「――と、いういわけで、協力してもらうわよ!!」
普段なら、彼女の呼び出しだというだけで、話も聞かずに逃げ出す者がいてもおかしくなかったが、飛翔亭に集まった面々は、『協力』という言葉にもひるまずに、神妙な顔でうなずいた。
――――――――――
クラッケンブルグの裏通りにある、一軒の酒場の戸が開いた。
中にいた客たちは、一斉に戸口の方を見、入ってくる男に注目していた。
お国柄、戦闘好きの屈強な男たちが多いこの街でも、特に、強いものが多いが、それに比例して治安が悪い地域に分類されている通りの一角にあるこの酒場の客は、ほとんどまっとうな仕事には決してついていない男たちであった。
そんな中へ、平然と足を踏み入れてきた男は、自分をなめるように見る男たちの、不躾な視線をものともせず、カウンターに座ると、酒を注文した。
この店では、初めて見る顔の男だった。
すねに傷を持つ男たちは、見知らぬ相手に対する警戒を解くことはなく、新参者に対して、威嚇のような態度を見せていた。
しかし、男は、全く意に介した様子もなく、ただ、何かを考え込むように、ひとり、静かに酒を飲んでいたが、おもむろに顔を上げたと思うと、店主に、ある『盗賊』の情報を求めたのだった。
このような、裏通りには、正規のルートでは手に入りにくい情報も手に入る。
男はその類の情報を求めてやってきたようだった。
「……それは、確かか?」
「ああ。最近、急に勢いを増して来た盗賊団が、キャラバンや、旅人を襲っては、金品を奪い、若い女がその中にいれば、問答無用で攫うらしい。」
問い返された言葉に、心外だとばかりに首をすくめた酒場の主、兼、情報屋は、他の客の注文品である酒をグラスに注ぎながら、男に答える。
「……それが、『シュワルベ盗賊団』と名乗っているのか……。」
「そうだ。それに、こちらは、不確定だが、……魔物を配下にしているとの情報もある。」
「…………………。」
情報屋は、相手に気取られないように、男をじっくりと観察していた。
客は、白っぽい、マントのようなもので身を隠すように包んだ、30半ばと思われる、黒髪の目つきの鋭い男だった。
役人ではありえない。
かといって、一介の冒険者にも見えない。
この店に来るごろつきどもとも、どこか違う。
何とも言い表しにくいタイプの人間だと、そう判断した。
注文した地酒をゆっくりと杯に注ぎながら、男は考え込むように黙り込んでいた。
「……それが現れる場所の特定はできているのか?」
男は、さらに、カウンターの上に情報料を無言で置きながら、情報屋に尋ねた。
「いや、完全には特定できていない。……国境近くの山の、西棟の街道とも、東棟の街道とも言われている。」
情報屋はちらりと、カウンターに置かれた金に目をやったが、首を振った。
正確ではない情報に、さらに追加料金を受け取るわけにはいなかないと思っているのだろう。
だが、男は、その金を自分の懐に戻そうとはせず、残りの酒をいっきにあおると、さらに勘定を払い、席を立った。
「おい! この情報料――。」
「かまわん。」
そう言うと、男は、そのまま酒場を後にした。
情報屋は、予定外に儲けたことを喜ぶべきか、それとも、自分のプライドを無視されたことに怒りを覚えるべきか、少し悩み、ため息をついた。
酒場を出た男は、夜の街をさっそうと早足で駆け抜ける。
そうして、門番が止めるのも聞かずに、城壁を抜け、夜の平原へとそのまま進んでいった。
「……これも、おれの罪が生んだものか……?」
男――シュワルベは、速足で歩いていた足を止め、空を見上げた。
まったくと言っていいほど酔ってはいない、自分の目に、痛いほどにきれいな星の輝きが見えた。
そうして、フッと笑うと、ザールブルグとの国境に向けて、歩き始めたのだった――。
ドムハイトとシグザールの国境近くの街道沿いに、街道を利用する人々が利用するための村があった。
例の盗賊団が出没する山のすぐふもとに位置しているその村は、現在、収入源である旅人や隊商などの数が減り、非常に困窮していた。
クラッケンブルグには、盗賊団のことを伝え、その討伐を依頼したはずが、いっこうにその気配がなかった――。
『魔物を操る』のくだりが信用してもらえないのか、それとも、端から国境近くの小さな村の言い分など聞く気がないのか……。
とにかく、その村の人々は、日々盗賊と魔物に怯えながら、村に入ってくる魔物の退治を行い、細々と食いつなぐ事が精一杯だった。
その村に、シュワルベがたどり着いたのは、情報を聞いてから、たったの3日後であった。
「……あんた、こんな時に一体この村に何の用だ……?」
疲れきったような初老の男が、不審もあらわにシュワルベに声をかけた。
たった一人、しかも、盗賊団が出没するという噂が広まり、人が訪れなくなったドムハイト王国側から来た旅人に、村人が怪しむのも当然だった。
「……魔物を操るという盗賊団の話を聞きたい。そいつらの出現する場所に、詳しい人間はいるか?」
「……あんた、まさか、一人で退治に行くつもりか!? いや……、……仲間……じゃ、ないだろうな!?」
男の叫び声が、村中に響き、家の外でそれぞれの作業をしていた村人たちが、シュワルベの方を一斉に向き、女たちは、外で遊んでいる子供を抱えて、家の中へと駆け込んだ。
「……仲間、ではない。」
「…………………。」
男は、じっとシュワルベを見、何を思ったか、ため息をついた。
「……一人で退治は無謀だ。止めた方がいい。」
「………………………。」
シュワルベは、男の視線から目をそらすことなく、じっと見返した。
しばらく、お互いを探るような視線を交わしていた2人だったが、男の方が根負けしたらしく、もう一度ため息をついた。
「……このまま、街道に沿って、山の東棟に行きな。そうすりゃ、向こうから姿をあらわすだろう。」
「……東棟、か。」
「ああ。西棟にも現れるが、そっちは主に隊商を襲う。東棟は、少数の旅人だ。元々、西棟のほうが、魔物は多いが道が広いから、隊商がよく通る。東棟は魔物が少ないが、道が狭く、急だ。……通る人間の割合によるもんかもしれんがな。」
「……そうか、わかった。助かった。」
無表情に、シュワルベは男に礼を言うと、そのまま、村を出て行こうとした。
「ああ、待て。ちょっと、待て!」
男の声に、シュワルベが足を止めると、男は、すぐ近くの家に飛び込み、しばらくすると小さな道具袋を持って出てきた。
「何かの役には立つかもしれん。……お前さんみたいな、無茶な奴には必要だろう。」
無言で受け取り、袋の外からそれに触る。
中身ははっきりとは解らないが、どうやら、いくらかの薬類と爆薬が入っているようだった。
「……いいのか?」
「ああ。」
「そうか。」
「気いつけな!」
男の声を背中に聞きながら、シュワルベは東棟の街道を目指したのだった――。
ここに来るまでに、盗賊団が自分の名前を名乗っているということは、確実であることがわかっていた。
数も相当にいるらしく、魔物云々はともかく、確かに、あの男の言う通り、一人で退治することができるものではないのだろう。
だが、恐れは感じなかった。
元々、『死』に対して、それほどの恐怖を持ったことはない。
もう、10年も前に自分が盗賊団を率いていたとき、常に死はすぐ隣に存在しており、自分が他に与える『死』が、いつかは自分に襲い掛かってくるであろうことは、承知の上だった。
「人はいずれ死ぬ。」
それが、遅いか早いか、その違いでしかない。
自分から、死にに行くつもりはなかったが、おそらく、この行程で命を落としたとしても、後悔はしないだろうと思っていた。
「盗賊に殺されるのは、まさに、因果応報というやつかも知れんな――。」
つぶやいたシュワルベの言葉は、誰に聞かれることなく、風の中に消えていった――。
【To be continued】
(05.06.06)
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