「……それは、本当か?」

ひとまず場所を医務室へと移し、話を聞いてから隊長に報告しようと思っていたハンスところへ、城門前での騒ぎを聞きつけたのか、エンデルク自らがその足を運んできた。

「はい。」

寝台に横たえられた女性を、心配げにチラチラと見ながら、男性(彼はサイードと名乗った)が頷いた。

彼が話した内容は、かなりの緊急を要する非常事態だった。

魔物を操る盗賊が、近隣国の村々を襲って金品を奪い、その上、女を攫っているという。

――そして、エンデルクも旧知の女性である、エルフィール・トラウムがそいつらに攫われたのだというのだ。

「ですが、彼女はかなりの腕の持ち主のはず――。」

ともに話を聞いていた、ハンスが横からそう言ったとき、エンデルクの鋭い視線が彼に向けられた。

ハンスはその視線に射すくめられて、口を閉ざした。

「……ハンス。いくらエルフィール嬢の腕が良かろうが、どうしようもないことはある。」

まして、エルフィールは、その優しい気質からか、自らより、他人のことを優先してしまうことが多い。

今回の場合、この3名で採取に出かけた帰りにその盗賊たちに襲われ、二人を逃がすことを優先したために、捕らえられてしまったのだろう。

そんなことが容易に想像できた。

その時点で、エンデルクの視線が寝台に横たわる女性に向けられた。

彼女の名はアニスと言うらしい。

そういえば、マルローネの方から、そんな名前の女性がアカデミーの臨時教師としてやってきていると聞いていた。

その彼女が、エルフィールと親しいとまでは聞いていなかったが、つまりはそういうことなのだろう。



二人を医務室の医者に任せ、一通り話を聞いた後、直ちにエルフィール嬢の救出、盗賊団の殲滅に対する討伐隊を組織するべくエンデルクは行動を始めた。

聖騎士を臨時の討伐隊として組織するには、国王の許可がいる。その会議が急遽開催された。

会議の出席者は、国王になってまだ数年のブレドルフを始め、各省の大臣、王室騎士隊長エンデルク、騎士隊隊長など、錚錚たる顔ぶれであった。

「……しかし、魔物を操る盗賊か。やっかいなものが出てきたものだな。」

エンデルクの報告を受けたブレドルフ国王のつぶやきに、傍らに座る軍務大臣が、嘲笑うかのように言う。

「まさか、いるわけがない。たかだか一介の冒険者のたわごとなど、聞き流すべきではないですか?」

それに便乗するように、財政大臣も笑った。

「そうです。そんないもしない者の討伐に、我が国最強の王室騎士隊を派遣したとなると、国の名誉にかかわります。」

確かに、単に盗賊団が出没したという報告ならともかく、魔物をあやつる人間がいるなどとは、にわかに信じがたいものでもあった。

また、盗賊団がジグザール国内に現れた場合の対処としては、その辺りの通行を行う行商人や、旅人たちに注意を促し、そして、騎士隊や、市民達からの有志を募っての討伐するとうのが、通例だった。

ましてや、今回の盗賊騒ぎについては、国境付近でかなり暴れまわっているという話であるのに、ザールブルグにはその噂のかけらも届いてはいなかった。

そのため、大臣たちはその話に信憑性がないとして、そんなくだらないことに国の予算を使うなどできないといっているのだ。

「……確かに、話に信憑性がないとおっしゃられる方々の意見も、完全には否定いたしません。しかし、実際、ザールブルグに住まう女性が一人攫われたことは事実。早急に救出に向かう必要があります。」

エンデルクの無表情で、冷ややかな視線を向けられ、大臣たちは、少し首をすくめた。

そのとき、ガタンと激しい音をさせて、会議室の扉が開けられた。

「申し訳ございません! 会議中、失礼致します!!」

「何事だ。」

そこに立っていたのは、ハンスだった。

「ダグラス・マクレインが、単騎で盗賊の討伐に向かったとのことです!」 

「何!?」

「なんだって!?」

その場にいた全てのものがざわめき立った。

(なんという無謀な……。)

(……あの、問題騎士が……。)

(一体……、何を考えて……。)

(……非常識にもほどがある……。)

会議場のあらゆる場所から、同様のささやきが聞こえてくる。格式ばった場所以外では、誰になんと言われようと、最低限の礼儀しかわきまえない聖騎士のダグラスは、貴族出身が多い大臣たちには受けが悪かった。

「クッ……、ダグラスらしいというか、なんと言うか……。」

「陛下! 笑い事ではございませんぞ!!」

「そっこく、呼び戻せ!!」

軍務大臣たちがわめき立つ中、エンデルクが立ち上がった。

ただその動作だけで、威圧感が部屋中に伝播され、わめいていた大臣たちが息を飲んだ。

「呼び戻す必要は、ありません。」

「何!?」

エンデルクの迫力に、腰がひけながらも、まだ抗議する体勢を崩さない軍務大臣に、エンデルクの睨みが飛ぶ。

「ダグラスは、そのような盗賊団が出没するかどうかという、調査に向かったのです。問題がなければ、数日で戻ってくるでしょう。」

「何をバカな……。貴殿がここにいる間に勝手な自己判断で飛び出したのだ。れっきとした軍規違反に値するではないか!?」

「……ダグラスには、冒険者としても市民を助けることを、常々任務の一つとして課しています。今回もその一環です。」

「詭弁だ!!」

「非常時における、聖騎士隊に対する権限は、全て私のもとにあります。……何かご不満が?」

「ぐぬぬぬぬ……!!」

普段は全く王室騎士団、聖騎士たちに興味を示さず、こういった会議や、国内での国賓を招く場合などの華々しい行事における、聖騎士の役割以外の面倒な事件や討伐隊のことなど、ほとんどをエンデルクに委任してきた軍務大臣は、顔を真っ赤にして言葉を失った。

「だが! たかだか調査のために聖騎士を派遣したとなると、外聞が……!!」

ここで、しばらく何かを考えていたようなブレドルフが口を開いた。

「……外聞よりは国民の安全を優先するべきだろう。わかった、エンデルク。直ちに、調査隊を組織し、ダグラスの後を追わせよう。」

「了解いたしました。」
エンデルクはふかぶかとブレドルフ国王に頭を下げると、ただちに行動に移すべく、部屋を出て行った。

その後に、ハンスも続く。

そのエンデルクに、何名かの大臣たちが何かを叫んでいたが、エンデルクの耳には届いておらず、またブレドルフも、聞く耳をもってはいなかった。

だが、まだ納得のいかない大臣達の一人が、ため息とともに吐き出した言葉に、ブレドルフはカッと血が熱くなるのがわかった。

「たかだか、女一人のために……。」

「口を慎め。」

つぶやいた大臣はハッと国王を見た。

「たった一人とはいえ、我がジグザールの罪のない国民が攫われたのだ。それを救出に向かわずにどうするというのだ!」

「は、はい! 申し訳ありません!!」

常に穏やかで、王子であった頃から怒ったところなど見たこともなかった国王に怒鳴りつけられ、その男は冷や汗を流してうつむいた。

周囲の者達も、呆気にとられたように国王を見ている。

「調査に関しては、私がエンデルクに直に命令を下した。……不服があるものは、私に直接申し出るんだな。」

グッとその場にいる全員が、口に出しかけた言葉を飲み込むのがわかった。

「では、ひとまず、これで会議は閉会する。……盗賊団の真偽が分かり次第動けるよう、各自、準備だけは忘れるな。」

「……はい。」

しぶしぶといった様子で頷く大臣たちの様子を尻目に、ブレドルフは部屋を出て行く。

(頼むぞ、ダグラス、エンデルク。)

ブレドルフは、攫われたというエリーの身の安全を願い、何もできない自分を歯がゆく思い、唇を噛み締めた。



「エンデルク! エンデルクを出しなさい!!」

城門前で、けたたましい声でわめき散らす、女性が一人、衆目を集めていた。

「おおおお、おちついて下さい――!!」

対応する聖騎士はハンス。

今日は、彼にとってはある意味非常に災難な日とも言えた。

先ほどのアニスという女性に関しては、聖騎士隊に事件のことで泣きついてくる者に関してはそう珍しい事ではなかったため、特に対応に困ることはなかった。

だが、現在目の前にいる女性に関しては――。

まるで、王室騎士隊に喧嘩でも売りに来たのか、と思いたくなるほどの殺気をみなぎらせている。

しかも不幸な事に、この女性に関してだけは、その例えも全く検討外れにはならないのだ。

彼女がその気になりさえすれば、聖騎士隊だけでなく、この王城――、さらには、国さえ滅ぼすことができるだろうと言われるほどの人間だったのだ。

「ですから、今は忙し……。」

「私が、エンデルクに用があると言っているのよ!?」

「あの、ですから――。」

「騒がしい。」

そこへ、エンデルクがいつものように悠然とやってきた。

「エンデルク!」

「た、隊長〜!!」

ハンスは、思わず涙が出そうになるくらい、ホッとした。

「エンデルク、あんた、なんでそんなにのんびりしてるのよ!?」

「のんびりしているわけではない。」

「エリーが大変な目にあってるかもしれないのに、よくそんな平気な態度でいられるわね!?」

「……私が慌てていては、解決するものも解決しない。」

「……それは……、……そう、だけど……。」

マリーは、しぶしぶ問い詰めるのをあきらめた。

王室騎士隊長であるエンデルクが慌てふためいていては、たしかに部下たちもまとまらないだろうし、それ以外の人間たちも、パニックになり、ザールブルグ中が、いや、シグザール中が混乱してしまうかもしれない。

「……あんたは、どうする気なの!?」

「……王宮の内部の動きは、おまえに言うわけにはいかない。」

「私が聞いてるのは、あんたが、どうするかよ!?」

「……どちらも一緒だとは思うが……。」

エンデルクはあきらめたように、ため息をついた。

「……これから、調査隊を指揮する。」

「私も、連れてって!」

「ダメだ。これは、公務の一環だ。お前は王宮とは無関係の人間。連れて行くわけにはいかない。」

エンデルクは、そう言うと、マリーに背を向けた。

マリーは、その背中に向かって、どなりつける。

「ちょっと! まだ、話は終わってないわよ!?」

「私は、忙しい。……お前は、お前の思うようにしろ。」

マリーは、そのエンデルクの言外の意味に気付き、ハッとした表情になった。

「……わかったわ。」

そうして、マントを翻して、職人通りの方へ消えていった。




【To be continued】


(05.06.01)


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