遠くに感じた。

(面白がっている……。)

ダグラスは、頭痛がして、頭を押さえた。

「うん、それがいい。両手に抱えるくらい大きな花束。……そんなのを抱えた彼女を見てみたくはない?」

ダグラスに問い掛けるような言葉に、ダグラスはハッと顔をあげた。

色とりどりの花の束を両手に抱え、花のように微笑むエリー。

(おれ、今、何を――。)

「まんざらじゃないみたいだね。まあ、ダグラス、これも一つの選択肢だから。あんまり深くは考えすぎないほうがいいよ。……プレゼントなんてなくても、彼女なら、一緒にいるだけで喜んでくれると思うしね。」

それだけ言うと、ブレドルフは最初から最後まで崩すことのなかった笑顔を顔に浮かべたまま、城内へと戻っていった。

しばらくの間、呆然と立ち尽くしていたダグラスだったが、他に思いつくものがあるわけでもなく、とにかくそれでいってみようと結論をつけたのだった。



その日の任務が終わった後、ダグラスはザールブルグ内の花屋の内、面識のある人のいい親爺がやっている、中流階級のものたちが利用するような、こじんまりとした花屋に立ち寄った。

あまり格式ばった、貴族御用達の店では、なぜかとにかくきつい色の、南国風の派手な花が人気らしく、どうにもエリーに似合う花が置いてあるようには思えなかった。

それに、あんまり上品に仕立て上げられてしまっても、なんとなく納得がいかないような気がしたのだ。

また、あまりにも庶民的な花屋では、プレゼントに適した花が用意できるかどうかが不安だったためでもある。

「……親爺。調子はどうだ?」

ダグラスは、ついいつものように、あたかも見回りに来たかのように店で、せかせかと働く親爺に声をかけた。

「おや、ダグラス。いつもの見回りにしちゃあ、遅い時間じゃないかい?」

「あ、ああ……べつに……。」

いつになく歯切れの悪いダグラスに首をかしげながらも、親爺は愛想のいい笑いで答える。

「まあまあってとこだな。」

「そりゃよかった。……あのな……。」

「なんだい?」

「その……、は、花束を……。」

「は?」

いつものダグラスからは、考えられない単語を聞いた気がして、親爺は聞き返した。

「だから……。」

はあ、とため息をつき、ここまできたら一緒だとばかりに、口を開いた。

「花束を一つ頼む。ええと、これくらいの大きさで……。」

ダグラスは両手で弧をを描くように、丸を描く。

「色……は、そうだな、淡いピンクの花を中心に、その……可愛く仕上げてくれ……。」

「は……?」

親爺は、自分の耳が信じられないのか、かなり長い間呆然とした表情をしていたが、ようやくその言葉が頭まで届いたらしく、スイッチでも入ったかのように、姿勢をただした。

「花の種類に要望はあるかい?」

「いや。悪いが、全くわからん。……まかせる。」

「了解した。14日の何時頃とりにこれる? できれば、朝の方がいいと思うが……。」

「わかった。朝だな。……店は早い目に開けてもらえるか?」

「ああ! 任せときな!!」

ダグラスは何故かこのとき、親爺の背後に燃え立つ炎を見た気がして、ここに来たのは早まったかも……、と少しだけ後悔した。



問題の14日の朝。

通常より早めに開店した花屋に訪れたダグラスは、親爺の勢いに押されぎみになりながらも、どうにかだいたい想像どおりの花束を手に入れることができた。

そして、それを持って、職人通りを歩く。

幸いなことに、まだ早い時間であったため、ダグラスはほとんど人に出会うことなく、エリーの工房へと辿り付いた。

扉の前で、少し躊躇しながらも、今更持っても帰れない花束を抱えなおし、扉を叩く。

ほどなくして、「はーい。」という元気のいい返事が聞こえて、エリーが顔を出す。

「あ、ダグラス! こんな朝早くからどうしたの?」

「よ、よう、エリー……。今、いいか?」

「え? う、うん。いいよ。」

エリーは、自分の身体分だけ開いていた扉を大きく広げ、ダグラスを中へと導こうとした。

「い、いや、ここで、いいんだ。……これから仕事だから。」

「ちょっとくらい大丈夫なんでしょ? 中、入ってよ。お茶くらい出すよ?」

いつもと少し様子の違うダグラスに首をかしげながら、エリーは促す。

「―――やる。」

「え?」

いきなり、目の前に差し出された大きな花束に面食らいながら、エリーは条件反射のようにうけとった。

そして、その淡い色調のピンクに彩られた、様々な種類の可愛らしい花々に目をとられ、エリーは、その可愛らしさに自然と頬が緩むのを感じた。

「……それじゃな!!」

「え!? ちょっと、ダグラス――!!」

用は終わったとばかりに一目散に走り去る、ダグラスの広い背中にエリーは叫んだが、ダグラスは振り向きもせずにそのまま消えていった。

エリーは、しばらくの間、ポカンと工房の前に立ち尽くしていたが、花の香りに思考がやっと戻ってきた。

そして、その花束に目をうつした。

ピンクと白を基調とした、色とりどりのきれいな花たち。

その間に、白い封筒がはさんであるのが見えた。

エリーは、工房内へ入ると、花束を調合台の上にそうっと宝物のように置き、封筒を手にとった。

金のラインであしらわれた上品で、美しい封筒だった。

惜しいと思いながらも、エリーはペーパーナイフで封を切り、中のカードを取り出した。


『エリーへ
 
  チョコの礼だ。あれは、まじでうまかった。ありがとな。
  お前が花が嫌いじゃなきゃいいんだけど。
  それだけだ。  
                               ダグラス』
 

愛想も素っ気もない、ダグラスらしい言葉に、エリーは自然と笑いが浮かんだ。

そして、そのカードを胸に抱きしめる。

(嬉しい――。)

エリーのに対する気持ちも、なんとも書いてない、ほんとにただのメッセージカード。

それでもこれは、エリーにとっては、宝物同然だった。

「あ! お礼、言ってない!!」

慌てて外へ飛び出そうとしたが、今更追ったところで、ムダだということに気付き、気が抜けたようにいすに座り込んだ。

「えへへ……。きれい……。」

ダグラスのくれた花束は、本当にきれいで、可愛くて、エリーをとっても幸せな気分にしてくれるものだった。

エリーはそっと、壊れ物でも触るかのように、一つの花に触り、その感触を確かめる。

すべっとした独特の柔らかい、どこか湿ったように感じられる生花。

ダグラスが、自分のために選んでくれた花。

それを思うだけで、エリーはとてつもなく幸せな気分になった。

(こんどダグラスに会ったら、真っ先にお礼を言おう。)

ダグラスが、エリーと同じ気持ちを持ってはいてくれなくても、こんなにも気にかけてもらってるんだと、大切にされてるんだと分かって、エリーは信じられないくらいに幸せだった――。



その頃ダグラスは、王城に向かって走りながら、花束を受け取ったエリーの様子を頭の中で思い出していた。

一瞬、驚いた、面食らった顔をしたエリーが、花束を抱きかかえて、はにかむように微笑んだ。

その様子が、ピンクの花々の上に、さらに極上の花が咲いたかの様に、ダグラスには見えた。

(やべえ――。)

顔が明らかに熱を持ち、赤らんでいるのがわかる。

心臓が早鐘のように鳴り響き、脈の流れる音も耳にも届くようだった。

(やべえ――!!)

何がどうというわけではなかったが、ダグラスの中で、エリーのあの笑顔が太陽のようにきらめき、きっと一生、自分の中から消える事はないのだろうと、そう、思った。



―― White Day ―― 少年が、愛しいと想う少女へと、その気持ちを返す日。



今、ひとつ、このザールブルグで、まだ誰にも気付かれていない、小さな若い恋が芽生えた――。



【END】



わーい! 今回は余裕を持ってアップできました。
ホワイトデー版ダグラスです。……またまた別人(泣)。

これもまた、フリー配布(2005/4/13まで)させて頂きたいと思います。
(前の小説、多分誰もお持ち帰りされてない……。今回もまあ、自己満足というところで(笑))


(05.03.11)

配布終了しました。

(05.04.14)



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