手紙の末尾に示されていた差出人のイニシャルは『S』。

エンデルクの記憶が正しければ、イニシャルを『S』とし、このような手紙を送ってくる人物は一人――。

「……情報、感謝する。」

ポツリとつぶやいたエンデルクの言葉は、誰にも聞かれる事がなかった――。






エンデルクは、執務室で一人、政務をこなしているブレドルフ国王の元へと向かった。

「エンデルクです。陛下、失礼します。」

扉の向こうで声をかけ、ブレドルフが返事をする前に部屋へと入ってきたエンデルクに、ブレドルフが苦笑した。

「なんだ、エンデルク? 君らしくもない。」

「は――、無礼は承知の上で、お話があります。」

見かけは全く、いつもと変わらないが、エンデルクのどこかいつもと違う様子に、ブレドルフは首をかしげる。

「何かあったのか?」

「……知己の者より、情報が入りまして、例の、盗賊団の存在が明らかになりました。」

「へえ。……一体、誰?」

「……陛下は、存じ上げないと思います。」

「いいから。」

「……シュワルベ・ザッツと申す、……冒険者です。」

どこかで聞いた名前だと、ブレドルフは思った。

少し、口を重くした様子のエンデルクを不思議に思いながらも、その名前をいつ、どこで耳にしたのかを考える。

「ああ! マリーから聞いたことがある。」

「……ご存知でしたか。」

エンデルクが、少し驚いたように、ブレドルフを見た。

「うん、直接会ったことはなかったけどね。……それで?」

「はい。この情報より、盗賊団の根城を、検討づけることができましたので、討伐隊を、明日にも出立させたいと思います。」

「わかった。報告をありがとう。……討伐隊のことは、全て君に一任している。出立前に、もう一度だけ報告に来てくれ。」

「承りました。」

そう言い、敬礼をしてエンデルクはブレドルフの前を辞した。

「……思ったより、早くエリーの救出に向かえそうだな。」

再び一人となった部屋の中で、ブレドルフはつぶやいた。

けれど、言葉の内容にしては、重苦しい表情のブレドルフがそこにいた。

(ダグラスは、間に合うのか……?)

間に合って欲しいと思う。

もし、エリー――エルフィールに何かあったなら、このシグザール王国にとっていや、自分にとって、大切な人間が、2人も失われることになる。

おそらく、ダグラスは、エリーを失っては正気ではいられないだろう。

あの2人をずっと見てきた人たち、全てがそれを感じている。

(……間に、合ってくれ――。)

しんと静まりかえった執務室で、ブレドルフは一人、行き場のない不安な気持ちを抱えていた。





―――――――





「戻ったか。」

すぐにでも、出発できるよう、荷物を片付け終えていたウルリッヒが、見回りから戻ってきたダグラスに声をかけた。

「……ああ。」

ぶすっとした表情のまま、ボソッと答えたダグラスに、ウルリッヒは、おや?と思ったが、特に表情には出さなかった。

「何か、あったのか?」

「……別に……。」

明らかに、朝、見回りに行く前に別れたダグラスとは違う。

なのに、何もないと言うダグラスに、ウルリッヒは苦笑した。

「まあ、いいじゃありませんか。……では、行きましょう。とにかく、盗賊に遭遇しないことには、必要な情報は得られませんからね。」

そう言って立ち上がったリリーに続き、ウルリッヒも立ち上がる。

ダグラスはその様子を無言で見つめ、そうして、唇をかみ締めていた。

「それもそうだな。」

言いながら、ウルリッヒも、もう一度だけ不機嫌そうなダグラスに目を向けたが、そのまま黙って立ち上がった。

「…………………。」

ダグラスは、無言のまま2人とは違う方向を向いていたが、2人がもう一度促すと、ハッとしたような表情をした。

「……どうした?」

「あ、いや、その……。」

「どうした?」

「……盗賊のアジトは、……山の南東、中ほどにある岩窟だと……。」

ダグラスの言った内容に、ウルリッヒとリリーは、一瞬驚き、お互いの目を見合わせた。

「……どうやって、情報を得た?」

「……森の中であった男が、教えてくれた。」

「……誰だ?」

「名前は聞いたが、他は何もわからなかった。……盗賊の一味ではないとだけ言っていたが……。」

「そうか。……で、おまえはどうするのだ?」

ウルリッヒに問われた言葉に、ダグラスはギュッと握っていた拳に力をこめた。



信用するのか、信用しないのか――。



男の言う事が嘘であれば、みすみす罠にはまりに行く事になり、高い確率で命の危険が生じる。

だが、その情報を伝えた男を、ウルリッヒもリリーも見ていない。

つまり、相手が嘘を言っているのか、言っていないのか、――ダグラスが見たその男が信用できるのか、できないのか、ダグラスの受けた印象から判断しろといっているのだ。

ザッツと名乗った人間は、まっとうな職の人間ではないと感じた。

だが、嘘をつくような人間でもないと思った。

たった一度、剣を交わし、言葉を交わしただけの相手を、頭から信用するのは、危険なことだとはわかっていた。

だが、これと言った明確な情報もなく、この情報が嘘であるという確証もない。

……それに、ダグラスの頭のどこかで、ザッツを信じてみてもいいのではないかという希望的観測もあった。

さらに、拳に力をこめる。

自分の判断が間違っていた場合、善意で協力を申し出てくれたこの目の前の2人を危険にさらすことになる。

それでも――。

「……信じて、みようと思う。」

「……そうか。」

ウルリッヒは、ただ、それだけ言うと、地図を取り出して、ダグラスが戻ってくるまでに確認していた現在地を指差し、山の南東までの最短ルートを示した。

「ここから、一度この森が切れるこの地点まで戻る。急げば、半日ほどで辿りつける。そこから、山へ入れば……。」

「このまま、山へまっすぐ向かう事は不可能か?」

ダグラスの言葉に、ウルリッヒは顔を上げた。

ダグラスの青い瞳が、痛いくらいまっすぐにウルリッヒを見ていた。

「……絶対に無理とは言わないが……。……かなりきつい行程になるぞ。」

先ほどまで、ダグラスが見回りに行っていた、うっそうと、木々が茂った森を完全に横断することになる。

「……おれは、かまわない。」

言いながら、ダグラスはリリーをちらりと見る。リリーはクスリと笑った。

「ウルリッヒさま。彼の言う通りにしてあげてくださいな。」

「……わかった。」

リリーがそう言ったことで、ウルリッヒは地図をしまった。

道なき道を行くことになるため、今持っている街道地図は全く役に立たない。

己の方向感覚、勘のみが頼りになる。

「行こう。」

ダグラスは言うと同時に、今さっき、自分が出てきた森へと足を踏み込む。

その後を、ウルリッヒとリリーは慎重についていった。



【To be continued】



(05.07.13)

ダグラスの誕生日〜(笑)
…何もできなかった。
残念。
とりあえず、おめでと〜!!


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